第10話 初ボス戦
三邪天バーゼフ──その名前は間違いない。【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】のボスキャラの内のひとりだ。しかし、コイツは確かメインストーリーを少し進めた先に出てくる最初のボスだったはず。
ゆるり、バーゼフが背中の大剣を抜くと、それをレイア姫の方へと向けた。
「先日ハ弱卒ドモが世話ニナッタナ。ダガ、今日コソハ姫ヲ連レテ行カセテモラウゾ」
「弱卒? ガーゴイルたちのことか?」
「イカニモ」
……なるほど。これは予想外だった。いや、普通は想定しておくべき事態だったのだろう。姫はこのゲーム世界において、太古の魔術を扱える素養を持つ重要キャラクターなのだ。そりゃ普通に考えて魔王が1回の襲撃失敗で諦めるわけがない。
「……モーガンさん、槍を貸してください。それと倒れている衛兵に救護をお願いします」
「ぬっ? あ、ああ、分かった」
そう頼むと、突然のバーゼフの登場に固まっていたモーガンさんだったが俺に向かって槍を投げ渡してくれる。
「ホホウ? 見上ゲタ兵士ダ。我ノ姿ヲ見テ恐レヌドコロカ、戦オウトスルトハナ」
俺が槍を構えるなり、低い声でさも面白そうにバーゼフが笑った。
「気ニ入ッタゾ、強キ心ヲ持ツ者ヨ。我ノ部下ニナラヌカ?」
「断るよ」
「フフ、マスマス気ニ入ッタ。殺スニハ惜シイ……大人シク姫ヲ寄越セ。ナニ、害スル気ハナイ。魔王様ノ計画ニ少シ協力シテモラウマデダ」
「評価してもらってるみたいなところ悪いけど、それも断る。レイア姫には指1本触れさせる気はない」
俺の後ろでレイア姫が息を飲むのが分かる。まあそりゃそうだろう。こんな化け物が自分をさらいに来ただの、自分を魔王の計画に利用するだの聞かされたら、怖くて顔が青くなるのも当然……いや? 赤いな? 俺に向けるその表情はどこか熱っぽい。なんでだ?
「グスタフ様、ご武運を……!」
「あ、ありがとうございます、姫」
なんでかは分からんけど、あまり不安がってはいないみたいだな。そんなに信頼されてるのか、俺? まあだとしたら今はその気持ちに応えるとしよう。
なにせ、このまま魔王の元に姫が囚われてしまったら、それを救い出すのは勇者アークの他に誰もいないのだ。そしたら原作ゲームのクソシナリオそのままにアークとレイア姫の駆け落ちエンドに発展してしまうだろう……それはちょっと、いや、かなりイヤだ。
「フッフッフ、ソノ意気ヤヨシ! グスタフ、ソノ名ヲ覚エテオコウ。魔王様ヘノ良キ土産話ニナル」
「負ける気は無い」
「行クゾッ!」
デュラハンが大剣を振るう。するとそこから透明度の高い黒い球が放たれた。それはスキル、『シャドウボール』。あらゆる物理防御を突破してダメージを与えるデュラハンお得意の闇属性攻撃だ。事前知識のあった俺はもちろん避ける。
「ヨクゾ見切ッタ! ダガ、マダダッ」
ガキンッ、ガキンッ! 続けての接近戦。大剣と槍が何度も交差する。
さすがは三邪天のひとり、その太刀筋にまったく隙が無い。ガーゴイルたちとは比べ物にならない強さだ──だけど残念だったな、俺の敵じゃない。
「次は俺の番だ」
「ホウ、ナニカ仕掛ケテクルカ……?」
バーゼフは手堅く、その太い大剣を盾代わりに防御を固めた。しかし俺は気にしない。その大剣の中心に狙いを定めた。そしてスキルを発動──『ボルテックス』。槍がイナズマとなって放たれる。
「グワッ⁉」
バリバリバリッ! 大剣の防御を突き破り、電撃がバーゼフを襲う。『ボルテックス』、それは防御貫通効果を持つ雷属性の攻撃スキルだ。
「クッ、コ、コレハッ……?」
「悪いな、予習済みなんだ。お前のレベル、保持スキル、そして弱点属性もな」
ゲームでの序盤のボスだけあって、初めて対戦した時は苦戦したが、それだけにこのバーゼフは思い出深いキャラクターだ。レベルは確か25。ガーゴイルたちに比べればかなり高い。
……が、しかしだ。俺もこの前の戦いを経て大幅に成長してるからな。特に新スキルの『ボルテックス』を得られたのがデカい。これはバーゼフの弱点属性である雷属性の攻撃だから、かなり有利に戦えることは分かっていた。
それにしても目が覚めてしばらくしてステータスを確認した時はビックリしたものだ。無我夢中で戦っている間はあまり気がつかなかったが、レベルが急上昇しているのに加え、スキルも大幅に変化していたし。……そもそも、スキル変化なんて仕様はゲームには無かったんだよな。
ガキンッ、ガキンッ! バーゼフの攻撃をかわしつつ俺は『ボルテックス』だけを撃つ。
バリバリバリッ! バリバリバリッ! 何度も何度もバーゼフの体を防御不能の電撃が貫いた。そして、
「ナッ⁉」
バーゼフの動きが完全に止まる。それは雷属性攻撃の恩恵、状態異常『シビれ』によるもの。バーゼフが床に膝を着いた。
……チャンスだっ!
「らぁぁぁあああっ!」
──『ボルテックス』『ボルテックス』『五月雨突き』『ボルテックス』『溜め突き』
息つく暇すら与えないスキルの嵐。ここぞとばかりに俺は攻撃を畳みかける。
「グガァァァアッ!」
バーゼフは低い大きな悲鳴を上げる。
「ヌォォォオッ!」
ブオンッ! シビれから回復したバーゼフは大剣を振り回して俺と距離を取ると──なんと俺に背を向けて逃げ出した。
「はっ? いやちょっと、ボスキャラが逃げるとかアリかよっ!」
「クッ、屈辱ダッ! シカシ、マサカ勇者ノ他ニコレホドノ強者ガ居タトハ! 魔王様ニ伝エネバ!」
とことんゲームとは勝手が違うらしい。しかし、このまま逃がすわけにはいかなかった。これで魔王に俺の存在が知られるてしまい、バーゼフよりも強レベルのモンスターを送ってこられたりしたら……さすがに今の俺じゃ
バーゼフは素早い。このままだと先に玉座の間を出られてしまう。外で衛兵やメイドなどを人質に取られてしまったら、かなり面倒なことになるだろう。
……試すのは初めてになるけど、【コレ】をやってみるしかないか……!
俺は槍を強く握りしめると、駆けていくバーゼフの背中に照準を合わせた。
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