箱庭のラグナロク
綿木絹
Prologue〜一人きりの世界〜
一人きりの少年とカウントされない少女
風が吹いている。爽やかな風と真逆の砂や粉塵まみれの気持ちの悪い風。
聞こえるのは風の音のみで、他の音は全くしない。
いや、もう一つだけ聞こえる音がする。周りからではなく、自分の体から。
微かに聞こえる心臓の音。
「やったぞ、やってやった。ついにここまで辿りついた。」
無音と思っていたが、どうやら違っていたらしい。
————どこからだろうか、嬉しそうにはしゃぐ、少女の声が聞こえてくる。
うつ伏せに倒れた少年は、少女の無邪気な言葉で、手放しかけていた意識を取り戻す。
そして彼は自分が倒れていることを知る。道理で口の中が気持ち悪い筈だ。砂やら土やらがいつの間にか口の中に入りこんで、舌や歯茎や内側の頬でチクチクと嫌がらせをしてくる。吐き出そうにも、唾液と混ざり合って、口の奥の方にへばりついている。
少年は立ち上がろう腕を動かしたが、左腕に嵌められた奇妙にひん曲がった義手がうまく地面を掴んでくれない。
そういえば、これは壊れていたんだった。
彼は仕方がないと諦め、残った方の右手を支えにして、無理やり体を引き起こした。
彼は先ほどまで意識を失っていたのだ。
体力もとうに限界を超えている。
意識を失っている間にちょっとでも回復しているかもと期待したが、残念ながら都合良くはいかないらしい。
それでも彼は無理やり体を起こした。
意識が曖昧だが、彼は立ち上がれなければならなかった筈だ。
だから、おぼつかない体を無理やり引き起こす。
そして、なんとか立ち上がった少年は、目の前に広がる光景を見て、絶句した。
そこには何もない荒野が広がっていた。
(……ここは荒野だったのか。……いや、違う。違う違う、何を言っている。断じて違う)
少年は心の声で、目の前の光景を否定する。
少しずつ彼の記憶が蘇ってくる。
記憶が刻まれている脳細胞がシナプスの先から賢明に信号を送ってくる。
ついには少年の記憶は訴え始めた。
あの風景だったんだぞと、記憶が彼の脳に直接語りかける。
イメージ画像を送ってくる。
その画像を受け取った少年は、心の中で「あぁ、そうだった』と呟いた。
その風景とは今見えている荒野とは正反対のもの。
でも、視覚野はこっちが今の風景だと訴えて、一瞬、混乱状態に陥ってしまう。
ただ、徐々に動き出した彼の意識はどちらが正しい映像なのか、きちんと正しい言葉で出力できた。
(どっちも正解だ)
少年は思い出した。
少年が立っている場所は、この世界の中でも、それなりに栄えていた街だった。
西洋風の街並みが立ち並び、そして遠くには木々が程よく生い茂る森があり、その向こうには山々が見えていた。
次第に脳に向かう血液が増えてきたようだ。より鮮明に在った筈の景色が蘇ってくる。
確か、森へ行く道の途中には、ポツポツと人家があり、その周りには田園風景が広がる。
牧歌的でとても美しい景色が広がっていた筈だった。
ここは今は荒野だが、少し前までは荒野ではなかった。
人家が、森が、大きな建物が、人々が集まる教会が、全て破壊されていた。
悲しいほど何もない。
悲しいほどに遠くまで見えてしまう。
「違う。ここは荒野と呼ぶには上品すぎる……」
正しい言葉が見つからない。
少年の考えうる言葉では爆心地という言葉の方が正しい。
「そういえばみんなは……」
少年の声に誰も反応しない。もしかしたら声が出ていなかっただけかもしれない。
「みんな!」
だからもう一度、今度は大きな声で。
辺りを見渡すと、少年の仲間は皆、周辺に倒れていた。
誰一人、動く者はいない。何一つ、動くモノはない。
……当然だ。動くはずがない。
この世界が壊れているのだ。
————壊したのは、目の前の少女?
————それとも自分?
少年は葛藤する。
ここには確かに世界があった。たくさんの人々、仲間が存在していた。でも今は……。
浮かんできた言葉は一つだけ
「一人だけの世界……」
目の前の少女はその一人には含まれない。その理由を少年は知っている。
そして数に含まれない少女が声高らかに宣言した。
「そう。これこそが、ワシがお主に見せたかった世界。」
『終わりの世界』
「どうじゃ? 芸術的であろ? 終わりの世界を見れた気分は如何かの?」
少年は、少女の言葉を否定しようと辺りを見渡す。
右を向いてみる、右がダメなら次は左だ。
そして次は……次は……と、後ろを、斜め前を、斜め後ろをと振り返る。
だって、もしかしたら、一人じゃないかもしれないから。
少年はゆっくりと歩みを進める。ぎこちなく歪んだ義手が鬱陶しい。それでも歩く。
……誰かいないのか
……自分しかいない
本当に一人だけなのか?
————そんなのっておかしい
一人しかいない世界なら
誰からも見られていない世界なら
————————誰もいない世界と何も変わらない。
「ふぁはははは。のう、お主。それは声も出せないという感動の顔か?さぞかし良い景色なのじゃろうな? 」
彼女に見られても意味がない。彼女はその一人に入らないのだから。
そんな彼女が興味深そうに聞いてくる。勝ち誇った顔で聞いてくる。
「リク、ワシの芸術が分かったか? 出来れば言葉にして欲しいんじゃがな。」
……これが芸術? 何をバカな。
だから少年はカウントされない彼女にも伝わるよう、今の気持ちを言葉にして伝える。
「————今の感情を教えてやるよ。」
どんな言葉が相応しいか、そこまで頭が回らない——でもたった一つだけ思い浮かんだ言葉がある。
「……これは最低最悪の
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