第27話 取り調べと引き渡し

亥瑯は宿の下、地下室にいた。


この滞在期間のうちに(陽)に掘らせたらしい。


そうどこでも穴を掘るなんてするものではない。


桃清妃が穴を掘らせるのが趣味なのか?


(陽)が穴掘りが趣味なのか?


淋珂には理解できない。


最も穴を掘らせたのは亥瑯を迎えるためであって趣味などというものではない。


そんな単純なことも淋珂は考えつかなかった。




「あちらは今日一日だけ身柄を預けると言ったのね」


「えぇ、そして再び月が最も高い場所に来た頃には引き渡す」


「一日貸してもらえただけでも幸運かしら」


「相手が劉様だから、変なことは出来ないですし」




桃清妃はクスリと笑って亥瑯に近づく。


桃清妃は今見た目をごまかしている。


桃色の服を着た男性。


唯の男というには美しすぎる見た目、雰囲気を漂わせる。


地下室に入った途端に桃清妃が変わったため、淋珂からしたらいきなり隣に美男子がという心情になり、隣にいるのが嫌になった。


男を好きになるという感情がなくとも、心の奥底にそのように思う部分があったのだ。




「なぁ、お前?」




ようやく意識を取り戻した亥瑯は、まだ回らない頭できょろきょろとしている。


そして目の前にいる桃清妃に驚いた様子を見せると、何があったのか思い出したようで、震え出した。




「暗殺者に捕らわれそうになって、爆弾を・・・」


「そう、お前は逃走に失敗した。だから私の目の前にいる」




桃清妃の口調は、人を優しく咎めるような、そんな口調だ。


罪の意識がある人間からしたら、相当怖い口調だと淋珂は思う。


特に殺しをほとんど他人に任せている貴族の子供など、ただでさえあまり怒られることが無いのだ。


亥瑯は17、この国の成人は16でもう成人を迎えている。


もう大人として扱われる男が、優しく咎められて泣いているというのは見てからに異常だった。




「お前は自分で、計画を考えたの?」


「言えない・・・」




こぶしを握り締めながら答える。


恐らく上に人間がいる、と淋珂は考えた。


ここまで恐れているのに手を握り締めて黙るというのは、肯定に等しい。




「本当に、言えないの?」


「ああ」




亥瑯の意思は固いようで、全く話し出す気配が無い。


淋珂は桃清妃と亥瑯のやり取りを見ていることしかできなかった。




暫く桃清妃が話をしたのち、此方に帰って来る。


相当口が固いらしく、犯人は聞けない、そう言うと亥瑯の耳に栓をする。




「淋珂さん、考えてみて?」


「何を、ですか?」


「この子は多分、絶対に口を割らない。どうしてだと思う?」


「弱みを握られている?」



桃清妃はうんうんと頷いた。



「どういう弱みか、コレは恐らくありふれたもの」


「金を借りている」


「そう、それか借りさせられたか。」


「今にも倒れそうな亥家が何とか持ちこたえているのは後ろ盾のおかげ」


「そういうこと」




淋珂は、自分が少し頭が良くなった気がした。


コレで劉を見返せる、などと考えている。


淋珂はまだまだ頭が良くなかった。




「その後ろ盾を、捜さなければならない」


「こうなったら調べるしか無いでしょう」




というところで解散となった。


亥瑯は夜前までは地下室に置いておくらしい。


それから(風)(雷)が引き渡し場所に持っていってくれるという手筈になった。




「淋珂様、おはようございます」


「おはよう」




泉喬と挨拶を交わして、窓から外を覗く。


泉喬は少し外に出たかと思ったらすぐ帰って来る。


そして淋珂に外で聞いた話というものを話して来る。


ほんの少しの時間外で話しただけで多くの情報を持ち帰って来る泉喬に淋珂は驚きを覚えた。




桃清妃の口添えで宿主は殺されずに済んだらしいが、相当衰弱しているらしい。


壬莉らの調査で毒を入れた犯人が宿主ではないと分かったと言えども、都からきた貴族を殺しかけたのだ。


こうなってしまうのも当たり前だった。


勿論真犯人は捕まっておらず今も調査中とのこと。


恐らく4日後には応援部隊の第1軍が来るだろうと泉喬が言っていた。




その犯人がすでに死んでいるなどという事は誰も考えないだろう。


そして命令をした人間は今この宿の地下にいる。


淋珂は微妙な顔をせずにはいられなかった。




「淋珂様も気を付けてくださいね、桃清様が狙われたのですから」


「分かった」




