独立愚連隊 VS ヤクザ
組長。蛇彫りの刺青師、
ヒャッポダ組の事務所の場所を教えてもらい、俺達三人は探偵事務所を後にした。
帰り際に教えてもらった飯屋で少し遅めの昼飯を食い、またドライブをする。
「ワンタン麺、美味かったな」
「香港って雲呑麺が有名なんですよ。……知らなかったんですか?」
「観光に来たんじゃないの。私達は」
探偵事務所を出てから、また俺達の間を漂う空気が変わった。
お互いに砕けた様な。でも、お互いのテリトリーにある知人から次のステップへ進む一線を踏み越えられずにいるような、そんな空気。
勿論、そう感じていると口にはしないが、俺以外の二人共同じことを思っていると確信していた。
セダンは九龍城と呼ばれる地域に入っている。
かつて九龍城砦が建っていた地には九龍寨城公園と
今の子供に「ここには昔、ビックリするくらい大きな建物が立っていたんだよ」と言っても、信じてくれないだろう。
二十四年という長いような短いような何処か中途半端な時の流れに思いを馳せながら、俺は商店街の一角にセダンを停めた。
三階建てのビルが立ち並び、軒先にパラソルやタープを張って有象無象を販売する。
雨ざらしで紫外線をたっぷり浴びた色褪せ赤錆にまみれたネオン群。
日本の商店街ともアメリカの商店街とも違う特徴的なスタイルは、俺へ旅情を抱かせる。
だが、そんなしみじみとした思いも、車から降りた瞬間に吹き飛んだ。
「マリア」
「何?」
「見られてるぞ、俺達」
「……やっぱり?」
「感じるか」
「まぁね」
背中やこめかみに当たる視線の数々。試しに振り返ってみると、驚くべきことに監視者達は目を逸らなかった。
四十くらいの男ばかりが五人。そのうちの一人は携帯を耳に当てている。
揃いも揃って、俺達三人を真っ直ぐ見詰めていた。
一歩でも冗談でも、テリトリーに入ったら承知しない。そのような意思が込められている。
「俺だって、入りたくて入るんじゃねぇや」
日本語で吐き捨て、大きな溜息を付いた。上着の上からショルダーホルスターに収まっているシグの感触を確かめ、マリアと楊に声を掛ける。
「行こう」
「うん」
「おすっ」
向けられた視線を断ち切り、事務所と教えられたビルの階段を昇る。
そして、二階部分。三階へと続く階段の前には、中年男二人が塞ぐ形でたむろしていた。
一人は携帯で通話している。
『兄貴。今言ってた奴等が来ました。追い返します』
中国語で何か言った後に、彼は携帯を仕舞う。それと入れ替わる形で、彼等は拳銃を抜いた。
携帯を使っていた奴が59式手槍。もう片方が54式手槍の銃口をこちらへ向ける。
その右腕には、三角形が交互に並んだ柄を持つ茶色の蛇の入れ墨が彫られていた。
日本では見覚えのない蛇だ。情報屋の情報に間違いがなければ、その蛇はヒャッポダで目の前の男達はヒャッポダ組の構成員ということになる。
俺とマリアは少し眉をひそめただけだったが、楊は顔を真っ青にした。
「ターンライト。ゴーバック。ゴーダウン」
回れ右して。戻って。下に行け。
中学生でももう少しマトモな発音をするぞ、と突っ込みたくなるくらい下手くそな英語だった。
「穏やかじゃねぇな。……おい。通訳出番だぞ」
銃口を突き付けられて一番ビビっていた楊の首根っこを掴み、男二人の真ん前に立たせる。
「そんな! 冗談じゃないですよ赤沼さん!」
「うるせぇ」
必死の抗議を一言で一蹴し、楊の耳元で囁く。
「『情報屋がアポを入れているはずだ』と訳せ」
抗議こそしても、引くに引けない状況なので楊も従うしかない。
『さ、先程、情報屋の鳳から連絡があったと思うのですが』
少し吃りながらも、楊は通訳としての仕事を始めた。
その勇気には敬意を評すべきだが、それをヤクザが認知する訳もなく。
なんなら、通訳がいると分かって横暴になりだす。
『とっとと失せろ。組長とテメェ等を会わせる気が無いんだ』
「……会わせる気がないそうです」
『何処の馬の骨かも分からん奴等と、組長を会わせられるか』
「見知らぬ奴と組長は会わせられない、と言っています」
「……ああ、まぁ言いたい事は分かる」
むしろ、ヤクザ者としては正常な思考だ。
ここで「はいどうぞ。お入りください」なんてやって組長が殺されでもしたら、自分達の首が物理的に飛ぶだけじゃ済まない。
「……身分を明かす?」
マリアが俺に耳打ちをする。
確かに、それで何処の馬の骨かは分かるが、更にややこしい事になりかねない。
揉め事は避けたい。……色んな意味で。
「それは駄目だ。どんな勘違いされるか分からん」
「……じゃあ、少し私に考えがあるの」
「考え?」
「そう。上手く行けば、血を流さずに解決出来る」
俺は数センチ下にある、マリアの顔を呆然と見下ろす。
彼女がここで嘘を付く必要も意味もないから、それは本当のことなんだろう。
「……大丈夫なのか?」
俺のこれは彼女の身を案じて言ったものだが。
「任せてよ」
マリアは“考え”の信頼性について、と受け取ったようだった。
銃口を向けられた時、いつも感じる寒気がしなかった。
つまり、目の前の二人は態度に反して撃つべき時を見極められる人間であることを示している。
逆に言えば、撃つと決めたら絶対に撃つ人間だとも言える。
マリアの考えが、彼等の気分を変えやしないかと不安になっているのだ。
俺の過度な心配を余所に、マリアは楊へ指示を出し始めた。
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