第2話【幼少期】
春の陽気が心地よいある日。俺はこの世に生を受けた。
俺が産まれたれたクランフォード家は商家で、とある田舎町で小さなお店を営んでる。比較的栄えている隣町から仕入れた、食料品などの生活必需品を販売していた。
人口の少ないこの町に、他のお店はない。小さいながらも、この町の生命線となっているお店だ。
父さんの名前は「ルーク」、母さんの名前は「イリス」というらしい。そんな家の長男として産まれた俺は「アレン」と名付けられた。
3歳になった頃、立派な商人になるためにと、父さんから計算を教わった。
「いいかい? この籠にはリンゴが2個入ってる。こっちには籠には3個入ってるよ。これを一つの籠にまとめたら何個になるかわかるかな? 一緒に数えて「ごこ!」、、、え?」
「かごにはいってるりんごが、にことさんこならあわせたらごこになる!」
父さんはぽかんとした後、凄い凄いと褒めてくれた。
「じゃ、じゃあ、5個と8個なら」
「じゆうさんこ!」
「……9個入っている籠から3個取り出したら残りは何個になるかな?」
「ろっこ!」
「それじゃあ、4個入った籠が5個あったら?」
「にじゅっこ!」
その後、足し算だけでなく、引き算、掛け算の問題も全て即答する。いつの間にか、店番をしていたはずの母さんまで見に来ていた。
「凄いわアレン!あなた天才よ!」
「大したもんだ。クランフォード家始まって以来の天才だな! 将来が楽しみだ」
両親に褒められるのは嬉しかったが、正直、大袈裟だと思う。
(単純な計算だしできて当たり前だよな。褒めて伸ばす方針なのかな? それにしてもしゃべりにくい! 口が思うように動かない。 うぅ、、、)
5歳になる頃には周辺の地理や歴史について学んだ。どうやら俺が住んでいるこの町は、ルーヴァルデン王国という王国の東の外れにあるらしい。王都までは馬車を使っても一週間以上かかるそうだ。
隣町も栄えているが、王都はもっと凄いらしい。ほぼ全ての道や建物に明かりの魔道具が設置されていて、夜でも昼のように明るいとか。
俺の町は、明かりの魔道具などひとつもなく、夜になると真っ暗になる。隣町でさえ、明かりの魔道具は数個しかない。
(蝋燭の明かりだけだと、夜不便なんだよな。いつか、明かりの魔道具を使って夜まで遊んでみたいな)
7歳の時に両親が、不幸な事故で親を亡くした娘(当時6歳)を引き取ってきた。
「ここが今日から君の家だよ。こいつはアレン。君のお兄さんになる人だ。アレン、この子は『ユリ』。今日からお前の妹になる子だ。お兄さんとしてちゃんと面倒を見るんだぞ?」
父さんがその子を紹介してくれたが、その子はずっと俯いている。
腰まである白い髪が顔を隠していたため、表情は見えない。ただ、髪の間から見えた緑色の瞳は綺麗だなと思った。
(笑ったら可愛いだろうに、、)
近所に年の近い相手がいなかった俺は、緊張しながら挨拶をする。
「初めまして! アレンです。これからよろしくね!」
返事はない。それどころか、俯いたままこちらを見ることもなかった。何度か話しかけてみたが、変わらず返事はない。
(緊張しているのかな? まあ、そのうち慣れるよね!)
翌日、両親から「その子」に勉強を教えてくれと言われた。
(とりあえず計算を教えるか。店番してもらうには、計算は必須だし。そういえば、俺も計算から始めたな)
「おはよう! 今日から一緒に勉強をするよ」
「………………」
「まずは計算をしてみよう。これができないとお店の仕事ができないから頑張ろうね!」
「………………」
「大丈夫! ちゃんとできるようになるまで俺が教えるから安心して! 親とも約束したしね!」
「……」
(あ、ちょっと反応してくれた)
「簡単な問題から始めようか。2+3はいくつになる?」
「……?」
返事はない。しかし、昨日とは違い、その瞳はこちらを向いている。
「2+3だよ。ほら、この指の合計は何本かわかる?」
俺は左手の指を2本、右手の指を3本立てて「その子」の前に掲げてみる。
「……………………………………5?」
(返事をしてくれた! よしっ!)
