第4話「その名は、〈地走〉」

 この〈からくり〉の状態は万全とはいえなかった。


 けれど、それはお互い様だとワカは思っていた。自分も片目が見えないし、頭が悪いから、時たま変なことをやってイヅに怒られる。後になって自分でも変なことをしたなぁと反省するが、それなのにまたやらかしてしまう。


 そしてやっぱり、またイヅに怒られる。


 それでも、なんだかんだで最後にイヅは、「しょうがないんだから」と許してくれる。はにかむように、照れ隠しのように、口元にほんの少しだけ笑みを浮かべて。


 いつから、そんな顔をするようになっただろう。


 イヅのその顔が見たくて、自分でも変なことを繰り返しているのかもしれない。おかしいな、と自分でも思っている。


 だけど、そんなイヅを傷つけようとしている奴がいる——


 悲しませようとする奴がいる——




 かかとに仕込まれた車輪を回転させ、〈からくり〉を走らせる。右に、左にと安定しない揺れが操縦席を震わせているが、それでも前に進めている。


 突然の事態に硬直した〈野盗やどり〉——今、イヅに三本指を伸ばしかけている一機目がけ、そのまま驀進ばくしん。肩に備えられた盾を前に突き出し、全重量をかけてぶちかました。


「ぅげえッ!?」


 今の一撃で右側の盾は見事に砕けた。破片が派手に宙を舞う中、〈野盗り〉の〈からくり〉はいくつかの家を巻き添えにして、無様に転がった。


 片目の〈からくり〉に乗ったワカは、庇うようにイヅの前に立つ。もう一人の〈野盗り〉はワカと転がされた相棒とを交互に見て、呆然としていた。


 むき出しの操縦席越しに、ワカが振り返る。


「イヅ、大丈夫?」

「う、うん……」

「無茶をしちゃダメ。危ない」

「……あ、あんたに言われたくないわよっ!」


 強がるようにイヅは口を尖らせ――軋んだような音に、はっと首を動かす。


 ワカが吹き飛ばしたばかりの〈からくり〉が、かろうじて立ち上がろうとしていた。左腕の肘から先、操縦席を囲む格子こうしなどがぐにゃりと曲がっている。


〈野盗り〉が怒りをあらわに、ワカを睨みつけた。


「こ、この野郎……!」

「相棒、無事か!?」

「当たりめぇだろうが! この野郎、ブッ殺してやる! そんなオンボロの〈からくり〉なんかで歯向かいやがって……生意気なんだよぉッ!」

「ま、待て! 相棒——」


 制止の声も聞かず、腰から刀——というより、ただのなまくら——を引き抜いて、猛然とワカに突っ込んでいく。


 だが、ワカは慌てる素振りはなかった。


「イヅ、ちょっとそれ貸して」

「え? この球のこと?」

「うん」

「いや、でもあんた、これは試作品って……」

「いいから、早く」


 イヅはためらいながらも、ワカの〈からくり〉の手に導線つきの球を載せた。間髪入れずにワカはその球を——投げるのではなく――〈野盗り〉の〈からくり〉に向けて、勢いづけて転がした。


〈野盗り〉がそれを踏んでしまった瞬間、その球が炸裂した。爆炎が〈からくり〉の足を吹き飛ばし、そればかりか操縦席にも延焼していく。


「う、うぉおおおおッ!? ——ぶへぇッ!」


 またしても無様な声を上げ、胸部から地面に落下する。〈からくり〉の胸部はそのまま操縦席になっているので、〈野盗り〉は顔から地面に突っ込んだ形だ。


「ぐ、ええ……」


 火から逃げようと、〈野盗り〉はかろうじて操縦席から這い出てきた。口の中に入った草や土を必死に吐き出し——眼前にワカの〈からくり〉がそびえ立っていることに気づいた。


 ワカの片目はなんの感情もなく、ただ見下ろしている。


 その目に恐怖をあらわにした〈野盗り〉を無視し、ワカはもう一人の〈野盗り〉に一瞥をくれた。今の爆発ですっかり腰を抜かしたのか、先ほどから一歩も動けずにいる。


 ワカはその〈野盗り〉に向かって、「ねぇ」と声をかけた。


「この人、さっさと連れてって。あと、この〈からくり〉はもらってくから。いいよね?」

「あ? あ、ああ……」


 ワカの足元で怯えていた〈野盗り〉は、ようやく彼の言葉の意味が呑み込めたらしく――慌ててもう一機の方に向かって、みっともなく逃げていった。


「何やってんだ、相棒!」

「う、うるせぇ! 油断しただけだ!」


 互いのだみ声が応酬し合い——〈からくり〉を壊された〈野盗り〉はワカに向かって、「覚えてろ!」とがなり声を立てる。


「こちとら、〈虚狼団ころうだん〉の一員なんでぇ! こんな風に舐められて、黙っていられるか! 仲間を連れて、こんな村なんか消し炭にしてやる! 次の満月の夜までに、せいぜい食糧をたっぷりとたくわえておくんだなぁ!」


〈からくり〉の背中によじ登り、逃げる段階に入っても、拳を振り回してひたすら罵声を浴びせかける。


 やがて二人と〈からくり〉の姿が見えなくなるが、しばらくその声は山に反響していた。


「……ふぅ」


 ワカは操縦桿から手を離そうとして——指の関節が固まっていることに気づく。


 不思議そうにその手を見下ろしていると、「ワカ、大丈夫!?」とイヅの声が飛んできた。


 熱風のせいで、イヅの顔半分を占める火傷がちらりと見えた。しかし彼女は髪を下ろそうとせず、張り詰めた表情でワカの言葉を待っている。


「うん、大丈夫」


 それだけ言うと、イヅは心の底から安堵したような笑みを浮かべて——はっと髪を下ろして、それからきっと目を鋭くした。


「ワカ、あれだけ出てくるなって言ったのに! あたしの言いつけ、破ったわね!」

「え。でも、ぼくが行かなかったらイヅが……」

「あ、あたしは別に全然平気よ! ワカのアレでやっつけるつもりだったんだし! ていうか、あんな滅茶苦茶な威力だって聞いてないわよ! 何あれ、花火じゃなかったの!? よくもあんなもの作ったわね!!」

「……イヅ、言ってることがめちゃくちゃ」

「言い訳無用!」


 びし、とワカに指を突きつける。


 ふと——顔をうつむけている状態の〈からくり〉に気づき、イヅは改めて全身をくまなく見回した。肩の盾は砕け、関節部分が耳障りな音を立てており、立っているのが不思議なほどの状態だった。


「しっかしまぁ、本当によくこんなオンボロを動かせたわね……」

「オンボロじゃないよ。〈地走じばしり〉だよ」

「え? じば……なんですって?」

「〈地走〉。ぼくの〈からくり〉の名前。格好いいでしょ?」


 その時なぜか、イヅはぽかんと口を開けていた。何かまた変なことを言ったろうかとワカは首を傾げ――結局わからなかったので、素直に聞くことにした。


「ねぇ、イヅ。どうしてそんな顔してるの?」

「……あんたが笑ったからよ」

「え?」

「どれぐらいぶりだろ、あんたが笑ったのって。……まったく、機械いじりで笑顔になれるなんて、ほんと筋金入りだわね」

「褒められてる?」

「馬鹿にしてるのよ。ほんと、ワカの馬鹿!」


 ぷいとそっぽを向かれ、ワカはぱちぱちと目を開閉した。


 イヅは顔を合わせないまま――「……ほんと、しょうがないんだから」


 彼女のその言葉で、ワカはやっと、操縦桿から己の手が外れていることに気づいた。

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