第226話・Our way home

 なんで、三人目の彼女が表出したのか、考えられる理由はいろいろあった。でも、これまで伝え続けた離れないというメッセージへの返答だったら嬉しい。そのメッセージの末尾に付け加えた、LRARへの返答なら嬉しい。僕にとって、その他大勢の賞賛より、満さん一人の賞賛のほうが大きいのだ。

 歩きながら、そんなことを考えていた。


「リン君。リン君? りんくーん!!」


 不意に、満さんに呼ばれて僕は意識を呼び戻された。


「な!? 何!?」


 あれから、満さんはあんまり変わらない。きっと急激に変わるものでもないのだろう……。きっと、元に戻るにも時間がかかるのだ。長く隔たれていたもの同士が、壁が壊されたからと言ってすぐに混ざり合うわけがない。


 それでもきっと、遠い未来も大丈夫だと言う確信があった。だって、満さんの中の三人は、僕が好きになった部分は全部同じだ。誰かのために全力になれる、ちょっと深すぎるほどの愛情を持った人だ。


「もう! ……そろそろ空港に着くからね! たくさんファンサしなきゃダメだからね!」

「うん、そうだね!」


 旅の終わり、本当にいろいろな旅の……。


 僕の初恋は、超高難易度だった。だって、たった一人を好きになって、でもちゃんと恋愛するためには三人分の心と向き合わなきゃならなくて。そこには、壮絶な痛みがあった。

 最愛の人を失った彼女の過去の傷。それを自分の罪と認識してしまう幼さ。それによって引き裂かれた心。


 でもそれは、僕が満さんを好きになった原因が理由だった。彼女は優しすぎるからだった。向かい合おう、いつか彼女の心が痛みを代謝しきるまで。そして、命の終わりまで……。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 僕の通る道は、相変わらずベルトパーテーションで仕切られている。ただ、来た時よりもファンは多く、それはまさに人の海だった。石版でも掲げようか……。これではまるで、モーゼだ。


Come againまた来てね!」

I'll watch放送 the broadcastみるよ!」


 叫ばれる僕の得た異名は当たり前。それ以外にも、メッセージが洪水のごとく押し寄せる。

 僕は、手を振ったり、声で答えながら進んでいく。僕はもう、本当の有名人なのだ。

 だからもう、自家用ジェットくらいで驚いたりしない。必要なら、街が仮設されるようになってしまったのだ。このくらいで、驚いてなどいられない。


 とはいえ、楽しみだった。着陸実況は日本に帰る時にと言われていたからだ。


「リンちゃん! イギリスとも、私とも、しばらくお別れデス! 私、寂しい!」


 座席に座り、シートベルトを締めるとMikeさんが言った。


「僕も、とっても寂しいな。だから、またコメントしに来てくれる?」


 本当に寂しいのは僕だ。彼は、いつでも僕に会いに来られる。だって、僕のチャンネル登録者だ。いつでも、僕を見に来ることができる。だけど、僕はMikeさんのコメントしか見られない。文字でしか、Mikeさんを認識できない。


「Mike君。また、秋葉家に協力してもらったりできない?」


 満さんは言った。仕事があれば、僕達はまた繋がることができる。その仕事を依頼するのは、最終的には満さんだ。だって、秋葉家代表取締役だから。


「モチロン! いつでも呼んでくだサイ!」


 次は、英国王室主催のチャリティーだろうか。はたまた、別の仕事になるだろうか。


 そう言えば、日本の秋葉家はどうなっているのだろう……。大丈夫なのは間違いない。なにせ、日本には秋葉家の頭脳が居る。法務部や、医療部もだ。精神科の知識も持ち合わせる博お兄ちゃんがいれば、心のケアもバッチリなはずだ。

 思ったよりも、博お兄ちゃんはてんてこ舞いかも知れない。会社を作る前は漠然としていたお医者さんの役割。今では結構はっきりとした気がする。


「いや、怖いですよね。帰ってみたら、秋葉家の時価総額がとんでもないことになっているかもしれませんから……」


 最上さんは、僕の不安を言い当てた。僕が怖いのはそっちだ。秋葉家の成長力は、怪物である。ちょっと放っておけば、もうどうなっているかわからない。


「あはは……。何が起こっていても不思議じゃないですよね!」


 そう、例えば急に、秋葉家が財閥のような規模になっていたとしてもだ。

 ジェット機のエンジン、ターボプロップが音の周波数を上げていく。


『アテンション・プリーズ。再び機長のアレックス・バーモントです! 本日は快晴、絶好のフライト日和でございます! ご搭乗の皆様には、安全で快適かつ興味深い空の旅をお届けします! さてさて、離陸実況、もう一度お聞きになられますか!?』


 さぁ、帰ろう日本へ……。


「「「「Yeah!!!」」」」


 僕たちが客席で叫ぶと、機長の離陸実況が始まった。

 本当にすごい旅だった。こんな短期間で、こんな大量の人生経験を得た人物は、世界中で僕一人だ。

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