赤布の言葉 〜無感情少女と盲目青年〜
桜桃
亜里沙
第1話 「人を殺したいんだが」
「なぁ、人を殺したいんだが」
「”ねぇ、暇なんだが”というノリで言わないでください。殺したいのなら殺しに行けばいいと思いますよ。ですが、相談に来た人の事は大事に扱ってくださいね」
「お前も非道だなぁ。自分に関係ない人はどうでもいいという事か」
「関係ないというか。知らない人まで気にしていたら、私の容量には収まりません。誰にでも手を伸ばせるほど、私は超人ではありませんので」
「割り切ってんなぁ」
「私は、貴方との約束を果たせればそれでいいんです。もう一人の貴方の極度な人見知りを治すため、私は頑張ります」
「へいへい。まぁ、俺もお前が苦痛で歪み、助けを乞い俺に『お願い、助けて』と涙ながらに祈願する顔を見たいしな」
低く、妖艶な声でつまらないというように話していた青年は、目元に赤い布を巻いており視界を塞いでいる。露出が少ない色白の肌の上には、鎖骨が見えるほど襟が広いTシャツを身にまとい。さらに、黒いジャージ。肩には、羽織るように白衣を靡かせていた。
もう一人は、学校指定の制服を身にまとい、片手に新聞の切り抜きを握っている女子生徒。藍色の顎まで長い髪、茶色の両目で青年を呆れたような瞳で見ていた。
青年は窓側の椅子に座り、月光が降り注ぐ窓を眺めていた。隣には、手に握られている新聞を眺めている女性。
彼の言葉にため息を
「そこまでの感情を呼び起こすには、何をすればいいのでしょうか」
「俺にそれを聞くか? もう一人の俺に聞け。表人格の方が、人の気配や感情に敏感なのは、お前もわかっているだろう」
「そうですね」
夜空から顔を逸らし、青年は立ち上がる。その際、目元に巻かれていた赤い布に手を伸ばし、するりと解いた。露わになったのは必ずあるはずの物がない、闇が広がる闇。
目元には眼球がなく、窪んでいる。彼はそのまま女性の隣を通り抜け、廊下の方へ。青年に対し手招きをしているように見える、光の届かない闇。そんな闇の中へと吸い込まれるように、姿を消した。
彼の背中を見届け、女性はもう一度新聞の切り抜きを見る。
新聞紙の切り抜きはしわくちゃで読めない部分が多い。だが、大見出しだけはギリギリ読めた。
ぼろぼろで、所々破れてしまっている新聞紙。そんな中、唯一読める大見出しには”大量殺人”という文字が、ゴシック体で書かれていた。
月光を背中に、何も思っていない。感情を察することができない瞳を浮かべ、先ほどの青年と同じ景色に目を向ける。
「
女性は目を伏せ、感情の乗っていない言葉が口から零れ落ちる。そのまま、手に持っていた新聞紙をポケットに入れた。
瞳を揺らしながら、立ち止まっていた足をゆっくりと動かし、彼の背中を追うように教室を後にした。
☆
気温は高く、少し熱いくらいだ。額から汗を流している人もいる。それでも、楽し気に話している人や、友人とかけっこをしている姿も見えた。
そんな中、一人の女子生徒が片手に本を持ちながら歩いていた。
藍色の顎まで長い髪が風に揺れ、邪魔なのか右耳に横髪をかけ赤いヘヤピンを付けている。
茶色の両目は、右手に持っている本に向けられていた。だが、その瞳には生気を感じない。
本を見ているが、本当に読んでいるのか分からない。違う景色を見ているようにも感じてしまう。黒く濁り、光を感じる事ができない。
そんな彼女は周りの行動など一切気にせず、一直線に自身の教室へと向かっていた。
教室の中に入り、自身の席についてからも本を離さず読み続ける。そんな彼女の名前は、
