第22話 友達

「オラオラオラァッ!」


 アークが散々に剣を振り回して突撃してくる。バフをかけられたその攻撃は先ほどよりも鋭さを増し、速さを増し、威力も増している。だが、しかし。


「っと……」


 ヒョイヒョイヒョイっと。俺は槍を使わずに身を反らしたり屈んだりすることでその攻撃のすべてをかわしていた。


「チッ! おい、避けるなッ!」

「無茶言うなよ」

「この臆病者が! お前も攻撃してこいッ!」


 アークは攻撃が当たらずに相当苛立っているようだ。安い挑発をしてくるが、あいにく俺はそんなモノに乗るほどバカじゃない。

 

 ……確かにアグラニスからアークへとかけられたバフは強力なものだった。そして最初にアークの攻撃を弾き返した時に受けたデバフも効いている。だが、残念ながら俺とアークのレベル差はそれだけじゃ覆らない。

 

 俺のレベルは26。対するアークのレベルは恐らく11、12ってところだろう。倍以上違うのだ。少しバフやデバフを積み重ねたところでアークのステータスはまだ俺には及ばない。


「オラァッ! 『メガ・フレア』!」

「よっ、と」


 アークの手から放たれた大きな火の球、それはスキル『槍の結界』で上空へと弾く。……フム、この攻撃には闇属性魔術によるデバフは宿っていない。やはり避けなければいけないのはアークの持つ剣との接触のみのようだ。


 ──再び、俺の目の端でアグラニスが呪文を唱えようとしているのが見えた。


「ほらよ、っと」


 俺は足元にあった不法投棄の石材を槍と足を使って上手いこと浮かせると、それをアグラニスに向かって蹴り飛ばした。


「なっ!」


 アグラニスは間一髪でそれを避けたが、代わりに呪文の詠唱は中断される。


「おっと、すまんな。足が滑った」

「くっ!」

「俺はできるなら女に手を上げたくはないんだが……お前が何かするってんなら、また足が滑るかもだ」


 アグラニスが悔しそうにその口端を歪める。……よし、雑な脅しだが効果はあったみたいだ。これ以上バフを盛られるのは面倒だからな。

 

「余裕をかましてるんじゃねーぞ、クソ衛兵っ!」


 ブンっ! と背後から横なぎに切りかかって来るアークを、俺は身を屈めてかわす。


 ……さて、そろそろやるか。


「クソ衛兵がッ! さっきから避けて防いでばかりでよぅ、決闘を何だと思ってやがる!」

「ああ、そりゃ悪かったな。だけどそれももう終わりにするよ」

「……ハッ! とうとう俺様に斬られる覚悟が固まったってことか!」

「いいや、違う。どうやって勝つかが決まった、それだけの話だ」

「チッ! いちいちムカつく野郎だ……さっきから防戦一方のお前に何ができるッ!」


 アークが再び剣での攻撃を仕掛けてくる。俺はそれに対して槍をサカサマに構えて待った。


「なっ……なんのつもりだ、クソ衛兵ッ!」

「え? だってほら、お前は腐っても勇者だからな。ケガなんかさせたら大変だろう?」

「ナメやがってぇッ! 『ブレイヴ・アックス』!」


 アークの剣の振り下ろし攻撃スキルを俺はやすやすとかわし、そしてサカサマに構えた槍の柄の先端で狙いを定める。


「これなら安全だ」


 俺はスキル『ボルテックス』を使う。イナズマの速さでサカサマになった槍がアークの鎧の間の隙間から──その【内腿うちもも】に叩きこまれる。


「んギッ⁉ テ、テメェッ! 『メガ・スラッシュ』!」


 無茶な反撃を俺はアークの背中側に回り込んでかわす。そして今度は反対の脚、その内腿うちももをめがけて『ボルテックス』。


「がぁッ⁉」


 その2撃だけで、アークの体は崩れ落ちた。


「な、なんでだ……! 脚が、脚が言うことを利かねぇ……!」

「そりゃあな、腿は体を支える重要な筋肉が集まってる急所だ。そこに致命的なダメージが入ったら立ってもいられなくなるさ」


 ……とはいってもそれは一時的なもの。明日には治ってるだろう。しかし、こんな決闘すぐに終わらせる気だったんだがずいぶんと予想外が重なってしまった。


「お前の剣に触れず、なおかつバフとデバフのせいで力加減がおかしくなった状態でお前に大怪我を負わせない勝ち方を考えるのは苦労したよ。本来は殺傷力の高い『ボルテックス』に応用を利かせることを思いつけてよかった」


 別に最初から防戦一方ってわけでも苦戦してるってわけでもなかった。俺はただ、手加減の調整に慎重になっていただけなのだ。


「な……本気じゃなかったとでも言うつもりかっ!」

「ああ、まあな。これから【勇者様】にはせいぜい魔王討伐へと精を出してもらう必要があるからさ。優しくしてやらなきゃだろ?」

「ナ、ナメやがってッ! テメェ、ぜったいに許さ──」


 ゴッ! 俺は槍の柄でアークの下アゴを打ち抜いた。アークが白目を剥く。気絶したようだ。

 

