その円盤には触れない方がいいですよ

 いよいよ明後日、学園が長期休業となる。


 休業になる前に行かないといかない場所があった。


 それは、カミーリャ塔だった。そこの管理人のエレノアに用がある。


 塔の扉前で私は立ち止まり、大きく深呼吸してから扉に備え付けられているドアノッカーを叩く。


 叩き終えると一歩後ろに下がって様子を見る。


 少しの沈黙の後、重たい扉がゆっくりと開き、血のりが髪にかかって肌も青白い人が顔を出した。


 その瞳は生気を宿ってないようだ。その人のことを何も知らないならばかなり驚くだろう。


 いや、泡を吹いて倒れても不思議では無いクオリティだ。知っていても驚きで悲鳴を上げそうになるのだから。


「エレノアさん」

「……もうそろそろ来る頃だとは思ってました。どうぞ」


 彼女は幽霊のようなホラーメイクと格好をするのが大好きな少し特殊な性癖を持っている。それを理解しているのはまだ誰もいない……と思うんだけども。


 意外に居たりして。


 エレノアさんに中に入るように促され、私は塔の中に入る。


 塔の中は上へと続く階段と下に続く階段があり、円状の窓はステンドグラスになっており、薄らと外の景色は見えるものの、ステンドグラスが光で反射すれば照らされた場所が色鮮やかになる。


「こっち」


 そう言ったエレノアさんは下の階に行こうとしたが、私はそれを止めた。


「ま、待ってください!! お願いですから、その格好を何とかしてください!!」


 下は明かりがなく、暗闇が広がっていたのでいくらエレノアさんのホラーな格好が見慣れてるからといって、暗闇の中を一緒に彷徨えるほど人間出来ていない。


「えぇ、可愛いのに」

「確かに可愛らしいとは思いますが、暗闇だとその可愛らしさが半減しちゃいますよ」

「そうですか、仕方がありません。着替えてくるから先に行っててください」


 エレノアさんは肩を落として、渋々といった様子で着替えに行く。

 私は息を吐き、ゆっくりと下の階ーー地下に続く階段に足を踏み入れる。


 壁に取り付けられている燭台が流れるように炎が灯された。


 一歩一歩進む度にヒールのカツーンっという音が響く。ヒールといってもパンプスのような靴で厚底じゃなければヒールと言えるほどの丈は長くない。


 私は初めてエレノアさんに会った日からちょくちょく塔に遊びに来ている。


 理由は簡単。友達になってとせがまれ、断れずにいたのだ。


 塔の管理は常に一人で寂しいからたまにでもいいから遊びに来てほしい。


 とまで言われた。だけど不思議なことにノエルやクロエ様も初めて会った時は一緒だったのに、私にだけ友達志望するのが腑に落ちない。


 男嫌いならなんとなくわかるけど……、そんなことなさそうなんだよね。


 長期休業になるからしばらく遊びに行けないので、今日会いに来た。


 大きな扉が見えてきて、ゆっくりと力強く押すと高めの声で鳴き声が聞こえた。


「あっ、と。危ないよぉ」


 私は足元に擦り寄ってくる黒い生き物と白と茶色が混ざった生き物に注意しながらも扉を閉める。


 ……私もこれを見た時は驚いた。

 猫は食料だというのに、ペットとして飼っていたのだから。


 擦り寄ってくる生き物は子猫だった。「にゃー」と言い、喉を鳴らしながら甘えた声で鳴く。


 かわいい!!


 本当ははしたない行為だけど、誰も見ていないし……。


 私は膝を床につき、子猫たちの頭を撫でながら猫の声真似をして鳴いた。


「にゃー」といえば、返事をするように「にゃー」と返してくるので可愛くて仕方がない。


 尊死しそう……。


 なんて考えていたら扉が開き、エレノアさんが入ってきた。


「すみません。お待たせしました! って、何やってるんですか?」


 急にエレノアさんが入ってきたので驚いて立ち上がろうとしたらスカートに足を引っ掛けてしまい転んでしまった。


「な、なんでも……無いです。あっ、あれから整理したんですね」


 恥ずかしさで頬を赤く染め、気まづい空気を何とかしようと話題を逸らす。


「さすがに汚れてたら猫ちゃんたちが病気になりそうでしたし」

「そうですよね……、これ綺麗ですね。買ったんですか?」


 私は周りを見渡し、以前来たよりもホコリっぽくなくなっていて、机に大量の資料があったのにそれもほとんどなかった。


 机の真ん中に古びた円盤のような物が置かれていた。


 その円盤には真ん中には不思議な紋様が描かれているが、所々欠けていてどんな紋様なのか分からない。その周りには古い魔法石が埋め込まれているようだった。


 私は、その円盤が気になり聞いてみる。


 エレノアさんは苦笑しながら軽く説明してくれた。


「あっ、なんというかですね、その円盤には触れない方がいいですよ。……悪魔に食われるから」

「?? 悪魔に?」

「それよりもうちの猫ちゃん、前よりも可愛くなったと思いませんか!?」

「そう、ですね。可愛くて、尊いです」

「尊い? 初めて聞く単語。でも不思議と悪くありませんね」


 エレノアさんは言葉を濁らして、話題を変えた。


 聞かれると困るのかも。気になる言葉が出てきたけど、何も聞かない方が良さそうかな。


 私は猫と遊んだ。


 エレノアさんともたくさん話をして、有意義な時間で楽しかったのだが、やっぱりあの円盤が気になるなぁ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る