これも愛のカタチ
アーエル
……烏滸がましい
「ねえ、彼女。もしかして……例の?」
「え? ああ、そうね。……気の毒に」
そんな声が離れた私の席まで届く。
同情される理由は簡単、相手が来ないからだ。
来たとしても、話すら始まらない。
私がこの店に呼び出されるようになってから、このひと月一度も呼び出した相手と時間を共にしたことはない。
彼と会ったのは知人のパーティーでだった。
馴れ馴れしく言い寄ってきたのだ。
そのパーティーはそんな出会いを求める場所ではなかった。
にも関わらず「一目惚れした」と言って付き纏ってきた。
気がついたら、勝手に婚約者にされていた。
侯爵家の次期当主だとかで、権力行使で一方的に婚約したらしい。
しかし、私は相手を知らない。
それ以前に私はすでに婚約者がおり結婚も間近だ。
そのため一方的な婚約宣言の理由を聞くために何度も呼び出しに応じるのだが、話し合いにもならない。
最初のデートは手紙で指定。
それがここの喫茶店。
そのときは五時間も待たされた。
「約束したの忘れててさあ」
それが待ち合わせの場所に遅れてきて開口一番のセリフだ。
もちろん、このときはそのままお開き。
そして肩に手を回していった「これから一夜を一緒に過ごそうぜ」
断ったら「夜は今からだぜ? いいのか?」
ちょうど迎えの馬車が来て、私はそのままその日は別れた。
……何故か、一緒に馬車に乗り込んでこようとしたが、侍女に「遅れて来られなければご一緒できる時間は十分にございましたでしょう?」と断られてさすがに引きさがった。
五時間も遅れたのだから仕方がないだろう。
それからも、遅刻やドタキャンは続いている。
それは手紙が原因だと思われる。
『ひとり寝は寂しい。きみが許してくれるなら今夜きみのすべてを食べたい』
「この手紙が私に?」
「はい。いかがいたしましょう」
「……コピーを。原本は残してコピーをお返しいたしましょう」
「すぐ魔導具をお持ちいたします」
そしてコピーと共に『このようなものを頂いても迷惑です』と一筆書いてお返しした。
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その日、自称婚約者が珍しく二時間の遅刻でやってきました。
「すまない。妹が熱を出してしまったんだ。君が待ってると思ってきたが……また今度にしてもらえないか?」
「私、ここで二時間待ってたんですよ?」
「だから、すまないと最初に言ったじゃないか」
「すまないの一言で終わりですか?」
「……嫉妬か? 見苦しい奴だな。ここまで心の狭い女だと思わなかったよ!」
「その熱を出した妹って何番目? っていうか、あなたに妹はいないわよね。ベッドで足を開いてあなたを待っているのは、淫乱っていうのですよ」
「い、妹を侮辱するのか!」
「事実を申し上げ……」
「黙れ!」
男は私にティーポットを投げつけてきた。
それと同時にフタが飛んで、中の紅茶が私に向かって飛びかかる。
「きゃあああ!」
周りから悲鳴があがった。
私の悲鳴だったら、男の溜飲は下がっただろう。
しかし私は一言も声をあげていない。
真っ直ぐに相手の顔を見ていた。
「レディーに向かって何をやったんだ!」
「違う! これはコイツが!」
「こちらのレディーにティーポットの中身をぶちまけたのは貴様じゃないか!」
「ち、ちがう……」
「違わない!」
オープンテラスが一気に騒然となった。
ここは人気店な上、私はこれまでにも十回ここで待ち合わせをして、九回ドタキャンされてきた。
十回目もドタキャン。
私が嫌味を言っても許容範囲で認められるだろう。
正義の紳士たちが男を地面に押さえつけて騒いでいる。
男は私に救いを求めるように顔を上げたが、私の冷ややかな目を見て助けてもらえないと理解したようだ。
冷めていたとはいえ紅茶をかけて謝罪もなく、責任転嫁をした挙げ句に助けてもらおうなんて……烏滸がましい。
さらに暴れて、大暴れをして、一人の男性が太ももを蹴られて押さえていた手を離してしまった。
その一瞬の隙を見て逃げ出した男は…………
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