人生6度目の彼女に会いたい

星るるめ

第1話

 僕は今日死ぬつもりだ。僕の生きてきた17年をゆっくり振り返ってみても良いことなんて一つも思い出せないし、今だって地獄みたいな日々をリアルタイムで毎日更新中。こんな人生本当にもういい。要らないって思った。だから今から死ぬんだ。


「クソみたいな人生とも今日でさよならだ。」


 町外れの丘の上にある誰もこないであろう寂れた灯台。僕はその1番上にいて、この世界への抑えきれない憎悪を全身に纏いながら、そこから見える汚い町を見下ろしていた。


「ねぇ。あなたも死ぬつもりなの?」


「!?」


 背後から急に声がして、驚いた僕の体は大袈裟に飛び跳ねた。


「……。」


 こんな時間にこんなとこにくるやつが他にもいたなんて。しかも女?


 驚きと混乱で何も言葉が出てこない。何か答えようと思うのになんて言えばいいかわからない。


「驚かせちゃった?急に話しかけてごめんなさい。」


「誰?人間?」


「あはは。あたりまえじゃない。幽霊だとでも思ってる?」


「だ、だってこんなところにいるなんて。しかも女の子が。おかしいだろ。」


「私だってこんなところに人がいるなんてすごくびっくりしてる。」


「驚いてるようには全然見えないんだけど。」


「それよく言われる。こう見えて心臓は結構バクバクだよ。」


「そうなんだ。まぁどうでもいいけど。」


「そうだね。これから自殺するんだもん。全部全部どうだっていいよね。」


 そうさ。僕はここに死ににきたんだ。それに対する迷いもこの世への未練も全くない。本当に本気だ。だというのに、あまりにも簡単に彼女から"自殺"って言葉が吐き出されたせいで、ここに来て初めて妙な怖さを感じてしまった。


「君も死ぬつもりなの?」


「うん、そうだよ。」


「君も、その、いじめられてるの?学校が辛い?」


「ううん、全然。」


「じゃあ家庭の方?家に問題がある感じ?」


「ううん、家も普通だよ。」


「はっ?なんだよ。じゃあなんで死ぬんだよ。普通に幸せなくせに頭おかしいんじゃないの。」


「あなたは毎日辛いんだね。学校でいじめられてるんだ?」


「そうだよ。でもそれだけで死のうと思ったわけじゃない。家の方も色々複雑で、僕の居場所なんて昔からこの世界のどこにもなかった。ハズレの人生なんだよ。生まれてこなきゃよかった。」


「そうなんだ。」


「君は学校でも家でも普通に幸せなんだろ?なのに死のうとしてるなんて贅沢すぎてぶん殴ってやりたい気持ちなんだけど。」


「そうだね。贅沢なのかもしれないね。バチが当たるくらいに。でも私は絶対自殺するよ。彼のいない世界に用事はないから。」


「彼?理由くらい教えてくれてもいいんじゃないの?なんの未練もなく逝けるはずだったのに君のせいで成仏できなかったらどうしてくれるんだよ。」


 少しイライラしながら僕がそう言うと、彼女は声を出して笑ってからちょっと困ったような顔で話し始めた。


「死んだの。大好きな人が。」


 彼女の言葉を聞いて僕はハッとした。そしてさっきの発言を申し訳なく思った。学校や家に問題がなくたって他にも死にたいくらい辛いことは人それぞれ色々あるに違いない。それなのに僕は自分基準で判断して…。


「なんかごめん。そっち系は正直全然考えつかなくて。君が幸せだって決めつけた発言をしたけどそれは謝りたいっていうか…。」


「いいよ。贅沢だってのは間違ってないから。私はね、自分の為だけに命を何度も粗末にしてるの。いつかバチがあたるって思ってる。」


「それはどういうこと?」


「ここで会ったのも何かの縁だね。いいこと教えてあげようか?」


「いいことって苦しまない楽な死に方でも教えてくれるの?」


「そうじゃなくてもっと大事なこと。"転生"って言葉知ってるよね?」


「生まれ変わる、みたいなこと?」


「そう。この世界では、人は死んだら転生するの。全く別の者に生まれ変わってその者として来世を生きてゆく。」


「そういうの漫画とかアニメとかではよく聞くけどさ。本当なのかな。」


「本当だよ。普通ならば死んでしまった後はそうやって違う何かに生まれ変わることができるの。それが繰り返されることで命は巡っている。だけど自殺した人はね。自分で自分の命を終わらせてしまった人は、転生することができないの。」


「転生できないとどうなるの?っていうかなんで君にそんなことがわかるんだよ。それって君の想像の話だよね?」


「想像じゃない。本当の話だよ。転生できない魂は行き場をなくして、彷徨うことも許されず、また同じ人間に宿るしかないの。それってどういう意味だと思う?」


 僕は彼女の名前すら知らない。そんな人間の話をすんなり信じるほど僕は素直な人間ではない。半信半疑で適当に聞いていただけだった。でもその後に続いた言葉に僕は心の底からゾッとした。


「死ぬ前と全く同じ人間として、同じ人生をもう一度送るってことだよ。」


「…なんだよそれ。」


「どんなに良い人であっても、どんなに理不尽で辛い目にあってた人でも、自死を選べば転生はできない。それがこの世界の決まりみたい。」


「じゃあ僕は来世でもこんなクソ人生ってこと?苦しくて耐えられなくて次はもっとちゃんと幸せになりたくて、だから死ぬのにまたこの人生?ふざけんなよ。逃げることも許されないっていうわけ?そんなのってある?そんなのって、地獄じゃないか…ひどいよ…」


 言いながら虚しくなって気付けば涙が溢れていた。怒りとか悔しさとかいろんな感情が混ざって、とにかく涙を堪えるのに必死でそれ以上喋れなくなってしまった。だからしばらくの間、彼女の話に静かに耳を傾けることしかできなかった。その間に彼女はこんな嘘みたいな話をした。


「私ね。この人生、実はもう6回目なの。1度目の私はもちろん何も知らなくて、大好きな人を亡くした絶望から後を追うように自殺したんだけど、そしたらなんと次も全く同じ私として生まれてきた。本来ならそんなことわかるわけがないんだけど何故か私、前世の記憶を持って生まれてきて。だから偶然気付けたことなの。その後何度繰り返しても同じだった。」

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