「正解! こっちの2本とこっちの3本を足すと5本になるだろ? これが足し算だよ。次は5+8をやってみようか」
「……………………………………………」
「その子」は自分の指を使い、ゆっくりと、しかし確実に数える。
「………………………………………3?」
(なんで数が減るんだよ! いや、初めてだし仕方ないか)
「惜しい! 答えは13だよ。ほら、指を全部使いきってるだろ? この場合は10増えるんだよ」
「……???」
その後、引き算や掛け算も教えたが、全く理解してもらえない。辛抱強く教え続けたが、結局この日は進展がなかった。
(この程度、父さんから教わったら俺はすぐにできたぞ、、、なんでできないんだ? どう教えればわかってもらえる? 父さんはどう教えてくれたっけ、、)
どれだけ教えても、理解してもらえない。どう説明すればいいのかわからない。次の日もその次の日も何も変わらなかった。
うまく教えることができない自分にだんだん腹が立ってしまい、ユリに対し冷たい態度になってしまう。ユリは悪くない、こんなの八つ当たりだ、優しくしなければと、頭ではわかっていてもどうしても態度に出てしまう。
しかし、ユリは俺から勉強を教わることをやめなかった。何度も何度も間違えて、少しずつ間違える回数が減っていく。
そして、勉強を教え始めて2か月たったある日。ユリは1度も計算を間違えなかった。次の日も間違えなかった。その次の日も間違えなかった。
俺はユリを褒めようとしたが、うまく褒めることができない。ユリの成長が嬉しいのに、褒めようとすると言葉が出ない。恥ずかしくて素っ気ない態度をとってしまう。そんな俺をユリは黙って見つめていた。
ユリに何も言えないまま、晩御飯の時間になった。
「ユリが計算をできるようになったよ。一昨日から一度も間違えてない」
どうしても直接褒めることができなかった俺は、両親に報告した。
「凄いな! たった2か月で計算ができるようになったのか! さすがうちの子だ!」
「おめでとう! 明日はお祝いにしましょう! ユリちゃんが計算をマスターしたお祝いよ!」
両親が俺に代わってユリを褒めてくれる。褒められたユリは確かに笑って言った。
「ありがとうございます。
満面の笑みとは言い難い、少しぎこちない笑み。けれども、確かに笑って言ったのだ。綺麗な緑色の瞳を俺に向けて。
ゆりは褒めた両親ではなく、冷たく接していたであろう俺に笑みを向けてくれた。
「……うん」
俺は笑みを浮かべることができなかった。むしろ、ぶっきらぼうに言ったと思う。でも、ユリは嬉しそうだ。両親も嬉しそうだ。
俺だってユリにお礼を言われて、心の底から嬉しかった。それなのにどうしても素直に笑えない。それどころか、なぜか心が痛い。理由は俺自身わからなかった。
次の日からユリは俺と一緒にお店を手伝ってくれた。計算は問題なくできるようになったが、接客にはまだ不安があったので、ユリには裏方の仕事をしてもらう。
(少しづつ慣れていってくれればいいさ。小さな店だし、来てくれるお客さんもだいたい決まっている。お客さんに慣れてくれば、そのうち接客もできるよね)
……そう思っていたが、ユリはなかなか俺から離れない。笑えるようになったかと思ったが、実際は両親の前ですらほとんど笑わない。笑うのは、俺の前だけだった。嬉しかったが、このままではいけない。
(頼ってくれるのはうれしいけどこのままだと俺なしでは生きていけない子になってしまう)
自分がユリに素直になれない罪悪感があったのかもしれない。ユリのために何かをしたかった俺は、ユリが俺以外の人の前でも笑えるように頑張った。
町はずれの教会まで行き、神父様やシスター達に会わせてみる。神父様もシスター達も優しく接してくれた。落ち着いた雰囲気の大人達に囲まれたユリは、少し笑みを浮かべたように見えたが、俺がその場を離れた瞬間に笑顔がなくなり、泣きそうになりながら俺の方に走ってくる。
(可愛い、、、、いやいやいや、このままじゃいけない!)
