第4話 風邪とキス

キッチンで洗い物をしていると、リビングから「ケホケホ…」と葵の咳が聞こえる。

朝からずっと咳をして、ソファーでダラダラと過ごしている。

「お前…風邪ひいたんじゃないの?」

俺の言葉に

「……んー……」

葵はスマホから目を離さず、申し訳程度の返事を返した。

洗い物を中断して薬の箱から体温計を出し葵に持っていく。

「熱、計ってみろよ」

俺の言葉に面倒くさそうに手を伸ばし体温計を受け取ると脇に挟んだ。

しばらく待つと『ピピピピ…』と音が鳴って計測の終了を告げる。

葵はまた面倒くさそうにそれを取ると、自分では見もせずに俺に差し出した。

――38.1℃――

「やっぱり……。お前、熱あんぞ」

「……ダルいー……」

葵がやっとこっちに顔を向ける。

「風邪薬持ってくるから…、それ飲んだら部屋行って寝ろ」

俺が薬を取りに向かうと

「……ヤダ」

葵が不機嫌そうに答えた。

「……ヤダってお前…、熱あるんだから…」

「ヤダって言ってる」

俺の言葉を遮る。

俺は大きな溜息をつき、葵に薬を飲ませると2階から葵の枕と毛布を持ってきた。

「ほら、一回どけ」

葵をソファーから起こすと、クッションと枕で寝心地を整えて葵を寝かせ毛布を掛けた。

「これならいいだろ?ちゃんと寝てろな」

言いながらキッチンへ向かい、氷枕の準備をする。

すると俺のスマホが着信を知らせた。

大急ぎで葵の首の下に氷枕を置いて、電話を手に取ると『東条夢乃』とあって慌てて出る。

大学の先輩だ。

「─はい」

「もしもし…俊輔?」

高校からの先輩で、医学部の右も左も分からない俺にとって心強い存在だ。

電話で話しながら葵を見ると、上目遣いでずっと見ている……。

電話から微かに漏れてる声が聞こえてるのだと気付く……。

…具合悪くて、ただでさえ機嫌悪いのに…

…ヤバイなぁ……

そんなことを考えながら、出来るだけ早く電話を切った。

「……──誰……?」

「大学の先輩。サークルに誘ってくれてるから、その用事」

俺はなるだけ「何も気付いてませんよ…」と、アピールいっぱいに、さり気なく答えた。

「───あっそ……」

それだけ言ってスマホに目を戻した。

…………あ……これはダメなヤツだ……

「俊……俺プリン食べたい」

───始まった……

「あと、ゼリーとケーキも食べたい」

…………………………。

俺は再び溜息をついた。


コンビニでスポドリとプリンにゼリー、ケーキとシュークリーム……

葵の欲しがりそうな物を片っ端に買って帰ると、薬が効いてきたのか葵はソファーで寝息をたてている…。

額に触るとまだ熱い…。

少し迷って、もう少し寝かせてからスポドリを飲ませることにして、机に問題集と参考書を広げた。

しばらくすると葵の息遣いがだんだん苦しげになっていく。

ソファーに行き葵の首を触るとかなり熱い……。

「――……俊……?」

「大丈夫か?スポドリ飲めるか?」

薄らと目を開けた葵の髪を撫でる。

「……ん……」

怠そうに答える。

俺は机に用意しておいたスポドリを渡すと氷枕に氷を入れ、作り直した。

「───……俊……具合悪い……」

ソファーに戻ると葵の熱で潤んだ瞳が俺を見つめる……。

その瞳が色っぽくて……

一瞬ドキッとする……。


――ダメダメ…!何考えてんだ……――


「よしよし…。アイス食うか?」

葵の頭を撫でながら邪心を払う。

「……食べる……」

冷凍庫からアイスを持ってくると

「食べさせて……」

と…………。

仕方なくソファーの空いたスペースに座りひと口づつすくって食べさせる。

数口食べると葵が俺の首に腕を回し抱きついてきた。

「……どうした?」

「………具合悪い……」

「よしよし…」