一体今更何に気を付ければいいのか、泉喬に犯人はとっくに死んでいる、捕まっているという事を伝えたくて仕方がない。


淋珂はもどかしさを押さえながら、部屋でおとなしくしていた。


変に動くと今日の夜に動けなくなってしまうかもしれない。


ただ、外を眺めて亥瑯に桃清妃殺害を命じた誰・か・について、足りなすぎる知識の中、ひたすらに考えていた。




夕餉は昨晩の事もあり、より慎重に行われた。


食事とは思えぬほどに重苦しい雰囲気。


誰一人しゃべることはせず、星羅が桃清妃の食事を毒見し桃清妃がそれを食べる。


壬莉は常に周囲に目を光らせている。


泉喬が淋珂の食事を毒見するという事になっているが、桃清妃が「淋珂さんの毒見もしてあげて」と星羅に頼み、泉喬は淋珂の隣に立っているだけだった。




「毒見って、結構怖いですよ」


「もちろん知っている。でもそれをするのも貴女の務めでしょう?」


「そうですけどぉ、毒食べると大抵一日下がしびれていたりお腹下したりするんですよ?」


「死ぬかもしれないしね」


「まぁ、それは大丈夫ですけど・・・」




自殺願望でもあるのか、と淋珂は思ったが泉喬の話す様子からしてどうやらそれは違うらしい。


しかしなぜ死ぬかもしれないと言ったのを、大丈夫と言って見せたのかは、淋珂には分からなかった。




その日の晩、泉喬が寝た頃に行動を開始した。


何度も同じことを繰り返していると次第に慣れてくるもので、(陰)との交代などもかなりさらりと出来るようになってきた。




淋珂が亥家跡地に着いた時、すでに亥瑯は気絶した状態で部屋にいた。


(風)と(雷)がもうすでに運んできてくれたのだろうが、もしも壬莉が来ていたらとぞっとする。


桃清妃の事だからそれも大丈夫なのだろうとは思うものの、心の底からはやはり安心はできなかった。




「おっ、約束通りだな」


「そうね」




いきなり泉稜が現れた。


わざと驚かせようとしたのだろうか、やけに静かだ。




「今、外に桃清妃の女官がいる。出来れば会いたくないだろ?」


「出来ればというか絶対にね」


「なら尚更静かに、な」




泉稜は唇に人差し指を当てると亥瑯をさらっていった。


まるで外にいる壬莉に絶対に気付かれない自信があるように、堂々と。


淋珂は泉稜を見送ると、壬莉に気が付かれないようにこっそりと亥家を離れる。




宿に帰ると、(陽)が入り口前に立っていた。


仙術か何かで隠れているのか、堂々と立ってる。


明らかに自分に用があるんだろう、と淋珂も気付き(陽)に近づく。




「桃清様がお呼びです」


「分かった」




桃清妃は地下室にいた。


男装した状態で、椅子に座っている。




「どうしてそんな恰好を?」


「どう、改めて見てみると何か感じる?」


「別に、女性っぽい男だなぁ、としか」


「・・・そう」




桃清妃は分かりやすく肩を落とす。


そしてキョロキョロと淋珂を見た。




「なんです?」


「少しときめいたりはしなかった?」


「先ずという感情?を知らないから」


「そっか」




何とも言えない空気になる。


自分が原因なのだろうと淋珂は思ったが、口は開かない。


桃清妃はフッといつもの姿に戻った。


桃色の衣を着て、ゆったりと再び椅子に座る。




「とりあえず、岩景で出来ることはここまでね」


「そうなの?」


「だって、誰かから命令されて動いていたにしてもその下っ端は捕まえられた訳だし、私を守るために躍起になってる壬莉達には悪いけど、もう水面下ですべて片付いちゃってるもの」


「確かに」




少しの沈黙が続いたのち、淋珂は思ったことを口にした。




「どうして壬莉達を事件に関わらせようとしないの?」


「・・・、そうね。あの子たちは私のためにいろいろと頑張ってくれているけど、絶対に私に気付かれないようにしているでしょう?」


「確かに、すごく気を使っているけど」


「私が後宮に居たいがために、ただの人の子を、特に私の身の回りを手伝ってくれる子を苦労させたくないのよ」




桃清妃はそう溢した。


淋珂にその言葉の真偽は分からない。


恐らくそれだけが理由ではないのだろう、と淋珂は考えた。


しかし、今桃清妃が言ったことも嘘ではないのだろう。




淋珂はそれに黙って頷き、日の出前までそこで過ごした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る