 ……もうこれ以上、アークと会話を続ける意味も見いだせなかったし。


「おい、アグラニス」

「チッ。使えない勇者だ」

「聞いているのか、アグラニス!」

「……ええ、聞こえていますとも。そして結果も分かっております。この決闘の勝者はグスタフ様です」


 アグラニスが不承不承ふしょうぶしょうといった様子でこちらに歩いてくる。そしてアークの元に屈んだ。


「これ以上私たちはニーニャへの手出しはしません。それでいいですね?」

「お前な、決闘に横槍を入れておいて──」

「それでは。あなたとはまたどこかでお会いしそうです。グスタフ様」

「なっ……⁉︎」


 アグラニスは自身のローブを大きく広げたかと思うと、一瞬でアークもろともその場から消え去った。もしや、テレポートか? 魔術師がテレポートを覚えられるのは確か、レベル25からだったはずだが……。

 

「……逃したか。本当に何者だったんだ、アイツ」


 俺がそうこぼしていると、ドンッ! と背中に何かが勢いよくぶつかってきた。


「グッ、グスタフ!」

「うわっ⁉︎ えっ、ニーニャ……?」


 ニーニャが、俺の背中に抱き着いていた。それはギュッと力強くもあり、しかし親にすがる子供のような弱々しさもあった。


「アタシ……アンタにいったいどれだけを返せばいい……?」

「ニ、ニーニャ、いったい何を?」

「ぜんぶぜんぶ、初めてだったんだ。スラムの外の人間に褒めてもらったのも、生き方を認めてもらったのも、こうして誰かに守ってもらったのも。アタシの初めてをくれたのはぜんぶグスタフなの。そんなアンタに、アタシは何を返せるかな……?」

「……えっと」


 ……ちょっと突然すぎて、ニーニャがいったいどんな心情でそれを言っているのか、完全には理解し切れない。でも、何かとても大切なことを俺の返事にたくしてくれているんだってことくらいは、なんとなくだけど分かる。

 

 真剣に応えてあげなければならない。だから俺は振り返って、ニーニャの目をまっすぐに見る。


「そうだな、もしニーニャが俺から何か大切なものを受け取ったとそう思ってくれるなら……俺に何かを返すなんて考えないでほしい」

「えっ……」

「だって、たぶんそういうのって意識してもらったり返したりするものじゃ無いと思うから。俺はそんな利害のあるような関係ってよりも、もっとこう、違う形でニーニャの側にいたいって思う」


 俺の言葉に、ニーニャはどこかうるんだ瞳で、頬を赤らめて俺を見上げる。その口を酸欠の金魚の口のようにパクパクと閉じたり開いたりしながら。


「え、えっ……! あの、それって、まさか……つ、つつつ、付き合っ──」

「まあ、ありていに言えば【友達】になろうってことなんだけどさ。なんつーか、改まって言葉にすると照れるなコレ」

「──あぁ、うん……。そっかぁ……」


 聞くなり、げんなりと。ニーニャはしおれた植物のように小さくなった。あれ? どうして?


「友達、かぁ……」

「あの、ニーニャ? 大丈夫?」

「ああ、うん。だいじょぶだいじょぶ……まあ出会ったばっかだし、アタシがグスタフに何かしてあげられたこともないし、当然っちゃ当然よね……ははっ」


 ……なんかすごく自虐的に笑っててぜんぜん大丈夫には見えないんだが。俺と友達はイヤでしたかね?


「はぁ……とりあえずその件はいいわ。それよりもこれ、アンタに」

「えっ?」


 ニーニャはげんなりとしつつ、2つの布袋を放り投げてくる。キャッチした1つは俺が元々持っていてニーニャに盗まれたもの。そしてもう1つは──。


「そっちはあのいけすかない魔術師の財布よ」

「はいっ? アグラニスのっ?」

「そう。あいつが最初になんやかんや言いながら私に近づいてきたときにチョロっとね。ムカついたからさ」


 ニーニャはてへっと舌を出した。


「これも現行犯ってやつ? でもいいでしょ? アイツはなんか卑怯なマネしてたみたいだしさ。違約金ってことで!」

「……まったく頼もしいヤツだな、ニーニャはさ。でも俺に渡していいのか?」

「助けてくれたことに対しての、ほんのお礼みたいなものよ。要らないってのはナシよ。一方的な貸しを受けてばかりじゃ……友達にもなれないんだから」

「そっか……まあそういうことなら受け取っておく。ありがとな」

「わっ⁉︎」


 その小さな頭を撫でるとニーニャが飛び跳ねそうになる。


「あ、ごめん。嫌だったか?」

「べ、別に……! そ、それよりもあの魔術師からいったいいくらガメてやれたのか見てやりましょーよ!」


 ニーニャは顔を真っ赤にすると、どこか誤魔化ごまかすように布袋を指差した。


「盗品ってのがなんかちょっと気が引けるけど……まあいいか」


 俺はアグラニスが持っていたという布袋の財布を開く。金貨が数枚に、あとは銀貨と銅貨。それに加えて──。


「なんだ、この硬貨は……?」


 王国のものではない金の硬貨が数枚、隠されるようにして袋の底にしまってあった。俺とニーニャは2人で顔を見合わせ、首を傾げるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る