王立迷宮殺人事件
荒瀬ふく
第1話 1/15
青年がベンチに腰掛け手帳を開いている。
1匹の猫がベンチに登った。
青年が手帳を閉じ猫に語り掛けた。
「ネコさん、よろしいので?」
青年の声は優しく「あぁ、話は済んだぞ」という猫の声は独特の響きがあった。
「それはよかったです。勇者様とはどんな話をされたので? 」
青年が座るベンチの横に立つ銅像を見つめた。。
「ここ数日のことよ」
青年の横に座り言う猫は右の前足で顔を洗った。
「おや? 珍しいですね昔話はされなかったのですか」
「ああ」と言いながら猫が青年の膝の上に乗る「
「エキサイティングですか」ハハハと青年が笑った、笑いながらネコの背を撫で始めた。
「長くを生きるネコさんに刺激的と言ってもらえるなら僕も頑張ったかいがりましたよ」
「であるな、ほめて遣わす。褒美だテオ、腹をなでさしてやろう」
「光栄です、ネコさん」ネコが青年の膝の上でくるんと回転する。「で、勇者様にはどの様にお話をされたので?」
「ん?気になるのか?」
「ええ、ネコさんから…… いえ、他人様からですね、どの様にみられているのか、ここ最近は少し気になりまして」
「そうか、ならば話してやろう。帰路もどうせ長いのだろう」
腹を撫でられて気持ちいいのかネコは目を閉じる。そして語りだす。
「最後にこの街に来たのはいつだったろうと、そんな事から話し始めたよ。その頃は長い戦争も終わってな…… 最後に来たのは何年前、いや何十年も前になるな。共に王都から数日をかけて歩いたのが最後だった」
「歩いてですか」
「ああ、まだ鉄道もこの街までは敷かれて無くてな、途中から歩くぐらいなら最初から歩いてしまおうと
「となると、本当に戦後すぐといった頃ですね」
「そうなるかのう。ふむ、あの時は何度も道中で「我の背に乗れ」と促したが悉く拒否をされたことを思い出したよ。当時は不思議であったが「平和になったんだから急ぐ必要はないじゃないか」という友の言葉の意味や意図という物が今では少し理解できるの……
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今回は鉄道での旅であった。当時は数日かけた旅路がほんの一晩、寝ていれば着くとなると、なにか寂しいものを感じた。テオという新しい友とも数回ほど鉄道で旅をしたが、どうも揺れが落ち着かない、その割に彼は先に寝るから退屈でいけない。
勇者が死んで数年後に迷宮産の魔石を王都へ運ぶ鉄道が敷かれた、しばらくして旅客も始まった、そんな事が王都の駅舎のどこそこかに書いてあったことを思い出した。
迷宮都市ポロの駅舎は都市が王国第二の都市だけありホームの数も多い。
王都発の深夜特急、その二等客車から猫を入れた籠と共にテオが降り立った。
テオは一人の憲兵を見つけると言った。
「中尉殿が自らお出迎えとは、これは大変恐縮だね」
中尉と呼ばれた憲兵服の人物がホームで出迎えていた。
「そうかしこまるにゃ、荷物もつか?」
獣人には難しい発音もそれなりにこなす憲兵の声は猫には少し甲高く思えた。
「いや、いいよ。それに、難事件につぐ難事件を次々解決。と、巷で話題の女性中尉殿に荷物を持たしたと世間に知られればね、何言われるかわかないだろ?」
「そうおだてるにゃ、こっちの都合で呼びつけたんにゃ。荷物くらい持たせるにゃ」
中尉が無理やりテオが持っていた旅行鞄を奪う、すかさず踵を返し歩きだす中尉にテオも釣られてホームを進む。
「少しは眠れたかにゃ?」
「ん? 多少はね。まぁ流石にぐっすりとはいかなかったよ」
「そうか、すまんにゃぁ。流石に特等車の切符は予算が降りにゃかったよ」
「謝るなよ。迷宮都市は一度来てみたかったんだ、2等でも十分さ」
「そうか? にゃら早いこと解決して観光もたっぷりして帰るにゃ」
「だな、まぁ解決するのは僕だけどね」
「にゃぁ、それを言うにゃぁ」
「ハハ、まぁそう睨むなよ。実際に犯人を捕まえるのは中尉殿でありますから」
「にゃ、そうにゃ! いつも通りテオが犯人を見つけてくれれば逮捕は私がするのにゃ! あと、中尉殿はやめるにゃ。いつも通り名前で呼んでくれ」
「いいのか? 少尉になった時は頑なに名前で呼ぶと怒ったのに」
「にゃ…… あれは忘れてくれ」
「そうか、ならこれまでどおり名前で呼ぶよ。あ、そうだツウ」
テオが立ち止まり外套の内ポケットを探し始める。
「あった」とテオが言い開封済みの封筒がひとつ取り出された。
「差出人に勇者研究家はやめてくれといつも言ってるだろう」
テオの手元の封筒には”王立アカデミー 勇者研究家 テオ・アイン殿”と記されていた。
「にゃはは、間違ってはないんだろう? 届いたってことは。いいじゃないか」
「王立アカデミー、戦史研究室の研究員って肩書があるんだよ」
「でもにゃ、ちゃんとお前さんの元に届いたじゃにゃいか」
