STOCK

 20世紀半ば、南米のある国での話である。


 親戚一家との連絡が取れない。

 郡警察に報せが入ったのが一ヶ月前のこと。

 ただの失踪だろう、と相手にもしなかった警察も、一応は捜索したということにしておくかという態で最寄りの警察署から職員を一名だけ、その一家の家に向かわせた。


 その職員は帰ってこなかった。


 これは何か事件性がある、そう確信した当局は大編隊を組んで調査にあたらせた。


 その家は三代続く農家で、広大な草原を有していた。

 主産業は畜産で敷地内の草原に肉牛・乳牛・羊・豚などを放牧していた。


「手広くやっているんだな」


 捜査官たちは油断なく辺りを見渡した。

 扉は施錠されていた。捜査官たちは横暴に扉に体当たりしてそれを破った。扉は使い物にならなくなってしまった。

 家財道具はそのままになっていた。貴金属の保管された引き出しは鍵がかかっていて、中身も無事だった。


「物盗りの犯行ではなさそうだな」


 捜査官たちは家畜の厩舎に向かった。

 中では、牛や豚たちが床穴を掘ったり眠ったりをしていた。

 人が来た形跡は皆無だった。


「おい! 服も無いのか!?」

「ありません!」


 捜査官たちは、失踪者たちの痕跡を探していた。

 彼らは一様に、神隠しにでもあったように、忽然と消えてしまったのだ。


「これは地母神の仕業でしょうか」


 農場の入り口に小さな祠と碑を認めて、そう言い出すものも現れた。


「馬鹿を言うな! ありえないだろう!」


 捜査の指揮をとるS氏は一蹴した。


「とにかくなんでもいい! どんなに小さなことでもいい! おかしな点があれば俺にすぐ報告しろ!」


 唾を飛ばして檄を入れる。

 彼は苛立たしげに家の中を歩き回った。

 家は煉瓦造りの頑丈な二階建てで、窓ガラスはがっしりと嵌め込まれており、そしてそのどれもに鍵がかかっていた。

 太陽が沈み始め、捜査官たちは一度引き上げた。誰もが成果なしで、懐疑と落胆の色が如実だった。


「厩舎の柵が壊れていました」


 捜査官の一人が言った。

 彼が報告したように、柵の一部が崩れており、農場と行き来が自由になっていた。家畜たちは夜自主的に厩舎に戻っていったが、壊れた柵を乗り越えて出入りをしているようだった。


