第57話 叙勲式

 ──4日後、終戦宣言式と俺たちの叙勲じょくん式の当日。

 

 王城は来賓らいひんたちを迎える準備で華やかに彩られていた。依然いぜんとして大きなガレキや城の壁に空いた大穴などは残っている。ただしかし、それがあることで魔王軍との戦いの激しさや、実際に魔王軍を撃退したのだという事実がリアルに伝わっているようだ。到着した貴族たちはそんな戦いの傷跡を見て、みんなあぜんとした顔で王城へと入っていく。

 

 そして、俺たちはそんな貴族たちを横目に控え室へと向かった。

 

「似合ってないわね、グスタフ」

「そうか? ニーニャこそ服を着てるというよりかは服に着られてるって感じがするぞ」

「グスタフさん、私はどうですか? 似合っていますか?」

「スペラさんは……え、それサイズ合ってる? 合ってるの? ホントに? 胸のところがぱっつんぱっつんなんだけど」

「え、どのあたりでしょうか? 指でつついて教えてください」

「誰がつつくかっ!」


 式典を執り行う玉座の間へと入る前に、俺たちレイア姫親衛隊メンバーは王室担当の執事やらメイドやらに慣れない正装を着せられていた。TPOは大事ですよ、とのことだ。

 

 ……そうだな、俺もこれを機にしっかり学ばないとだ。これからはそういったちょっと面倒くさいと思ってしまうような礼儀作法も、無関係のことではなくなるんだから。

 

 若干緊張しつつも腹の下にグッと力を込めて気合を入れる。体調は万全。あとは堂々とした振る舞いを心がけるのみだ。

 

「じゃあ、行こうか」

「ええっ!」

「はいっ!」


 多くの人の気配のする玉座の間へと、俺たちは足を踏み入れた。

 

 

 

「──それではこれより、魔王討伐を果たす中で重大な功績を残してくれた者たちの表彰を行います」


 終戦宣言式がつつがなく終わり、そして叙勲式に移った。前置きも終わって、とうとう進行役を務めるモーガンさんから視線が送られたので、俺、ニーニャ、スペラの3人は玉座の前へと出る。そして(あらかじめ教えられていた)作法にのっとり片膝を着いた。


「親衛隊副隊長ニーニャ君。貴君きくんが先の魔王軍侵攻に際し、敵幹部の撃滅および魔王討伐に重要な貢献を果たしたことを表彰する。前へ」

「は、はっ!」


 ニーニャはロボットみたいに硬い動きで前に出る。それに合わせて中央の玉座から王が立ち上がった。レイア姫がその手に勲章くんしょうを渡すと、王が自らの手でニーニャの左胸へと取り付ける。


「親衛隊副隊長ニーニャ君。貴君の王国への貢献に感謝する」

「はっ! きょ、恐縮です!」

「貴君には褒賞として、金貨500枚に加え、城下町の特別守護長の地位に任命、さらにスラム対策予算管理委員会の特別顧問への就任を認める。……貧困に苦しむ民を共に救っていこう。よろしく頼むぞ、ニーニャ君」

「はいっ! ありがとうございます、陛下!」


 ニーニャは一礼をすると、輝かしい笑顔で元の位置に戻って来る。

 

 ……よかったな、ニーニャ。かねてよりニーニャはスラムの子供たちを衛兵寮へと住まわせて世話していただけじゃなく、頻繁にスラムに足を運んではそこに住むみんなの生活を良くしたいとあれこれ行動していたからな。城下町の治安維持の方針やスラム対策の予算に口を出せる立場になったことで、その目的がより果たしやすくなったことだろう。


「親衛隊所属、かつ、エルフの里代表のスペラ殿。王国はここに、貴殿もまた同様の貢献を果たしたことを表彰します。前へ」

「はっ!」


 今度モーガンさんに名前を呼ばれたのはスペラ。彼女もまた王の前に出る。そして王はニーニャの時と同様に、スペラの胸に勲章を取り付け……取り付けにくそうに悪戦苦闘している。

 

 ……まあ、胸のところぱっつんぱっつんだからな、スペラは。

 

 それでも何とか無事に勲章を取り付け終えた王は咳ばらいをひとつすると空気を改めた。


「親衛隊所属、そしてエルフの里代表のスペラ殿。貴殿の王国への貢献に感謝いたします」

「はっ、恐縮でございます」

「貴殿には褒賞として、金貨500枚に加え、王国魔術研究所の主任権限を与えます。また、エルフの里の復興への積極的支援を約束しましょう」

「先の避難から今回の褒賞、そしてご支援の話まで、多大な感謝をエルフの里代表として申し上げます。王国のよりいっそうの繁栄のため、魔術研究をもってして、このご恩は必ずお返ししていきます」

「これからもよろしく頼みますぞ、スペラ殿」

「はっ!」


 スペラもまた一礼すると戻ってきた。相変わらずのクールな無表情だったが、その口元は少し緩み、心なしかどこか嬉しそうに見える。


「フフフ、これで魔術の研究がいっぱいできます。私はもう里に帰る必要も無さそうですね、このまま永住しちゃおうかな……フフフ……」


 ……小声で何か言ってるな。まあいいや、とにかく嬉しそうならそれでいいんだから。


 そしていよいよ、俺の番だ。

 

