第250話・恋路の果

 放送も、食事を含めた家事も、今日やることは全て終わってしまった。だからこそ、僕の心臓は破裂してしまいそうなほど鼓動している。


 今こそ、ママがずっと付けてる指輪の意味を伝えなくては。そして、今のママとも正式に交際を始めなくては。

 決心がつかず、僕が言いよどんでいると、ママが言った。


「ねぇリン君。今日はできることなら、なんでもしてくれるんだよね?」


 その代わりに、ママは僕に甘えること。それが今回の執行内容だ。


「うん……」


 でも、それは僕が大好きな人に対してしたいことをする。未だ胸を張って恋人であるとすら言えないこの人に。


「それならさ、ママと婚約してくれない?」


 それは、一足飛びに思えた。だが、それは正しい段階だった。恋人でもない相手と、大人の階段を登ろうとするなんてそもそもあり得なかったのだ。きっと、あの時の告白は有効で、その先に進む一歩はママが踏み出してくれた。


「うん……うん!」


 恋してるって言われたじゃないか。僕は何をこまねいていたのだ。朴念仁もいい加減にするべきだ。でも、ただただ幸せだった。


「よかったぁ! ママ、リン君以外にいない気がしたんだ! おかしいんだよ? ずっと前に結婚する約束をしたっていう夢を見たんだ……。そんなこと、あるわけないのにね」


 ずっと前は、確かにありえないのだ。でも、ずっと前の、幼いママの方から今に来ていたのだ。今なら、伝えてもいいのかもしれない。


「ママ、すごく荒唐無稽に思えるかも知れない。それに、混乱するかもしれない。今から、変な話をするけど、聞いてくれる?」


 ほかの人格を知っているのは、三人目だけだった。だから、このママにとってはそれは受け入れがたい話かも知れない。でも、いつかそれに折り合いを付けなくてはならないのだ。


「うん、聞かせて欲しい! どんな変な話でも信じるよ!」


 今度は足並みをそろえて言えていることを願って、僕は話し始めた。


「あのね、ママ。僕に大人になれなかった部分があったように、それはママにもあったんだよ……」


 話したのは、二人目の事。幼いままで、時が止まってしまったママのこと。そして、三人目の事。罪の意識だけを抱え込んで、ずっと自分以外の人格を守っていたママの事。それは、イギリスで、二人っきりだったときの事。そして、僕は全てのママに恋をした事実だ。


「そう……だったんだ。だから、あの夢の中でリン君が自分よりお兄さんな気がしたんだ……」


 少し混乱した様子は見られた。少なからず、ショックだっただろう。でも、それをママは拒絶しなかった。

 本当に複雑な恋だった。時間がむちゃくちゃになって、幼馴染、親子、恋人、そんな混ざりえない関係が混ざってしまった。


「まぁ、本当は僕ってママより歳上なんだけどね……」


 本当に、おかしな関係だ。VTuberにおけるママという特殊なワードが、それを無理やりつなぎとめているような。何もかもの時間軸がめちゃくちゃだ。

 でも、そうである以上、仕方のないことだ。


「あはは、そうだったね! 本当に、おかしな関係だね! お兄さんなのに、ママの子って感じもするし、それなのに恋人なんて……」


 どれかを取捨選択する気はない。気持ち悪く思うのなら思えばいい。僕はママが大好きだ。僕にとって、それが世界の全てだ。


「僕はずっとママの子だよ。恋人になっても!」


 だって、ママが僕の心を育ててくれたのは、どうあがいたってもう変えられない。

 それに、ママが産み落としてくれた僕のもう一つの体。それは、ママが見つけてくれた才能を発揮するための窓口だ。


「悪いママになっちゃうなぁ……。困ったなぁ……」


 今、ママは笑ってくれている。本当に良かった。足並みをそろえることができた。


「僕も悪い子だよ! ママに恋しちゃうんだもん」


 傍から見れば、これまでのことを知らなければ、本当に気持ち悪いことこの上ない関係。でも、ファンの人たちはそれを指しててぇてぇというのだ。変化の過程をすべて見ているから。


「絶対、ママのそばからいなくならないでね?」


 ちょっと依存的で、ねじ曲がった恋。


「いなくならないよ。僕は、歳下ママに産み落としてもらったからね!」


 きっと、あの日から、この恋をする運命は決まっていたのだ……。だって、あの日から、僕の全てはママのものだったから。

 これが、僕の恋路の果である。大願叶って、僕は未来、ママと結婚する約束をした。


 気持ち悪いと思うなら、勝手に思えばいい。僕はもう、ほかに望むことなんて何一つないほど幸せだから。

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