第8話友人

最近……葵に新しい友人が出来た……。

その友人を時々…いや…結構…部屋に招くことがある。

葵は「一緒に勉強やゲームをしているだけ」だと言っている……。

確かに受験生の葵にとって、一緒に勉強が出来る友人は必要だと思う。

そして今日もその子と二人で……二人きりで……部屋にこもっている……。

──せっかく早く帰ってきたのに……

俺は少し不貞腐れて夕飯を作り始めた。

夕飯を作り終え、それでもまだ部屋から出てこない葵達にイラつきながらシャワーを浴びた。

──本当ならとっくに葵と一緒に過ごしてる予定だったのに……。

半袖と短パンの部屋着に着替えテレビを垂れ流しにしながらスマホをいじる。

「お邪魔しました」

葵の友人がいつもの様にリビングへ顔を出し『ぺこり』と愛想良く挨拶をして帰っていく。

「あ……はい……」

俺は愛想笑いを浮かべ頭を下げるが、多分笑顔は引き攣っている。


葵はその『新しい友人』のことをずっと同じクラスだったが、少し前に話すようになって仲良くなったんだと言っていた……。

少年の様な風貌のその子は、どうやら女の子らしい……。

確かに声だけ聞いていれば女の子だし、一度近くで見た時には、確かに18歳の男には見えなかった。

それに『そこそこ』可愛い顔もしていた…。

「また明日」

玄関からその子の声が聞こえてきて俺は耳を疑った。

──また明日!?また明日って言ったか!?明日は土曜だぞ!?

俺は腰を浮かせて玄関の様子を窺う。

葵も何か言っているが、イマイチ聞こえない。

聞きたくて少しづつドアに近付いていくと、いきなりリビングのドアが開き葵が入ってきた。

「……お前何やってんの……?」

ドアの前で聞き耳を立てていた俺に葵が冷たく言い放つ。

「べっ、別に何もしてない!」

焦ると吃ってしまう俺に冷たい視線を向け

「……へぇー……」

と、一言だけ言って、さっさとシャワーを浴びに向かった。

───絶対……最近冷たい……

このところ大学の方が忙しくて一緒に過ごす時間も減ってるのは判ってるけど……。

だから………他のヤツと……?

俺はソファーに座って背もたれに頭を預けた。

──そんな訳……ないよな……。



シャワーの蛇口を捻って熱いお湯を浴び、最近仲良くなった「美月」の言葉を思い出した。

今日も帰り際

「葵のお兄さんやっぱり好きだな」

と言って帰って行った……。

何故か昔から俊は男女問わず俺の友人に好かれた。

中には「紹介して」と言ってくる女子も結構いて……。

──だから友達呼ぶの嫌なんだよ……

美月と仲良くなった切っ掛けは、3ヶ月位前、たまたま二人だけになった教室で

「成瀬くんてさ……ゲイでしょ?」

突然言われた。

「だったら何だよ」

俺が軽く睨みつけると

「やっぱりね」

と、笑って「僕もだから」と言ったのだ。

それから何となく話すようになって、案外趣味も同じで、お互い暇な時一緒に過ごすようになった。

美月は俺と同じ工業高校の数少ない女子の一人で、違うクラスに『彼女』がいる…と俺が無関心だっただけで有名らしかった。

それが……うちに来て俊輔を見るなり

「僕……葵のお兄さんなら男でもいいかも」

と、言い出した。

確かに俊は可愛い!それは誰より俺が一番判ってる!