「なんだぁ? 家畜の行動が自由になったってそれがなんだと言うんだ!」


 小さなことでも報告しろと命じた割に、S氏は報告の些細さに声を荒げた。


「仕方ない! 今日はこれで引き上げるぞ!」


 捜査官たちは一日分の食料を持ち込んでいた。

 主人に無断で厨房や居間を使うことは、さすがの捜査官たちも躊躇った。

 捜査官たちはテントを貼り、そこで一夜を明かすことにした。入りきらないものは、何台かの車に分かれて乗った。


「もしかしたら猛獣に襲われたんじゃないか?」


 捜査官の一人がそんな思いつきを口にした。

 テントで寝袋を敷いていた時だった。


「おいおい、物騒なこと言うなよ」


 隣の男が肩を震わせる。

 捜査官の心配は止まらなかった。


「だとしたらテントは危険じゃないか?」

「大丈夫だろ」

「いや、だってこんなに素材が薄いんだぜ?」


 男は生地をつまんでみせた。ゴワゴワとした見た目が目立つ。

 大丈夫だって、と誰かが生地に指爪を立てて振り下ろしてみせた。

 ビリビリ、という音がしてテントの布地が破られた。夜風が吹き込んでくる。震えたのはきっと、夜風が冷たかったせいだけではない。


「う、うわぁっ!」


 捜査官たちは恐慌状態に陥った。

 互いに少し離れた位置にテントを設営していたため、その混乱が他のテントに波及することはなかった。


「歩哨だ! 歩哨が必要だ!」

「不寝番を立てよう!」


 捜査官たちは団結して、交互に寝たり起きたりを繰り返し朝を迎えた。


「おいおい、やけに疲れてんじゃねえか?」


 別のテントで寝ていた者が訝しげな目を向けた。


「襲われるんじゃないかって怖かったんだよ」

「襲われるって、おいおい」


 呆れたように背中を叩く。

 何か別のものを想像しているらしかった。


「だってそうだろう? 人が忽然と消えてんだ。神隠しでなけりゃ、野獣にでも襲われたに決まってる!」

「野獣ってなぁ……」

「なんだ? ジャガーか? クーガーか? オオカミか? こんな拓けた荒野に獣が潜んでやがるってのか?」


 昨夜の恐怖がまだ尾を引いていた。

 男はそのまま彼方に走っていってしまった。


「なんなんだよ、あいつ……」


 夕刻になっても、男は戻ってこなかった。


 報告を受けたS氏は、徒党を組ませて捜索にあたらせた。

 自分が指揮をとる中、白昼堂々と人が消失するなどもってのほかとS氏は考えていた。


 行方不明になっていた男は、夜が更けてもついぞ見つからなかった。

 ランプを手に限界まであたりを捜索したが、火だけでは心許なくなってきたのだ。

 折しも気温が下がってきていて、厚着をしても誤魔化しが難しくなってきていた。


 S氏はやむなく、捜索を明日に回すことにした。

 発見の目処は全く立っていなかった。


 手持ちの食料も無くなっている。他の捜査官が我先にと奪い合い、S氏の分の食料は無かった。

 捜査官たちは勝手に家の厨房にあったものを使っていたが、全く不足していた。

 空腹を覚えたS氏は猟銃を手近な豚に向けた。引き金を一発、二発。豚は横倒しになった。


「解体しておけ!」


 吐き捨てるように命令して、S氏は車輌に引っ込んだ。


 明日にはここを去らなければならない。それなのになんの手がかりも得られていない。

 S氏は苛立っていた。

 その苛立ちは、彼の部下に向けられた。


「報告します! テントが破損しております! 替えのテントを申請したいものです!」

「うるさい!! そんなものはない!! そこらで勝手に寝ていろ!!」


 怒鳴りつけられた部下はテントに戻って一言一句を伝えた。

 ただでさえ前夜同じテントで過ごした仲間が行方不明になっている。困憊した男たちは方々に散っていった。ある者は別のテントを訪ね、またある者は厩舎に潜り込んだ。


 皆一様に不安な夜を過ごした。

 夜通し火を焚いて獣の警戒にあたるテント。不寝番を立てて自衛に努めるテント。S氏をはじめとする、少数の車中泊者に怨み言を積み重ね合うことで夜を凌ぐテント……。様々な者がいた。


 S氏はまだ夕餉にありつけていなかった。飢えを頼みにS氏は豚の死骸と格闘していた。

 豚の解体は遅々として進まなかったが、ようやく一塊の肉を切り取ることに成功していた。

 肉片を雑に火にかける。味付けのされていない、ただ火を通しただけの肉は硬く臭みが抜け切っていなかった。何より、量が足りなかった。

 可食部を求めてS氏たちは返り血にまみれながら闇雲に豚の腹を裂いた。内臓が露わになった。いやに膨らんだ胃袋を、S氏はナイフで力任せに引き裂いた。

 ドロドロと内容物と布のようなもの、ネバついた何かが出てきた。

 S氏はネバついた何かを明かりに翳してみた。それは人間の髪だった。


 その頃、厩舎では異変が起こっていた。

 厩舎に潜り込み寝床としようとした捜査官は数名いた。

 その厩舎から、微かにではあるが悲鳴のような金切り声が届いた。

 幾人かが悲鳴を聞きつけて、恐々ながら駆けつけた。

 家畜が人間を襲っていた。


 多数の牛や豚や羊が人ひとりを取り囲んでその腕や脚を食んでいる。

 バリバリ、グチャと肉が切り離され骨が砕かれる音がしていた。悲鳴は水音と咀嚼音にかき消され、耳を澄まさなければ聞こえなかった。


 呆気に取られている間に、捜査官たちは家畜たちに取り囲まれた。

 頬を舐めるようにして、頬肉がこそぎ落とされた。

 腕を甘噛みするようにして、筋繊維が食いちぎられた。

 

 厩舎の混乱と恐慌は、緩やかに捜査員全員に波及していった。


 豚の胃袋から出てきた遺体。

 ひとり分としても少な過ぎた。

 S氏は嫌な予感を覚えて、幾人かで乗用車に乗り込み厩舎の確認に向かった。

 近付くほどに、厩舎に漂う異様な雰囲気が感じ取れる。厩舎に入りきっていない家畜たちが一斉にS氏を振り返った。暗夜に、おびただしい数の蛍光色の目がS氏を見つめていた。肌が粟立つ。


 頼りないヘッドライトが、厩舎の入り口を照らした。


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