第9話・あなたに興味はありません




「なんで? 一緒に寝ればいいだろう? さあ、寝るぞ。聖女」


 そう言いながらレオナルドは自分のシャツの胸ボタンを開けていく。ギャランドウを志織に見せつける様にシャツを脱ぐ。


(なんで脱ぐ。剛毛胸毛見せんな!)


「ちょっと。いい加減にして。ここはわたしの寝室なんだから出てってよ」


 レオナルドがベット下に脱ぎ捨てたシャツを拾い上げ、志織は彼に押し返した。


「そんな他人行儀な言い方をしなくともいいだろう? 俺たち夫婦になるんだぞ。今夜は忘れられない夜にしてやるから来いよ」


「遠慮します。結構です」


 レオナルドは志織の腕を引き自分の胸元に押し当てた。体温の熱気を含んだ胸毛が頬に触れて気持ち悪い。志織は男性の胸毛が好きではなかった。毛深い男性も好みではない。それなのにレオナルドは堂々と見せ付けてきて、異性は誰もが胸毛に魅了されると信じているらしかった。


(うわああ。剛毛胸毛が当たる。止せ。止せ~) 



「聖女は堅物過ぎるな。この俺が伽を申しつけているんだぞ。そこは喜んでベットに入って来るところだろう?」


 志織の心の葛藤など知らないレオナルドは一方的に言い放ち、剛毛胸毛から逃れようとする志織の手を掴んで離さない。


(いいいいいいいいいやあああああああああ!)


 志織の心は悲鳴を上げていた。それでも言う事は言わせてもらおうと、その気がないことをレオナルドに伝える。


「わたしはこの世界の者ではありませんから、あなたさまと寝ることに何の興味もありません。ひとり寝が淋しいと言われるのでしたら、その相手をして下さる女性の所へ向かわれた方が宜しいです。わたしはその気になれませんから」


「俺に興味が無い?」


「はい」


「嘘だろう? この国モレムナイトの国王で勇者の俺だぞ? この俺に興味がないだと?」


 志織が断言するとレオナルドはかなり自尊心が傷つけられたようだ。


「まさかお前は俺ではなくて、魔王を選ぶんじゃないだろうな?」


 苛立つレオナルドを無視して、ベットのなかに入りこもうとした志織の腕が引かれる。その手を振り払ったのに彼はめげなかった。


「しつこいわね。もうわたしは寝るんだから。あんたはもう帰って」


「聖女。なぜ分からない」


 ぐいと肩を掴まれて志織はベットに沈められていた。見上げた先で琥珀色の瞳が鋭く輝く。ギャランドウが迫って来る。


「お前は俺のものなんだ。誰にもやるものかっ」


(嫌だ。怖いっ)


 彼の憤りが感じられて、レオナルドから目が離せない志織の唇に勢いよく押し付けられたものがあった。


「……!」


 こちらの気持ちなど思いやることなく押し付けられたものに、志織は抗おうとした。


「ん……んっ、んん……!」


 ようやく唇が離れたと思ったら、首筋を彼の唇が這い彼の手が志織の着ている衣服の裾を捲り上げていた。彼は志織の気持ちなど関係なくことに及ぼうとしているのだ。志織は悔しくなって彼の両足の間を蹴りあげた。


「ぐっ……、おまえ……!」


 レオナルドは志織に蹴られた部分を抑えて蹲(うずくま)る。その隙に志織は彼から離れた。しばらくして落ち着きを取り戻した彼が、


「とんだ女だ」

と、恨みがましく見つめて来る。


「これ以上、痛い目に会いたくなければもうお帰り下さい。それとも人を呼びましょうか? イエセ神官長っ」


「よ。よせ。帰る。帰ればいいんだろう? しかし、お前はなんて可愛げのない女だ。聖女でなかったら、誰がお前の所まで足を運ぶかってのっ」


 レオナルドの暴言に志織はキレた。今まで我慢して来た反動が出たのだ。気がつけば衝動のままに利き手を振り上げ、彼の胸元を力強くむしりあげた。


「痛ててててててててててて!」


(ざまあ!)


 レオナルドが自慢の胸毛をむしられて悲鳴をあげ、涙目になっていた。その顔を見て少しだけ志織は溜飲が下がった。だけどまだ許してやる気にはならなかった。


「悪かったわねっ。わたしだってあんたなんかお断りよ。大体ねぇ、勝手に訳分からない世界に連れて来られて、あんたか魔王を選べってそんなの無茶ぶりでしょう? わたしにだって選ぶ権利があるんだからね。絶対、いまのあんたを選ぶことはないから安心してっ」


 レオナルドの言葉に傷付くほど志織は可愛い性格はしてなかった。志織に胸毛を毟られて啞然としている彼にこれでもか。と、ベット脇に置いてあったクッションをボール代わりに思いきり顔面目がけて投げつけてやる。


「さあ。分かったらさっさと出て行ってっ。この俺様男がっ。早くその見苦しいものをしまいなさいよ。胸毛を見せつけるなんて流行らないから。さっさと出て行け。この勘違い男!」


「おっ。おい……」


 志織の荒れる態度で自らの失言に気が付いたのであろうレオナルドを追い立て部屋から追い出した。


「おい。待てよ。待てっ。俺の話を聞けってば……」


 部屋のドアを何度かドンドン叩かれたが、志織は鍵を閉め彼を部屋に入れようとしなかった。しばらくしてその音も静かになり、志織ははあああ。と、深く長くため息を漏らした。


(もう二度とわたしの前に姿を現わすなっての。勘違い男が!)


 志織の見かけは十八歳高校生でも中身は三十二歳の女。彼女の大人しそうな見かけに騙されたのだろうか? 彼は志織を言いくるめようとしたのだろうが、そうは問屋はおろさない。これで彼の下半身がゆるい事も判明し志織は呆れた。


(なんであいつが勇者なの?)


 勇者は当てにならない。あんなのを選ぶなんてごめんだ。かといって魔王を選ぶのもねぇ……。

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