【書籍2巻12/13発売】悪役令嬢ペトラの大神殿暮らし ~大親友の美少女が実は男の子で、皇室のご落胤だなんて聞いてません!~(WEB版)

三日月さんかく

序章

第1話 プロローグ



「ねえ、ベリー。わたくしはあなたが一等大好きですよ。ずっとずっと一緒に暮らしていきましょうね。この大神殿で、ずぅっと」


 わたくしがベリーにそう声をかけると、彼女は自身の長く伸びた木苺色の髪を一房耳にかけて、美しく微笑みました。


「私もペトラが一等大好き。ずっとずっと、一緒に生きようね」


 ベリーは本当に本当に美しい少女です。


 初めてお会いしたときはお互い子供でしたけれど、その時だって『まるで薔薇の妖精か、苺のお姫様のように可愛らしいわ』とベリーに対して思ったものです。

 そして一緒にラズーの大神殿で暮らし、十六歳に成長した今でも、ベリーの美しさは損なわれません。日増しに強くなっているとすら思えるのです。


 夕日が海へと沈む様子が、わたくしたちの暮らす丘の上の大神殿からよく見えました。


 大神殿は白い石で造られていたので、この時間になると壁や柱や床が夕日の色に染まるのです。

 わたくしはそれを見るのが好きで、よくこの時間になるとベリーを誘って中庭に出るのでした。


 じきに紫色の夜が来てしまう前の、じんわりと滲むような橙色の世界の中で、わたくしの親友であるベリーは、今日もこの世のものとは思えないほどの美しさを放って立っています。

 彼女の腰まで届く木苺色の髪が燃えるように輝き、ブルーベリー色の瞳が甘く蕩け、聖女見習いが着る質素な白い衣装が潮風にひらひらと裾を遊ばせるその姿は、控えめに言っても女神でしょう。


 ーーーああ、なんて幸せ。


 衣食住が整い、まだ見習いの身だけれど社会貢献できる仕事があって、心から信頼できる女友達がいて、わたくしはとても幸運です。

 ここに居ればなにも怖いことなんて起こりっこない、とわたくしに思わせてくれます。


 ハクスリー公爵家で暮らしていた頃には感じたことのないこの感情。

 これこそがきっと、安心感というものでしょうね。


「ふふ、ペトラ、すごく締まりのない表情をしているよ」

「ベリーの美しさに見惚れていたのです。あなたの木苺色の長い髪も、ブルーベリー色の瞳も、全部大好きで、わたくし見飽きませんわ」

「私もペトラのラベンダー色の髪が好き。銀の瞳が好きだよ。私たち、両思いってやつでしょう」

「まぁ、嬉しいですわ」


 ベリーが微笑んだまま「ペトラ」とわたくしの名前を呼び、手を差し伸べました。


「そろそろお祈りの時間だね。早く本殿に行かないと、きみのレオがご主人様ペトラを探して吠えているかもしれない」

「もうっ、ベリーったら。レオはわたくしの飼い犬ではありませんのよ? 神殿騎士ですからね、みんなのレオです」

「でも、この間、レオに『私のことも守ってね』と言ったら、『誰がテメーなんか守るか。キメェ』って言われたよ」

「こんなに可愛いベリーに対して、レオは相変わらずですわね……」

「私はレオも好きだけどね」


 女の子にしては大きな手をしているベリーの手に、自分の小さな手を重ねました。

 もちろん「あなたの手は大きいのね、ベリー」なんてことは口にしたりはしません。

 ベリーは女の子にしてはとても背が高く、スラリとしたモデル体型ですが、そのことを本人がコンプレックスに感じていたりするといけませんから。

 自分にはどうすることも出来ない身体的特徴をあれこれ言ってはいけないこと位、わたくしは前世で学んでいます。


 そう、前世。

 わたくしには八歳の頃に前世の記憶を思い出しました。あれはとても悲しい出来事でしたね。


 でも、今はこうしてベリーと一緒に見習い聖女として頑張っているわけですから、あのままハクスリー公爵家で暮らしているよりずっと良かったのでしょう。


「うふふ」

「? なんだか今日はとてもご機嫌だね、ペトラ?」

「ベリーと出会えた幸せを噛み締めているところですのっ」


 わたくしはベリーと繋いでいた手を振りほどき、そのままの勢いで彼女の腕にぎゅうっとしがみついて、頭を寄せました。

 突然の行動に驚いたのか、ベリーの腕の筋肉がわたくしの腕の中で緊張したように固くなります。……ベリーの腕はわたくしのぷよぷよの二の腕とは違い、スラリと細くて羨ましい限りですわね。


「……柔らかい」


 ぼそりとベリーが呟く声が聞こえます。


 同性同士なのだから少し胸が触れるくらい、気にしなくてもいいのでは? と一瞬思いましたが、ベリーのぺったんこの胸元を見て気が付きました。

 もしかして、ベリーには貧乳コンプレックスがあるのでは……?

 わたくしの胸はけしからん感じに育ってしまったので、彼女のコンプレックスを刺激してしまったのかもしれません。


 わたくしは恐る恐る尋ねました。


「……わたくしに腕を組まれるのは、お嫌ですか、ベリー?」

「いやでは、まったく、ないよ」


 ベリーは妙にきっぱりと言います。

 わたくしは胸を撫で下ろしました。

 彼女のコンプレックスを刺激してなくて、本当に良かったです。


 ……そういえば昔の彼女は、こんなふうに自分の意見というものを持たない少女でした。


 食事に楽しみを見いださず、少しの果物を面倒くさそうに齧るだけ。

 眠ることすら必要ないと言わんばかりに、夜通し星を眺めていました。そのくせわたくしの傍では無防備に眠っていましたけれど。


 滅多に声を出さず、無気力で、人形のように無表情だったベリー。


 そんな彼女が今ではこうしてわたくしに打ち解けて、話し、笑い、規則正しく生活しようとしているのですから、彼女の進歩はものすごいものです。


「一緒に聖女になって、ずっとずっと大神殿で暮らしましょうね、ベリー」


 わたくしはまた同じことを口にしました。

 ベリーが柔らかく目を細めます。





 本当はきっと心のどこかで、わたくしはわかっていたのでしょう。

 このままずっと大神殿で引き込もっていることは出来ないのだと。


 だってわたくしはペトラ・ハクスリー公爵令嬢。


 ヒロインである異母妹の恋路を邪魔する悪役令嬢として、この乙女ゲームの世界に転生してしまったのですから。

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