一人でいる事が多く、色んな本を図書室から借りて読んで日々を過ごしていた。そんな彼女とは周りの人も関わりにくく感じているらしく、少し距離を置いている。
暁音が教室で本を読み始めてから五分ほどした時、教室に明るい茶髪を揺らしながら一人の女子生徒が入ってきた。
その人に気づき、先程まで会話を楽しんでいたクラスメートが笑顔で挨拶をし手招きしている。
「あ、おはよう
「おはよう!」
亜里沙と呼ばれた女子生徒は、制服のスカートを膝上くらいまで短くし、茶髪を後ろで高く一つに結びゆらゆらと揺らしている。
元気に挨拶を返した彼女は、声をかけてくれた女子生徒の輪に入っていった。
そんな彼女を、暁音は何か気になるのか。本を読む手を止め、横目で見ている。
「…………私では、分からないわね」
誰にも聞こえないような小さな声で呟き、右手で顔にかかっている髪を耳にかけ直し、再度本へと目線を戻した。その時、なぜか首を傾げ、前のページと開いていたページを見比べ始める。
「…………あ。どこまで読んだっけ……」
☆
放課後。暁音は誰とも話さず、鞄に教科書を入れていた。その時、筆箱のチャックが開いていたらしく、油断していた彼女は中身を床へとばらまいてしまった。
まだ教室内に残っていた人達は一瞬、音が聞こえた方に目を向ける。だが、すぐに目を逸らし、帰ってしまった。関わりたくないという気持ちが駄々洩れだ。
暁音はそんな周りには一切目もくれず、めんどくさいと思いながらもその場にしゃがみ、床に落ちたペンや消しゴムなどを拾い上げる。
「あ」
「手伝うよ」
暁音がペンに手を伸ばした時、視界の端から自分のではない女性の手が伸びてきた。その事に驚きつつ、暁音は無表情のまま顔を上げ誰が手伝ってくれているのかを確認した。
「貴方……」
「えへへ、手伝うよ。筆箱のチャック閉めるの忘れちゃうよねぇ」
少し高い声で話しかけてきたのは、佐々木亜里沙。朝、みんなと挨拶をして友達の輪に入っていった女子生徒だ。
活発そうで、元気な笑顔を暁音に向ける。
「ありがとう」
「いえいえ。ねぇ、鈴寧さん。本好きなの? いつも読んでいるよね」
ペンを拾いながら亜里沙は、笑みを浮かべながらナチュラルに問いかけた。だが、その笑みは心からのものではなく、まるで張り付けているようにも見える。
無理に笑みを浮かべ、頑張って会話を繋げているように感じるが、そんな彼女に気づかず、暁音は自分のペースで返していた。
「そうね」
「好きじゃないと読めないよねぇ。あ、これで最後かな?」
「うん、無さそう。ありがとう佐々木さん」
「全然大丈夫だよ。こうやって話せるきっかけにもなったし」
そう言いながら、亜里沙は床に落ちていたピンク色のカッターナイフを手に取り渡そうとした。だが、何故かいきなり浮かべていた笑みを消し、彼女は急に真顔へとなり手に持っているカッターナイフを見下ろす。
落ちた時に刃を押し出す部分が何かにぶつかってしまったのか、少しだけ刃先が出てしまっていた。あまり使われていないのか、刃こぼれどころか汚れすらついていない。綺麗な状態が保たれている。
それを戻そうとはせず、亜里沙は見つめるのみだった。
「…………このカッター」
「? どうしたの?」
固まった亜里沙に暁音が問いかけると、はっとなり慌てた様子で笑みを繕い「なんでもないよ」と伝え、刃を戻しカッターナイフを渡した。
不思議に思いながらも暁音は受け取り「ありがとう」と口にする。そのあと、慌てた様子で亜里沙は立ち上がり、手を振り廊下へと行く。その際、袖の隙間から赤い線のような物が、見え隠れしていた。
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