第34話・デルウィークの王
「ようやくお戻りになられましたか? 我が主」
「おまえが余計なことをしてくれなかったら、もうしばらくモレムナイトにいるつもりだったんだがな」
グライフの部屋に黒髪、黒目の若者がぷらりと姿を見せた。グライフが席を勧める前に彼は、グライフの目の前でソファーにどかりと腰を下ろす。
他の者にはこのような態度は認めないグライフだ。彼がこのような不躾な態度を許すのは魔王と、忠誠を誓った目の前の若者のみ。
若者は彼の仕える主にして、この国デルウィークの王であった。デルウィークの王には魔王の血が流れている。そのせいでグライフは彼に使役されていた。
「こうでもしないとあなたさまは、なかなかお戻りにはなられないではありませんか?」
「この国はおまえに預けたんだ。それなのにちょくちょく呼び戻される身にもなってみろ」
「確かにお預かりしておりますが、お忘れですか? あくまでもこの国の王はあなたさまです。十七年前、王太子となった当初は、世の中のことも良く知らない未熟な自分がこのまま王位につくのは恥かしい。見聞を広めたいなどとおっしゃられていたので、他の国への一時の御遊学を許しましたが、その後ものらりくらりとかわされて‥
いつになったら本腰入れてこの国の王としての義務を果たされるのでしょうか? 気乗りしないからといって王という務めを放棄されるのはどうかと思われますが?」
「そのうちにな」
若者は気まずそうに目を逸らした。グライフは呆れたように息を吐き出したが、にやりと笑い話題を変えた。
「あの後、聖女さまとは首尾よく行きましたか? 気を利かせて退出して差し上げたというのに、あなたさまがわたくしの部屋を訪ねてこられたということは、さては聖女さまには振られましたか? ベン」
「グライフ」
先ほど聖女の傍で尾っぽを振って纏わりついていた若者の姿を思い出し、グライフは可笑しくなった。ベンは不貞腐れたように言う。
「あの姿で言い寄れるものか」
「せっかく二人きりにして差し上げましたものを。我が主さまはいくじなしのようで」
「放っておけ」
「今後はどうなさるおつもりですか? 聖女さまは面白いお力をお持ちのようですね。あなたさまの本性を暴かれてしまわれるとは‥」
くすくす笑うグライフに、ベンは眉根を寄せた。聖女は自分が神から授かった力でベンを黒豹の姿に変えてしまった。と、思い込んでいた様だが実際は違う。
ベンはもともと魔族と神の血筋に繋がる者なので、聖女が神からもらった力と彼自身の持つ魔力に拮抗作用が生じて彼の身に振りかかってしまったのだ。それにより本性が露わになってしまったようだ。
本来なら、彼は聖女の力で犬の姿に変えられていたはずなのに、黒豹に転じてしまったのにはそのような理由があった。もちろん、聖女は知るはずもないが。
ベンにかけられたその術は、彼にはすぐに解除出来る。だから今、人間の姿でグライフの前にいるのだが、きっとまた聖女のもとに戻ったら黒豹の姿になるのだろうな。と、グライフには想像できた。
「今後はどうなさるのですか? 聖女さまのペットにでもなるおつもりですか? ベン」
「それも悪くないな」
開き直った若者の態度をグライフはせせら笑った。
「付きまといですか? あなたらしくもない。今まで女性とはそれなりの関係を築きながらも、一線を引いて深く立ち入らなかったあなたが、一人の女性に纏わりついて愛を乞うだなんて。その姿がおがめるとは思いもしませんでしたけどね」
「‥悪かったな。でも彼女は帰してやってくれ。余が戻ったのだからもういいだろう?」
グライフの主は、自分をおびき寄せる為に聖女をこの国へ招待したのだろう。その自分はこうしてデルウィーク国へ帰って来たのだから、彼女をモレムナイトへ帰してやれと言った。グライフは納得しなかった。
「なぜ帰すのです? せっかくお招きしたのに? 彼女をこのままここに留め置けばいいではありませんか? お好きなのでしょう?」
グライフの言葉に、デルウィークの王は悔しそうに顔を顰めた。大切な息子の様にも思う王が、気持ちを露わに顔に出したのをグライフは見逃さなかった。
「そのように思い煩う事はありません。お好きなら奪えば宜しいのです。なにを躊躇っておいでですか?」
「余をそそのかすつもりか? グライフ? なにを企んでいる?」
「企むも何も。我々は魔族ですよ。欲しいものは手に入れる。それだけです」
「違う。余は魔族では…」
「言い切れますか? あのように聖女さまの前で本性を晒していたあなたさまが?」
「黙れ。グライフ」
デルウィークの王は、ソファーから立ちあがった。グライフは忠告した。
「聖女さまはいずれ勇者か魔王さまを選ぶことになります。このままで宜しいのですか? ベルトナルトさま」
グライフは忠告した。ベルトナルトは何かを言いかけたが、何も言わずに立ち去った。グライフはその背に呟いた。
「気むずかしい御方ですね。半分は神の血が混じっているせいでしょうか?」
難しく考え過ぎですよ。と、グライフは思った。この世界は異世界から召喚した聖女に道を託しているが、答えはふたつしか用意されてないわけじゃないのを彼は気付いていた。
「こうなったら一肌脱ぎましょうかねぇ」
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