本人に言うと怒るけど…ちっこくて……

キレイな唇はいつだって柔らかくて……。

美月は俺と俊の関係を知らない。

何度か『彼氏』の話を聞かれたが言わなかった。

俺の友達には俊を知ってる奴も結構いるから……。

俺のことがバレるのは構わないけど、俊にまで変な噂が立つのは嫌だ。

だから……仕方ないって判ってるけど……。

やっぱり面白くは無い……。

美月はいい奴だし、好きだけど…。

俊を『そういう目』で見るのは気に入らない。

だから俊がいる時は俺の部屋で過ごした。

美月に……俊を見られたなくて……。



夕食は何だか少し気不味くて……。

何故か葵も少し機嫌が悪い……。

せっかく明日はお互い予定が無いと思ってたのに……。

俺はカレンダーを見つめた。

お互いの予定を書き込む約束はずっと続いている。

明日はぽっかりと白く何も書いていない。

俺はカレンダーから葵へと視線を移した。

肩幅…広くなったな……

初めて葵を抱いた時より、大分男らしい体格になった。

相変わらず細いし、同年代の子達よりは幾分華奢な方だけど、『少年』と言うには大人だ……。

──葵だって大人になってくんだもんな……。

いつまでも俺だけを見てはいないのかもしれない……。

いつか……俺の元を離れて……好きな女性が出来て……結婚して…。

それが……本当は一番……幸せなんだろうな……

なんて父親みたいなことを考えていると頬に温かい何かが落ちていった。

「───!?お前……なんで泣いてんの!?」

葵が慌てて俺の頬に触れた。

「───え……?」

気付かないうちに涙が出ていた。

自分でも不思議なくらい次から次へと涙が溢れ出す。

葵が立ち上がると俺の元まで来て

「どうした!?具合悪い!?」

と、心配そうに顔を覗き込む。

俺は何も言えずただ首を横に振った。

「俊……どうしたの?俺……なんかした?それなら謝るから……」

葵が本当に慌てて……すごく心配してくれているのが解る……。

俺は葵に抱きつくとしばらく泣き続けた。


「そんな訳ないだろ!」

そして……

結果、また俺は怒られている……。

「俺が俊以外を好きになる訳ないじゃん!そんくらい解んだろ!」

「…………だって……」

俺は思わず子供みたいな言葉を口にした。

あの後泣いていて食事が出来ない俺をソファーまで連れてくると、何故泣いたのか聞いてきた…。

葵は大きなため息をつくと

「美月……友達と俊を会わせたくなくて部屋にこもってただけだよ…」

「……会わせたくない……?」

何で?俺を……友達に会わせたくないって……

「ああー!もう!美月が俊を気に入ってるから嫌なんだよ!だから!友達は呼びたくないんだよ!」

───え?……………………

葵が顔を真っ赤にして怒っていて………

──それって……ヤキモチ……

俺はほっとして……少し…嬉しかった……。


それから美月と言うその子が、女の子なのに彼女がいること、そしてどうやら俺を気に入っていることを葵は面白くなさそうに話してくれた。

「俊が……嫌じゃなかったら…俺、美月に俊が恋人だって話すよ。やっぱり……そういう風に俊を見られてるの……嫌だし……」

葵の言葉に

「嫌なわけないじゃん……」

一言だけ返すと、どちらからともなく唇が合わさる。

葵は俺を抱きしめ

「俊……ヤキモチ焼いてたんでしょ?」

と耳元で嬉しそうに囁いた。

「意外……。俊はそういうのしないんだと思ってた……」

そう続けるとまた嬉しそうに「へへ…」と笑った。

──そんな訳ない。俺は……相当ヤキモチ焼きで……

「……愛してるよ」

葵が囁いて俺に優しくキスをした…。

「俺……俊しか見えないから……」

俺の額に葵が自分の額をそっとくっつけて、少し照れながら微笑んだ。

俺の心臓が『トクトク』と早くなる…。

顔が熱くなって……赤くなっているのが自分でも分かる……。

「飯食って、今日はゆっくり二人で過ごそう…。美月には断るから」

葵がそう言って俺を抱きしめた。



「もしもし?……葵?」

「美月?朝からごめん」

まだ8時を過ぎたところだ。

俺は隣でぐっすり眠る俊の髪をそっと撫でた。

「どうしたの?」

美月もまだ眠っていたのか少し不満気な眠そうな声が耳に届く。

「今日さ…予定出来たからちょっと……ごめん」

「……デート?」

「……そう。久しぶりに二人でゆっくり過ごそうって……」

俺は愛おしくて仕方がない俊の頬に触れる。

──ヤキモチ焼くとか……

「ふーん……。お兄さんと?」

「うん」

──俊は…本当に可愛……い……え?

「……え?……」

思わず聞き返す……。

俺…つい流れで返事してたかも……。

「やっぱりなぁ!絶対そうだと思った!」

電話の向こうで美月がケラケラと笑いだした。

「なんで!お前…それ……」

つい声が大きくなってしまって、慌てて眠っている俊に目をやる。

「葵見てれば判るでしょ!?」

「……じゃぁ…分かってて俊のこと好きとか言ってたわけ……?」

イラッときてつい口調が強くなった。

「怒らないでよ。いくら葵のお兄さんでも僕が本気で男を好きになると思ったの?」

「…………カマかけたって……こと……?」

「まぁ……そうなるかな……。だって葵、全然教えないクセに、お兄さんと一緒にいるとこ見たら全然隠せてないんだもん」

美月がくすくす笑っている。

思わず顔が熱くなる……。

────やられた……。

「まぁ、今日はお兄さんとゆっくり過ごしてよ。もうちょっかいださないからさ!」

そう言う美月はまだ笑っている。

そして……

「けど……もし……僕が普通の女の子だったら……葵のお兄さん…本当に好きになってたかもね……。……じゃ!また月曜日ね」

ボソッと最後にそう言って電話を切った。

また俺をからかっているのか……

本心なのか……

俺には解らなかったが、もう気にしないことに決めた。



電話を切っても俊はまだ起きる様子はない。

何しろ…つい数時間前まで、何度も何度も俺を愛してくれていた。

──大好きな人の寝顔を見ていられるって……すごい幸せなんだろうな……。

俊の瞳に……鼻に……頬に……そっとキスをしていく……。

「……葵…?どうした?」

俊が薄らと目を開け俺を見つける。

「…………怖い夢でもみたのか?……」

そう言いながら腕をのばし俺を胸に抱いてくれる。

「よしよし……一緒に……寝…よ……う…」

そこでまた寝息をたて始めた。

きっと……子供の頃の夢を見ているに違いない。

一睡もしていなかった俺は俊の体温に安心しながらゆっくりと目を閉じた。



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