王城モブ衛兵に転生したので姫をさらおうとする魔王軍を撃退したら勇者のハーレム要員から次々に惚れられた件。あ、姫は俺が守ってるんで俺様系自己中勇者さんはどうぞ勝手に魔王退治の旅へ

浅見朝志

第1章 モブ衛兵に転生しましたが、明日が死にイベントってマジですか?

第1話 死にイベント前日のモブ衛兵に転生

「はぁ、あんなクソゲーやるんじゃなかった……」


 タワーマンションの階段の踊り場。俺はグチりつつ、デカい洗濯機を一度地面へ置いてちょっと休む。いまは引っ越しのバイトの真っ最中だ。

 

「ふぁ……」


 あくびを噛み殺す。


【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】


 ゲームショップのワゴンに埋もれていたそのド直球なネーミングのゲームを掘り当てたとき、「これは思わぬ名作かも?」なんて思って買ってしまったのが運の尽き。文句なしのクソゲーだった。

 

 ゲームの内容は剣と魔法のRPG。さらわれた王国の姫を取り戻すべく魔王退治の旅へと出る主人公の勇者は俺様系の男だった。勇者はヒロインたちを強引に仲間に加えハーレムを築いたあげく、魔王を倒したら全員捨てて王国の財産を奪い、姫と駆け落ちをする……という内容だ。

 

 クソシナリオの連続に何度も途中でやめようとも思ったが、せっかく金を払って買ったのだからともったいない精神が出てしまった。プレイ時間を長引かせたくないという思いからひと晩でクリアをしたものの、いま思えばそれは完全に深夜テンション。あんなの徹夜してまでやる価値はまるでなかった。

 

「次からはちゃんと事前に評価調べてから買わんとな。痛い教訓だぜまったく……ヨイショっと」

 

 クソ重たい洗濯機を抱えて再びタワーマンションの階段に挑む。次はどんなゲームをやろうかな、なんて考えながら。

 

 にしても、20階建てのタワーマンションのくせして荷物の運び入れにエレベーター使うなとか無茶にもほどがあるだろ。なんでも以前に別の引っ越し業者がエレベーターの床や壁に傷をつけたとかそんな理由でマンションの管理人が怒りくさってるらしいが……俺の知ったことじゃない。ただでさえ肉体的に辛い業務なんだからちょっとくらい大目にみてくれよな。

 

 心の中でそう思いながら何段も何段も階段を踏みしめて、ようやく目的階も間近だと思ったその時だった。


「えっ?」

 

 クラっとめまいがする。ヤバい、寝不足のせいか? とにかく足を踏ん張って……ズルッ。

 

 ……は?

 

 俺の足は、それはもう綺麗に階段を踏み外した。ふわりと体が浮いた感覚は一瞬で、すぐに背中から階下への落下が始まった。

 

 ……あ、これは死んだな。

 

 空高く舞う洗濯機を見上げながら、他人事のようにそう思った。そして俺はコンクリの床とクソ重たい洗濯機に頭をサンドイッチされた。


 * * *

 

「……えっ? ここは」


 気がつくと、俺は知らない場所に立っていた。タワーマンションの階段じゃない。なにやらものものしい雰囲気の石造りの広い部屋の中で、おそらくは夜。松明たいまつがユラユラと揺れている。


「いや見覚えがあるぞ、ここ」


 辺りを見渡した。ここ、昨日プレイしていた【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】に出てくる王城じゃん。物語のはじまりとなる舞台で、ゲーム開始早々にここで開かれる社交界に参加したお姫様が魔王軍に連れ去られてしまう場所。


「おい、グスタフっ」


 ふいに、わき腹を突かれる。いてぇ。横を向けば西洋風のよろいを着たヒゲ面のオッサンが俺に向かって肘を突き出していた。

 

「なにをキョロキョロしている。しっかりしろ、王と姫がもうすぐお見えになるぞ」

 

 どうやらここに立っているのは俺だけじゃないらしい。俺のとなりには槍と鎧で武装した衛兵たちがズラーっと横一列に並んでいる。

 

「グスタフって、俺のことか?」

「なにを言っている? お前以外にグスタフはいないだろう」

 

 どうやら俺はグスタフらしい。誰だよ、グスタフって。めちゃくちゃモブっぽいパっとしない名前なんだが。

 

 部屋の奥に大きな鏡があったので、体をよじってなんとか映り込む。うお……若いな。15、6歳の青年の姿がそこにはあった。これが俺か。隣のオッサンと同じ鎧を着ている。手には鉄製の槍。手の甲をつねってみる。普通に痛い。

 

 ……どうやら夢ではないみたいだ。

 

 つまり、異世界転生とかそういうやつだろう。俺は死んで、昨日プレイしていたゲームの世界に転生してしまったと、そういうことだ。まあ全然良いさ、あのまま引っ越しバイトを続けてワゴンセールのゲームを消化し続ける人生にも飽きていたところだからな。