「親衛隊隊長グスタフ君。貴君が王国の危機を幾度いくどに渡って救い、そして最終的に魔王を討伐したその功績を表彰する。前へ」

「はっ!」


 俺もまた先の2人と同様に前に出る。王はそんな俺の目をとても感慨深そうな、とても優しげなまなざしで覗き込んだ。

 

「本当に成し遂げたな、お主は」

「……はい」

 

 王はレイア姫から渡されたその勲章を、直々に俺の左胸のあたりに取り付ける。


「親衛隊隊長グスタフ君。貴君の王国への貢献に感謝する!」

「はっ、恐縮であります!」

「貴君には褒賞として、金貨1,000枚を与える。そしてさらに【子爵】の爵位を授けることとする!」


 直後、ザワッと。玉座の間はにわかに騒がしくなった。

 

「みな、静かにせよ」


 王のひと言に騒々しさがピタリと収まる。


「この叙爵じょしゃくは正当な褒賞である。グスタフ君はこの王国を魔王の手から救った張本人というだけではない。ある時は王城衛兵たちの訓練の指揮をし、ある時は民を脅かす盗賊団を滅ぼし、そして常に魔王がつけ狙っていたレイアを狙う魔王軍を跳ねのけ続けた王国のゆうである」


 王は身振りを交え、熱弁する。


「この王国を真に思い行動し続けてくれた彼ならば、与えられた領地を正しく導いてくれるであろうとワシを信じておる。みなもまた、彼を信じるワシを信じてほしい」


 その言葉に、貴族たちは全員速やかに立ち上がると手を胸に当てた。どうやらそれが彼らの示す忠誠の証らしい。どうやらみんな、俺への叙爵を認めてくれたようだ。


「うむ、感謝する」


 王は貴族諸侯たちに微笑むと、それから俺に向き直った。


「グスタフ、お主には王国が管理する東の地、【モーブラッシェント】を与える」

「はっ! 感謝いたします、陛下」

「うむ。それで、確かお主にはまだ家名が無かったな?」

「はい、ありません」

「ならばこれからはモーブラッシェントの領主ということで、【グスタフ・フォン・ヒア=モーブラッシェンター】と名乗るがよい」

「はっ! 光栄であります!」


 一礼をすると、俺もまた大きな拍手を受けることになった。

 

 そしてそれから叙勲を受けた代表としてしどろもどろになりつつも俺があいさつをし、王の言葉によって式は閉じられた。




「──はぁ、ようやく終わったわね」

「だな」


 肩でも凝ったのか、ニーニャがグルグルと腕を回す。俺もうーんと伸びをした。そんなに動いてもいないのにドっとくる疲労感。なんていうか、こういった式っていうのは緊張で体に変な力が入っちゃったみたいだ。


「あっ、レイアだ」


 ニーニャが指を差すのでそちらを見てみれば、確かにそこにはレイア姫がいる。侍女と共に玉座の間から出てくるところだった。


「おーい、レイアー!」


 ニーニャが気さくに声をかけるやいなや、レイア姫はパーっと晴れやかな表情になる。


「ニーニャさん! 叙勲式お疲れ様でした、とても素敵な振る舞いでしたよ」

「あはは、ありがとう。レイアもすごく立派で綺麗だったよ!」

「うふふ、ありがとうございます」

 

 2人はお互いに駆け寄ったかと思うととたんにおしゃべりに興じ始める。

 

 ……しっかし仲良くなったもんだなぁ。会った当初はだいぶバチバチな関係だったと思うんだけど、女子ってなんか知らないうちに意気投合してるよね。とても不思議だ。


「ほう、何やら楽しそうですね。グスタフさん、私たちも行きましょう」

「えっ、いや、それはっ……」


 賑やかなその2人の元へと、グイグイとスペラが俺の腕を引っ張った。


「ぜひ私たちも混ぜてください」


 スペラが2人に割って入る。レイア姫は変わらず笑顔のままこちらに顔を向け、


「ええ、ぜひ! スペラさんたちも……えっ? 『私たち』?」


 その複数の主語に気づいて表情をカチッと固まらせた。


「も、ももももも、もしかして、グスタフ様もいらっしゃいますの……?」

「あぁ、えっと、はい……」

「っ!」


 俺がそう返事をするやいなや、レイア姫は驚いたネコのように飛び跳ねると顔を真っ赤にした。


「あ、ああああ、あのあの……!」

「ひ、姫……?」

「わ、私っ! このあとのパーティーのためのお着替えをしなくてはっ!」


 そしてまたもや、ビュンっ! と風を切るように俺の前から立ち去ってしまった。


「グスタフ、アンタ……まだ……?」

「いや、だって、俺も姫も忙しかったし……」

「まったく、グスタフさんったら。そんなに可愛らしいナヨナヨな反応をし続けられているとさすがの私も我慢の限界ですよ? 今夜襲いに行きますね?」

「うん、来ないで……」


 ……はぁ。まったく。姫とのこんなすれ違いも、もう何回目だろうな。

 

 冷静になって、我に返ったレイア姫が俺のことを嫌いになった……とは思えない。たぶんまだ俺のことは好いていてくれているはず……ということは、やっぱりどんな顔をして話せばいいのか分からないっていうのが心情なんだろうけど。

 

「ホント、そろそろどうにかしなきゃだよな……」


 式典が終わったこのあとは貴族諸侯も参加する立食パーティーが待っている。

 

 ……いい加減、そこで決着にしよう。

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