耳の傍で聞こえる息遣いが苦しそうで…

抱きつく腕も…

触れる肌も……熱い……

「……さっきの人……」

「ん?」

「……――なんでもない……」


――また……不安になってるな…。


「……俊…」

「なに?」

「…………キス……したい……」

俺は…優しく葵を抱き寄せ

――キスをした……。

葵の舌がいつもより熱く…

ゆっくりと絡む……。

微かに子どもの頃食べたアイスクリームの味がする……。

唇を離すと

「……したい……な…」

葵が呟く……。

不安そうな顔が切なくて…

愛おしくて……

そっと抱きしめて

「また元気になったらな。そしたらたくさんしような…」

額にキスをした。


「ケホッケホッ……」

夜中から咳が止まらない……。

怠くてソファーに座り熱を測る。

──37.8℃──

3日前の土曜日…

熱のある葵にせがまれて何度もキスをした…

そりゃ……そうなるわな……。

とりあえず風邪薬を飲んで、葵を起こし自分のベットへ戻る。

とにかく怠くてベットへ潜り込んで目を閉じた。

少しするとドアが開き、葵が覗き込む…。

「……俊…大丈夫…?」

俺の咳を聞きつけて心配している。

「…多分今日寝てれば大丈夫…。お前…学校だろ?……ちゃんと行けよ……?」

喋るのも怠くて、それだけ言うと背中を向けた。

時間と共に怠さが増し、熱が高くなってきているのが分かる…。

――……喉乾いた…………

起き上がろうとして、あまりの怠さに再びベットに倒れ込む。

……飲み物くらい用意しとけば良かった……

自分の息が熱い……。

「……俊?」

その時、勝手にドアが開いて葵が入ってくる。

「――!?お前……学校は……!?」

思わず起き上がり葵を見る。

「…………休んだ……」

「休んだって……お前……受験生だろ……!?」

大きな声を出したせいで、頭がクラクラしてまた倒れ込む。

「…だって……俊が……心配だから……」

葵が頬を膨らませて不貞腐れる…。

手にスポドリと氷枕を持っているのに気付き苦笑いしてしまう…。

「……ありがと…。じゃあ今日は看病してもらうかな……」

俺の言葉に葵が頬を染めてニッと笑った。


その日俺は本当にしんどくて……

葵が休んでそばにいてくれた事が本当に有難かった……。


夜になるとやっと少し熱も下がってリビングへと降りていった。

「俊!お前、起きてきて平気なのかよ!?」

キッチンで葵が何か作っている。

「だいぶ楽…。何作ってんの?」

「雑炊…。風邪ひくと母さん作ってくれたやつ…」

「よく作り方知ってるな」

「さっき電話で聞いた。あれ、俊好きだったじゃん…」

葵の言葉につい笑顔になってしまう…。

本当に可愛くて……。

俺がダイニングのイスに座っていると、葵は2階からバタバタと枕と毛布を持ってきてソファーに寝床を作っている。

「俊!こっち!」

俺を呼び枕の高さを調節すると、雑炊を持ってくる。

受け取ろうとした手を睨みつけ

「はい、あーん」

と笑顔でスプーンを差し出すから……

少し照れながら言われるままに口にする…。


───…………あれ……?

────……なんか……甘い…………


「……美味しい?」

葵が上目遣いで聞いてくるから…

「美味いよ」

笑顔で答えた……。

葵の嬉しそうな顔が……

めちゃくちゃ可愛くて……

俺は全部平らげた……。


――塩を砂糖間違えるとか……――


一昔前の少女漫画みたいな事を素でする葵が本当に可愛くて、愛おしくて…。


――……けど……

ただでさえ具合悪いのに、苦手な甘い物を無理矢理食べたせいで……

俺は一晩中吐き気と戦った…………。





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