第26話 「もらった」
「何を話しているかわからんが、下手な動きを見せればこの娘がどうなるか──安易に分かるとじゃろぉ?」
「そうだな。今俺達が動けば、そいつは簡単にあの世逝きだろうよ。もう、赤子をひねるより簡単にな」
「そうじゃのぉ。じゃから、余計な事をしない方が良い。こやつを悲しませたくないじゃろ?」
「安心しろ。そいつは死ぬ事に対してなんとも思ってない」
「それにしては、嫌がっているみたいじゃがのぉ」
「お前の事が嫌いなんだろ? 気持ち悪いやつに殺されたくはないだろ、誰でも」
「それは残念じゃ」
二人の会話に、暁音は体を固定されていることとは別にげんなりした。何言ってんだろうと思いながらも、暁音は逃げるタイミングを計っている。だが、熱で集中力も欠け、頭痛や関節の痛みも気になり始め頭が回らない。早くどうにかしなければ、熱で倒れる可能性も出てきた。
「残念と思ってないな。まぁ、思っていたとしても、そいつは俺のもんだ。誰にも渡さねぇし、殺させねぇ。たとえ、お前のような人外相手だとしても」
「人外か。そういえば名乗ってなかったのぉ。我は堕天使、アザエル。これからは気軽に名前を呼んでもらえると嬉しいのぉ」
「キモイ断る興味ねぇ」
「…………さすがに傷つくのじゃが」
「そのまま精神的にも肉体的にも死ね」
「ひどいのぉ」
クスクス笑いながら、アザエルは月海とムエンを見る。その時、先ほどとは違う違和感に気づき笑みを消した。
口を閉ざし、瞬きを繰り返す。違和感はあるが何が違うのかわからず、目を細め違う所を探し始めた。
「…………下手な動きをするなと、我は言ったんじゃがのぉ」
何かに気づいたアザエルは、暁音の顔から手を離し指を鳴らす。その時、ムエンの後ろの地面から突如として、黒い水のようなものが飛び出してきた。
高い波のようなものが二人に向かって降り注ぎ始め、慌てて走り間一髪避け、二人は勢いに負け地面に倒れ込む。
「いっつ……」
「一体、何が起きたの?」
ムエンは驚きながら後ろを振り向き、月海も同じく片膝を立て後ろを見た。
地面に黒い液体が広がり、うようよ動いている。波のようなものは、スライムのように動き一つに集まりだした。それは、大きな物体になり、そこから触手のようなものが伸び二人を襲い始める。
月海は瞬時に立ちあがり、カッターナイフを構え切り落とす。ムエンもすぐさま空中に舞い、黒いモヤを操り小さな鎌を二つ作りだし、次々と切り落とし続ける。だが、無限に出てくる触手は、元を断たなければいくら切り落としても無意味。
月海は触手の気配を全て感じ取り、顔色を変えず踊るように避けている。その様子を感心したようにアザエルは見ていた。
感心するように見ていると、下から掠れ声が聞こえた。
「貴方は、月海さんを舐め過ぎよ」
「どういう事じゃ?」
「貴方が思っているより、月海さんは強いという事よ」
「なるほどぉ」
まだ、いまいちわかっていないような態度のアザエルを気にせず、暁音は真っすぐ。二人の動きを見ながら質問をした。
「それより、
「ん?」
「貴方、さっき食べた人物になれると言っていたじゃない。もしかして、瑠爾を食べたの?」
「そうじゃよ? お主に近付くため、利用させてもらっただけじゃが。何かあったか?」
「……………………そう」
人を殺したとは思えないほどサラッといい放たれ、暁音の、元から死んだような瞳はもっと黒く濁り、触手から逃げている二人に向けられた。
「どうしたんじゃ?」
「なんでもない」
暁音の反応が曖昧過ぎてアザエルは困惑。もっと泣きわめいて絶望の顔を浮かべると思っていたアザエルからすると、なんともつまらない反応だ。だが、彼にとって暁音の反応はどうでも良い。
今一番見たいのは、表人格の月海の絶望したような顔。それが一番欲しいと思っていた。
「ねぇ、貴方は月海さんのなに? どこで月海さんを見つけたの?」
「気になるかのぉ?」
「うん」
「素直じゃのぉ、調子が狂う。ま、まぁ良い。簡単に教えるとな、あやつが過去。絶望していた時に出会う事が出来たんじゃよ。その時の顔がたまらなくて、輝いて見えて。もう、離したくないとも思った。だが、あやつはそんな我の気持ちを無視し、姿を晦まおった」
話しているアザエルは最初、顔を高揚させ万感胸に迫るような面持ちで語っていたが、徐々に冷めていき、口調が淡々となる。
最初の表情は嘘のように冷めており、横に伸びていた赤い唇は閉じられた。
目は細められ、カッターナイフを握る月海へと向けられている。
「あんなに素晴らしく、絶望の淵に落ちた顔は見た事がない。床にうなだれ、両目から流れ出る雫は綺麗に輝き。泣き叫んでいる声は喉が切れ掠れていた。そして、何より。人を怨み、呪い、憎悪の塊りと化したあの瞳。たまらなかった。だから、もらっただけだというのに、あやつは…………」
「え? もらった?」
黙って聞いていた暁音だったが、一つの引っかかりを感じ聞き返した。
「そうじゃ、もらったんじゃよ。あやつの、綺麗に黒ずんだ。左右色違いの瞳をのぉ」
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