第一部 第3話 戦災孤児

 「・・・いいものを見せていただきましたが、今日は本当に私用です」

着替えを済ませたローズとナナジンの再登場は、それまでの団らんとした雰囲気をオフィスのそれに一変させた。

「大変お見苦しいものを・・・失礼しました」

「いえいえ。どうかかしこまらずに。遊びに来たと言えるような内容ではありませんが、ちょうどいい・・・お2人も少し、私のお喋りに付き合ってください」

「えっと・・・今日はウテナに用事があっての来訪ですか?」

ナナジンが会話を引き受けている間、ローズは4人分のティーカップを用意し、ポットから薄めの色合いをした液体を注ぐ。

「ここで作っているハーブティーです」

注がれたカップから湯気と共に立ち昇る香りは、目を閉じればそこが花に囲まれた場所だと錯覚できそうなほどだ。

「イイ香りですね。さっそく・・・」

注がれたハーブティーを口元へ運ぶディミトリーを真似るように、ゲンフォールも口にする。

「これはウマい・・・ああ、失礼。そうですね、ここADaMaSアダマスの局長であるウテナさんに相談・・・と言いますか、聞きたいことがありまして」

ティーカップを右手に、ソーサーを左手で持ちながら、ウテナの方へ視線を向けたディミトリーの表情が一変する。そこに浮かぶのは、困惑だ。

「あの・・・ウテナさんが泣きそうなんですが・・・?」

「ああ、いいんです、泣かせとけば。どうぞ、お続けになって」

見れば、本当に泣き出しそうな表情をしていたウテナは、自分以外の4人がそれぞれ口に運ぶティーカップを、羨ましさを下地にしたような悲しい視線で追っている。今この空間には5人存在しているが、用意されたティーカップは4人分だ。ローズの口ぶりからすると、先ほど起こった喜劇の罰を受けているようだ。自分の分を要求しないところを見ると、ウテナ自身もそれが解っているらしい。

「そうですか?では・・・ウテナさん、私は今日、私服で来ています。その上で聞きたいのですか、貴方はこの戦争をどう考えていますか?」

 20年もの間、全人類を巻き込んでいるこの戦争を、一個人がどうとらえているのかという質問は、確かに、気軽な日常会話的にできる内容ではない。事実、ディミトリーから〝戦争〟という言葉が発せられた瞬間、それまでウテナの扱い方で少なからず存在していた笑いが、まるで最初から存在していなかったかのように消え失せた。

 4人はそれ以外を微動だにさせることなく、ただ視線をディミトリーが存在する空間に向けるために眼球を動かした。ディミトリーもまた、4人がそうするであろうことが解っていたかのように、視線を受けて身動ぎ一つしない。

 互いに会話できるような隙はわずか程も無いが、ローズとナナジンはそれぞれに思考を巡らせる。言葉でどれほど、〝今日は軍人ではない〟と前置きしたところで、軍服を着ていない程度でそれを踏襲できるほど人は器用ではない。2人の思考の目的地は、互いに出発点は違えど〝質問の真意〟で合致している。

「2人は答えなくていいよ。そもそも僕に聞きに来たんだろう?」

ADaMaSアダマスは4人で始めた。ここに居る3人にウテナの妹を加えた4人だ。付き合いが長い分、相手を読み解く能力も向上していく。ウテナは2人が解答を探していることを感じ取っていた。だからこそ、2人を抑止した。視線はディトリーを捉えたままだった。

 「どうもこうもない。そもそも戦争なんて、起きないに越したことはないからね。でも、この戦争は存在しているし、僕もADaMaSアダマスも、すでにその戦争の具体的な歯車だ。それを前提にして答えるなら、この戦争は僕にとって、生きる手段さ」

 それまで、誰にも見据えることのなかったディミトリーの視線は、自らの瞼でゆっくりと遮られていく。一刻の間を置いて再び瞼という幕が上がったとき、ステージ上から見えるのはウテナだけとなっていた。

「では、その前提を抜きにした場合?」

テニスのファイナルセットの最後の1球が放たれる直前の空気に似た雰囲気が5人を包む。その例えで言うならば、ディミトリーから放たれたサーブを、相手を揺さぶるように返球したが、それに動じないディミトリーからボディショットが放たれたところだ。

「終わらせるべきモノだ」

ウテナはボディショットを躱すことを選択した。


 「ADaMaSアダマスの敷地に入ってすぐ、サッカーをしている子供たちを見かけました。ウワサでは聞いていましたが、ここには何人の戦災孤児が暮らしているんです?」

時間にして1分ほどは静寂が支配していただろうか?次に出てきたディミトリーの言葉は、その表情も含めてガラリと雰囲気を変えた。これまで口を挟む隙間さえ見いだせなかったゲンフォールは、紅茶を啜って以降一度も開くことの無かった口を、ようやく一息つく思いで開いた。

「サッカーでしたが、22人以上いたように見えましたし、男の子ばかりでしたよね?」

「ええ、ここには50人ほどの未成年者が暮らしていますよ。年齢層も幅が広い」

ゲンフォールの束の間の休息は、たった1度の文章だけで終わりを告げた。答えたウテナの表情が、結局はデュースとなったかのように、再び緊迫するゲームの場に戻した。

「ここADaMaSアダマスがナゼ孤児を抱えているのかは聞きません。ですが、それが最初の、前提ありきの答えを導き出していると考えるべきですか?」

「いや、子供たちはただの結果だよ。子供たちだけじゃない。ここで生きる人たち全てを、そうすることに決めたのは僕で、僕が生きるということだからね」

 ADaMaSアダマスは小規模ながらも、1つの街と言い換えることができる。ADaMaSアダマスの敷地内で生きる者は、全て敷地内に職を持っている。ウテナやADaMaSに憧れて移って来た技術者もいれば、ローズやナナジンが連れてきた事務屋も居る。最初から家族だった者たちも居れば、ここで家族になった者たちも居る。ここで人生を送る者たちを支える存在こそが、ADaMaSアダマスという企業であり、ADaMaSアダマスの者が持つ存在意義だった。

「つまり君たちは、自分たちの〝業〟を理解した上で、それを受け入れ、自分たちが嫌悪する戦争に加担している・・・ということかね?」

「そんな〝業〟がどうのとか、回りくどい考えは誰もしてないよ。特にここで技術者やってるヤツらは、ね」

不意にウテナの表情が緩んだ。それまでディミトリーが独り占めにしていたウテナの視線は、ADaMaSアダマスの仲間2人、ローズとナナジンが、自分たちの意志とは無関係に奪っていった。

「僕たちは技術屋。結果的にできあがるのがMAってだけで、仕事自体は楽しんでやれてるさ。ここにいる2人を筆頭にした対外部の仲間が、アンタの言う〝業〟ってヤツを背負ってくれることに感謝しながらね」

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