26 「戦争を知らない子供達」

俺は昭和二十年代後半に生まれた

「戦争を知らない子供達」だ

平穏無事に

育ってきたというわけだ


高度成長

自然と社会構造の

資本によるうっ壊しと再編

隅々まで

貨幣の刻印を打たれた

生活の勃興

これこそ

俺の揺籃

母なる土壌


有名中学―名門高校―一流大学

目隠しされた競走馬に見えた

ただ一つのコース


中間考査が始まった日

海岸に浮いた

友の死体


前日

勉強している俺の側に来て

これが分らないと

開けていた参考書に

めちゃくちゃに線を引いた彼

次のページに

くっきり跡がつく力で


葬儀

健ちゃん、いいお詣りしなさいよ

母親は泣きながら

息子の死出の顔の安らぎを

見てやってくれと言うが

ライバルと目されていた俺は

固く目を閉じ

ただ棺の中の

変に甘酸っぱい匂いを嗅いだ

不安を逃れるため

参列のクラスメートに

声高に冗談を言い

教師に叱られた日


その夜

狂いそうになる頭でなお

明日の試験科目の

暗記を続けた記憶


受験戦線から

脱落しかけた

中学以来の友が

自分の足を引っ張る

敵のように見え

疎遠になってしまった

思い出


バレンタインデーに

チョコレートを届けてくれた娘

受験勉強の妨げになるという

強迫観念が

俺を返しに行かせた


大学に入った頃には

人を信じることも

愛することも

わかりにくく

なっていた


何と

平穏無事に

育ってきたもの

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