第8話 英雄と勇者

 それからもしばらくはこの医療室(俺が起きた場所)での寝泊まりが続いた。俺がかけてもらった回復魔術は生命エネルギーを消費して回復する低級の魔術だったらしく、今の俺は体力がかなり落ちている状態らしい。そんな話を連日ここに訪れてくれるレイア姫から聞いた。


 そう、連日だ。レイア姫はベッドで寝たきりになっている俺の元に足しげく通ってくれているのだ。


「おはようございます、グスタフ様。喉は渇いておりませんか?」

「おはようございます、姫。お水は大丈夫ですよ。さっき飲んだところなので」


「グスタフ様、お腹は空いておられませんか? リンゴがあるので剥いて差し上げますわ」

「あ、はい。それじゃあいただきます」


「グスタフ様、知ってますか? なんでも最近、城下町には子供たちのお腹を満たす女性の義賊が現れるらしいのです」

「へぇ、それはかっこいいですね」


 レイア姫は俺と毎日いろんな話をしながら、とても楽しそうな笑顔を見せてくれる。


 ……あー、レイア姫マジ天使。結婚したい。しっかしまあ、美少女な彼女がいるってこんな感覚なのかねぇ? 他には目もくれず、毎日トコトコと一直線に俺の隣にやってきてくれる、そんな彼女を見ていると心が幸せ成分にキュッと締めつけられるのだ。ザ最高・オブ・ザ最高。

 

 本当に、俺としてはこんな美少女が頻繁に会いに来てくれるのは嬉しい。だけど、もしかして今や【英雄】として扱われている俺に気を遣ってくれているのでは……なんて考えるとちょっと申し訳なくもなってくるんだよな。


 ──英雄。それはこの王城内で今一番のホットニュース、魔王軍を撃破した俺について回っている言葉だ。

 

 会場に居合わせた衛兵たちのほとんどは亡くなってしまったが、しかし生き残りの者たちが俺の奮戦をあちこちで話したらしい。おかげさまで俺は英雄としてまつり上げられてしまい、今や王城内で1の有名人。一部の間では、王すらも俺の存在を無視しきれないので姫を使って俺を懐柔かいじゅうしようとしているなんていうウワサまで流れているようだし。


 ……まあ、細部は違えど大方そんなところなんだろうな。一国の姫が理由もなくたかだか一般人のモブ衛兵である俺に会いに来るわけもないんだし。


「グスタフ様、今日のご調子はいかがですか?」

「はい、だいぶ元気が出てきました。もうあちこちを駆け回れそうですよ」


 今日も今日とてレイア姫は温かな微笑みと共に俺の元にやってきてくれる。


「そうですか。それはとても良いことですわ。グスタフ様、少しお願いが」

「なんですか?」

「実はお父様──王がグスタフ様にお会いしたいと。玉座の間へと私といっしょに来てはいただけませんか?」

「あ、はい。分かりました」


 なんだろう? 王からの呼び出し……もしかして、アレか? 魔王軍を撃退した1件について何かしら報酬を、とかそういう話かな。


 姫と共に王城の廊下をしばらく歩く。姫は道を丸暗記しているらしく、いつもの侍女に手を引いてもらう必要もないようだった。なんでも公の場ではマナー的にクリック音(姫が空間に反響させるために使う「チチッ」という舌で出す音)が出せないから侍女が必要だけど、それ以外では基本的にいつもひとりで歩いているらしい。

 

 それでもやっぱり人とぶつかったりする可能性もあるだろうし、俺としてはなるべく普段から侍女といっしょに歩いた方が危なくないとは思うんだけど、


「大丈夫ですわ。私は空間把握能力に長けていますから、人と人の間の距離感を測ったりするのも得意なんです」

「そうなんですか?」

「はい、そうなんですよっ」


 レイア姫にニッコリ笑顔を向けられてそう断言されてしまうと、それ以上はもう何も言えない。でも距離感を測るのが得意って……俺はそうは思わないけどなぁ。だって医療室ではいつも俺に近づき過ぎだった気がするし。

 

 そんなこんなでお話をしながら歩いていると玉座の間へと着く。中では王と、この前少しだけ会った……確かモーガンという名前のイケオジが話しているようだった。


「お父様、グスタフ様をお連れいたしましたわ」

「おお、レイア。ご苦労だった」


 王がこちらを向く。王への謁見えっけんの作法とかはよく分からないけど、とりあえず片膝を着いた。

 

「グスタフ、楽にしてもらって構わないぞ」

「あ、はいっ」


 たぶんやり慣れていないっていうのが見抜かれたのかな。気を遣ってもらえたのだろう。俺はお言葉に甘えて立ち上がることにする。


「グスタフよ、まずは礼を言わせてくれ。先日の魔王軍襲来のとき、命がけでワシとレイアを守ってくれたことを」

「いえ、当然のことをしたまでです」


 ……こりゃ途中までひとりで生き延びる気満々でした、とは口が裂けても言えないな……。


「そしてびさせてくれ。お主が目を覚ましたと聞いてからこれまでいっさいの見舞いにいけなかったことを。礼も本来ならもっと早くにすべきだった。しかし……先日の事件によって各国の要人にも多大な被害が出てしまってな。その対応が立て込んでいたのだ。どうか許してほしい」

「い、いえ。そんなご多忙な中、俺をここにお呼びくださってありがとうございます」

「いや、ワシは当然の礼を尽くしているまでのことだ。さて、グスタフよ。今日お主を呼んだ本題はここからだ」


 王は居ずまいを正すと、大きく手を広げた。


「望む褒美を申すがよい。財か、それとも地位か。できる限りお主の要望に応えることを約束しよう」

「はいっ、ありがとうございます」


 頭を下げつつ、さてどう答えようかと悩む。褒美か……。願いなら、この世界に転生した当初は何がなんでも生き延びることだった。それが叶った今、他にと訊かれると悩んでしまう。安定して安全な仕事とかか? いや、でも今の衛兵を辞めたら……レイア姫とも会えなくなっちゃうんだよな。

 

 どうしたものか、と頭を悩ませていたその時、バンッ! と蹴破るような乱暴な音を立てて玉座の間の扉が開かれた。


「ここか、王がいる部屋はよぅ!」


 そこに立っていたのは、繫殖期の雄ライオンのように目をギラギラと光らせた、一見してチャラいと分かる見た目のロン毛イケメン。


「貴様、何者だッ!」


 王の横に控えていたモーガンが言うと、ソイツは髪をかき上げて、


「ハッ! テメェらが呼ぶから来てやったんじゃねぇか、この【勇者】たる俺様がな!」


 不敵な笑みと共にそう豪語した。

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