 

「グスタフ、しゃきっとしろ。ホラ、王たちがいらした」


 オッサンが視線を向けた先、部屋の奥の扉を開けて立派なローブを身に着けた初老のジイさんが歩いてくる。おお、昨日ゲームで見たままの姿の王だなぁ。あとはその後ろで侍女に手を引かれながら歩いてくる美少女がひとり。レイア姫だ。

 

「おぉ……!」


 その姿を見た衛兵たちが感嘆の息をもらした。それほどまでにその美少女──姫は美しかった。腰まで伸びた絹のようなブロンドの髪、むき身のゆで卵のように白くつややかな肌、芸術の神が手ずから作った西洋人形のような美しさだ。

 

 ……やっぱり姫のキャラデザは最高なんだよなぁ

 

 なんせこのRPG、【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】を俺が買う決め手になったのがゲームパッケージに描かれていたレイア姫のイラスト。俺はそのイラストの姫の儚げな表情にひと目惚れしたと言っても過言じゃない。

 

「よくぞ集まってくれたな、我が王城の衛兵たちよ」


 王が話し始め、姫の登場でゆるんでいた空気が再び引き締まった。

 

「今日お前たちに集まってもらったのは他でもない。ほれ、レイア。お前から皆の者に話しなさい」

「はい、お父様」


 侍女に手を引かれながらレイア姫が俺たちの前に出た。彼女は生まれつき目が不自由なのだ。だけどそれがまた彼女の魅力を引き立てている。庇護ひご欲というのだろうか、守ってあげたくなる気持ちをかき立てられるようだ。


「みなさま、まずは私のためにお集まりいただき本当にありがとうございます」


 鈴を転がすような、レイア姫のきれいな声が部屋に響く。


「明日17時、とうとう私も社交界に出席します。この目のこともあり、とても遅い社交界デビューとなります。そのため今回は諸外国の来賓らいひんも多く、これまで以上の厚い警護をしていただく必要があります。どうかご協力をお願いいたしますね」

「はっ! 我らのこの命に代えましてもっ!」


 衛兵たちが口をそろえて応え敬礼をしたので、俺もいちおうそれにならって手を額に当てて……え? いま、社交界って言ったか? しかも姫の社交界デビューだと?

 

 ……それって、魔王軍が攻め入ってくるイベントが起こる社交界じゃね?

 

 確かそのイベントの概要はこうだ。姫が来賓たちに紹介されると同時、広間の大窓を突き破って魔王の手先であるガーゴイルたちが襲来する。会場は大勢の死傷者を出したあげくに姫は連れ去られる。会場にいた衛兵たちはもちろん全滅。全員死亡。

 

 つまり、いまここに集められた社交界の警護にあたることになるであろう衛兵たちは、俺を含め全員死ぬことになるということだ。

 

「マジかよ……」

 

 王と姫、衛兵たちも去ってガランとしたその部屋でひとり、俺は立ち呆けた。おいおい、転生した直後に死にイベントが待ってるだと?

 

「冗談じゃない」

 

 ……せっかくのゲーム内転生だぞ? クソゲーとはいえど生き方しだいでは楽しく暮らせるはずだ。こんなところで死んでたまるものか。

 

「とにかく、まずは現状確認だな」


 この世界が例のクソゲーである【ちょっと魔王シバいてきてやんよ】の世界と同じだとすれば、レベルやスキル、ステータスという概念もあるはずだよな?

 

「どうすりゃ分かるんだ? とりあえず……『ステータス』!」


 異世界転生モノのWeb小説とかでよく見かける呪文を唱えてみる。するとブオンという音とともに黒いウィンドウがポップアップした。マジか、このウィンドウもゲームのものそのままじゃんか。まあそれはさておき、どれどれ……。




====================


グスタフ Lv5

次のレベルまでの必要経験値 18

職業:王城衛兵

スキル 

『槍の心得』 Lv1

→槍を使って戦うことができる

『しっぷう突き』 Lv1

→槍で少し速い突きを繰り出す

装備

『警護用衛兵の槍─第四式─』

『衛兵の兜』

『衛兵の鎧』


====================




 ろ、ろくなスキルがない! 装備もノーマル装備だし、『槍の心得』も『しっぷう突き』も槍使い全員が初期から持っている一般的なスキルだ。普通は異世界転生したら最強なユニークスキルとかが宿るもんじゃないのかっ? レベルも低いし……。

 

 ……つまり俺はザコでモブな衛兵で間違いないということだな。こんなんじゃ絶対明日の魔王襲来イベントで殺されちゃうじゃん。まさかの余命1日。いや、もう1日もないだろう。

 

「いや、そんなことあってたまるか!」


 とにかく、ザコモブなりに生き残る方法を考えねば!

 

 

 

 ──魔王軍襲来まで、あと22時間。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る