第31話 ニーニャの戦い~その1~

「──ここね」


 草影に身を忍ばせて、ニーニャはボソリとつぶやいた。


 ニーニャが今いるのはエルフの里の外周部。そこには事前にスペラに聞いていた通り、目を凝らさなければ分からない透明な魔術的な結界が張られているようだった。

 

「侵入者の気配を感知して警報を鳴らす魔術って話だったわよね。なら、スキル『気配遮断・改』」


 シュン、と。自分の気配が消えていくのが分かる。ニーニャは辺りを見渡して盗賊団のメンバーがいないことを確認すると音を立てないように結界内へと侵入した。

 

 ……ミッションは2つ。1つ目はエルフを人質に取る盗賊団のメンバーたちの撃破&無力化、そして2つ目はミッション達成を里から少し離れたところに待機しているグスタフたちに報せるためにノロシを上げることだ。

 

 まあ他人の領域に忍び込むなんてこれまで盗賊としてスラムを生き抜いてきた自分にはお手の物と、ニーニャは余裕を持ちつつ、しかし決して油断はせずに最初の住居と思しき建物の陰まで忍び寄る。そして窓から中を確認して……そこにスペラからの情報通りの人質の姿を確認すると、手早く窓のカギを開けて忍び込んだ。

 

「……ったく、退屈ったらありゃしねぇ。酒も切れちまったしなぁ。別拠点の買い出し班はまだ補給にこねーのかぁ?」

「たぶん例のエルフを連れて今しがた買い出しに出ていったばかりだろうさ。半日は戻ってこねーよ」

「早く酒が飲みてーよ」


 その建物の中には見るからにガラの悪い人間が2人、それぞれ入り口とキッチンに座って喋っていた。武装もしているようだし盗賊団のメンバーで間違いないだろう。部屋の中央には幼いエルフたちが数人ひと固まりになって俯いていた。

 

 ……子供たちはいっさい傷つけない。完ぺきにやってのけてみせるとニーニャはハラに力を込める。そしてキッチンの男が退屈そうに天井を見上げた瞬間、ニーニャは物陰から音を立てず、一瞬で入り口の男の元まで駆け抜けた。


「っ⁉」


 武器など使わない。肘を使った当て身で昏倒こんとうさせる。声を出す暇すら与えなかった。キッチンの男はまだ気づいていない。


「っが!」


 その隙に、ニーニャは飛びかかる。そしてキッチンの男の顔面に回し蹴りを叩き込んだ。悲しきはレベル差かな、そちらの男もただの一撃で意識を失った。


 ……よし、とりあえずこの場所はクリア。ひとつ安堵の息を吐いたニーニャは男たちを縄で縛り上げ、それから子供たちを振り向けば……彼らは突然のできごとに悲鳴を上げそうになっている。ニーニャは慌ててシーっと人差し指を口に当てた。


「静かに、ね?」

「お、お姉ちゃん……だれ……?」

「みんなを助けにきた正義の盗賊、ってとこかしら」

「正義の……盗賊?」

「まあなんでもいいわ。とにかく外は危ないから、騒がず静かにここでジッとしていなさい」


 首を傾げる子供たちを置いて、ニーニャは再び入ってきた窓に体を通して抜け出すと、他の住居へと走り出す。スペラによれば人質が捕らわれている場所は残り3つらしい。事が明るみに出ない内にそのすべてを解放する必要があった。


 ──2つ、3つ、ニーニャは順調に盗賊団のメンバーを撃破していく。それらすべてにものの5分もかからない。そしてとうとう人質が囚われている最後の住居。里の中心にある建物で、ここまで来ると里内を我が物顔で歩く盗賊団の連中が多く、侵入が少し難しい。だが、そんな障害もなんとかクリアする。

 

 建物の中にはエルフの老人が3人。盗賊団のメンバーはたったの1人。


「よしっ……1人ならっ!」


 ニーニャは腰からクナイを取り出すと、バッと飛び出し盗賊めがけて投げ放つ。

 

 ──ガキンッ!


「なっ⁉」


 盗賊めがけて一直線に放たれたクナイが弾かれる。それも、エルフの老人の手によって。


「……違うっ! アンタら、エルフじゃ無いなっ⁉」

「その通り」


 今までニーニャがエルフだと思っていたその老人たちの輪郭りんかくがボヤけ出したかと思うと、ついにはガラの悪い男どもの姿になっていた。


「スキルかっ!」

「その通り。俺のスキル『変化・改』はどうだったよ? なかなかのモンだったろ?」


 クククと得意げに笑いながら、見張りだと思っていた盗賊団の男がニーニャの正面に出た。


「俺が盗賊団のボス、イズマだ。しっかしなぁ、いつかエルフのヤツらがそろって反逆するんじゃねぇかと、こうして備えてたトラップに最初に引っかかったのがまさか同業者だとはなぁ」

「チッ! 人質が取られてる住居ってのはホントは3つだけだったと、そういうわけねっ?」

「ああ、そうだが……おいおい、まさか他の3つを解放しやがったのか? どうやら捨て置けねーヤツのようだな、お前。ここで殺す……と、言いてぇところだが」

「なによ?」

「その歳でその身のこなし……有望だぜ。俺たちの仲間になれよ。そうすれば命は保証するし、それだけじゃねぇ。この盗賊団の幹部として迎えてやる。悪い条件じゃねぇだろ?」


 そう言って、イズマはニヤリと笑った。

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