些細な事と言わんばかりに再びツウは歩き始めた。
「それは、君が何度も懲りずに手紙を寄越すから郵便物係りの人が覚えてだなぁ…… 」
悪態をつきながらもしぶしぶとテオが彼女の後を追う。二人はホームを行きかう人々を避けながら進んだ。
「で、今回の事件についての資料は読んでくれたかにゃ?」
「一通りはな。次は宛先間違えないでくれよな」
「にゃ、わかったにゃ、アカデミーの戦史研究室にゃ。覚えたにゃ」
「よろしい」
「で、犯人の検討はつきそうかにゃ」
「さっぱり」
「だよにゃー」
「だよにゃーって、わかってて聞いたろ」
「にゃ!人聞きの悪い言い方だにゃー」
「返信用の切手ではなく寝台特急の切符を同封してか?」
「にゃー。それは、まぁ、久しぶりに会いたかったし?」
籠の中の猫がクシャミをする。
「久しぶりって、んーまだ2週間かそこらじゃないか?」
「ん?まだそれだけしか経ってにゃいのか?」
「そうだな、それくらいだ。ほら、新聞の1面に『首都憲兵隊 カッツォ中尉 出動す』って載ったの。あれ、先週の祝日だったろ」
「にゃ!1面とな!? そんなの聞いてにゃいぞ!」
「だからまだ11日だ」
「にゃー!1月は経ってると思ってたにゃー! 毎日毎日寝る以外は捜査に捜査、時間間隔よさようにゃらー」
「はは…… なかなかに行き詰ってそうだな」
二人はホームを歩き終えた。改札はこちらと書かれた看板のしたを歩き廊下をすすんだ。
「そういえばなんだったんだ? 週明けに来た電報は『洗ってないシャツ送られたし、肌着ならなお良し』だったか?」
「あ~、あれはだにゃ…… どうせテオのことだから掃除や洗濯ができて
「捜査で忙しいんじゃなかったのか?」
「んにゃ~。あ、次を右にゃ」
角を曲がると駅のエントランスホールで、行きかう人々の先に複数の出入り口が見えた。
ホールの中心に人込みに紛れて長身の憲兵がキョロキョロと誰かを探すように立っている。
「んにゃ? おーい軍曹、何かあったのか? 馬車は大丈夫か?」
ツウが歩調を早め軍曹と呼ばれた長身の憲兵に詰め寄る。
「はっ、馬車は見回りの鉄道警察にひとまず。」
軍曹が駅の出入り口のさらに奥、操車場の一角に視線を送る。
視線の先には4頭立ての馬車と小銃を抱えた鉄道警察の男が2人、彼らにとっては憲兵隊の馬車が珍しいのか馬車の周りをもじもじと徘徊している。
「中尉、曹長より至急報です」
軍曹がツウを向き直りながら1枚の紙を手渡す。
「曹長から? 確認する」
ツウが軍曹からポツポツと穴の開いた紙を受け取うると同時、軍曹がテオの旅行鞄を引き取る。
「事件だそうにゃ、場所は……」
ツウが紙に開いた穴から情報を読み取っていく。
「にゃんと、これまた。王立迷宮管理組合事務所だそうだ」
「手紙に書いていたところか?」
「んにゃ? 書いていたか?」
「ああ、迎えに行けないかもしれないから、そん時はそこに来いって」
「あぁ、そうだったにゃ。では軍曹、予定通りギルドまで向かってくれ」
駅から出てしばらく一行を乗せた憲兵隊の馬車は大通りを走っていた。
御者台では軍曹が手綱を握り、車内では据え置きの通信機器から排出される用紙にツウが目を走らせる。膝を合わせるように座るテオは籠を大事捜に抱えて窓から外を眺めている。
テオには王都とは異なる迷宮都市の街並みが新鮮なようで、いたるところに視線を泳がせていた。
「雪だ」
「雪が珍しいのか? 王都でも降るにゃよ」
手元の穴の開いた紙を見たままツウが答える。
「いやぁ、王都だともう溶け切っただろ。こっちだとまだ残ってるんだとおもってさ」
「だにゃ~、この辺は王都より標高も緯度も高いからにゃぁ」
「確かにな、山も近いもんな」
王都暮らしが長いテオには見慣れないらしい切り立った形の屋根が車窓を流れてゆく、それらの建物の屋根と屋根の間からはクッキリとした稜線が伺えた。
「だろ、山の頂がちょうど国境にもなってるにゃ」と言い終わるとツウが「ふにゃ~」と背伸びをした。
「で、どんな事件なんだ」
「んにゃぁ? 今の連絡か?」
「ああ」
「ん~、報告を読んだところでは事件というようりか事故かにゃ。現場に居合わした曹長が念のために報告してきた。って感じにゃ」
ツウが読み終えた信号文を座席に置いた。
「
言いながら彼女が憲兵服の制帽を脱ぐ。
「場所が場所だけににゃ、地元警察だけでなく憲兵隊の捜査も必要にゃ」
座席の信号文の束の上にツウが制帽を置いた。
「あ、そうかギルドは王権のお膝元か」
「そうだにゃ」と言いながら座席から立ち上がる。「国王陛下直営の施設は我々、国家憲兵が、捜査をおこなうにゃ! 」
言い終わると同時、ドサりとテオの横にツウが座る。シートのスプリングが悲鳴を上げた。
「んにゃ~、久しぶりのテオの匂いにゃ~」
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