困った俺は神父様とシスター達にお礼を言って家に向かう。両親と相談して何とかしなければと思っていた。
その帰り道に、綺麗な黒い石を見つけて何となく拾ってみる。すると、ユリがその石を見つめていた。ユリが物に執着を見せたのは初めてだったため、聞いてみる。
「これ欲しいの?」
ユリは答えない。ただ、じっと石を見つめ続けている。
(欲しいのかな? 遠慮しなくてもいいのに)
俺はその石を持って帰ることにした。
家に帰り、テーブルの上に石を置いて、自分の部屋に戻ろうとした。いつものように、ユリもついてくるかと思ったが、ユリはテーブルの上の石を見続けている。
両親が帰ってきて、今日あったことを話した。母さんから
「綺麗な石ね。あなたの瞳の色にそっくり」
と言われて、初めてその石が自分の瞳の色に似ている事に気が付いた。両親がその石を小袋に入れてユリの首にかけてあげる。ユリはとても喜んでいたと思う。両親にぎこちない笑みを向けている。俺はそっとその場を離れたが、ユリは笑みを浮かべたままだった。
(大丈夫かな? まだ笑ってるよな? ……まだ笑ってる、、笑ってるぞ! やったー!)
その日から小袋はユリの宝物になったようだ。寝る時も着替えの時も肌身離さず持ち歩いていた。両親が着替えのために小袋を預かろうとしたら大泣きしたらしい。
何より、その小袋があれば、ユリは俺がいないところでも笑えるようになった。最近は、常連のお客さんとユリが楽しそうにおしゃべりしているのをよく見かける。俺は少し寂しかったが、それ以上に嬉しかった。
ある時、ユリが絵を描いてた。思い返してみると、ユリは空き時間に色々な絵を描いていた気がする。
何を描いているのか気になって見てみると、両親と俺が笑っている絵だ。とても上手に描けている。しかし、絵の中にユリがいないことが気になった。
「上手な絵だね」
「!!」
俺に気付いたユリは、恥ずかしそうにうつむく。
「クランフォード家の絵だよね? ユリ自身は描かないの?」
「!?」
顔を上げ、なぜか驚いた表情を浮かべるユリ。そのまま、絵を持って自分の部屋に行ってしまう。
(家族の絵なら自分も描けばいいのに。まだ遠慮しているのかな?)
ユリが来てから約1年たった。その日はユリの誕生日だ。
両親は緑のヘアピンをプレゼントしていた。ユリは、嬉しそうに前髪につける。白い髪に緑のヘアピンはとてもよく似合っている。
前髪をヘアピンでまとめたことで、今まで髪に隠れていたユリの顔をちゃんと見ることができた。今まで何となく可愛い女の子だと思っていたが、実は少しつり目のかっこいい女の子だと気付いた。
(まぁ、可愛い事には変わりないんだけどね)
俺は丈夫で綺麗な小袋をプレゼントした。両親があげた小袋はひもが切れかけていたからだ。
「ありがとう。お兄ちゃん」
ユリは満面の笑みを浮かべている。
「どういたしまして」
俺も笑顔で返す。この日初めてユリに「お兄ちゃん」と呼んでもらえた。もしかしたら、俺はユリに兄と認められたかったのかもしれない。
今はもう、素直に笑えた。
俺とユリが本当の家族になったのもこの日だと思う。ユリの部屋にはクランフォード家の4人を描いた絵が飾られている。
次の日からユリは看板娘として、店番をしてくれるようになった。8歳となった俺は店番だけではなく、父さんと一緒に、馬車で隣町まで商品の買い出しに行くようになったが、ユリは笑顔で見送ってくれる。その前髪は緑のヘアピンでまとめられていて、その首元には綺麗な小袋がぶら下がっていた。
父さんと買い出しから帰ると店頭にはいつも笑顔のユリがいる。母さんもおいしいご飯を用意して待っている。俺はこの生活が大好きだった。ユリがお店の看板を描き変えてくれたおかげで、お店の雰囲気も良くなり、常連さんも増えた。贅沢ができるほど裕福なわけではないし、娯楽も少ないけれど、確かに幸せだった。
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