第18話 逃走(1)

 グノーム公爵邸の一部が爆発した。公爵邸に映える血の様に赤い夕焼けに負けずと、吹き出す炎が見える。

「シェリル姉、張り切ってんなぁ」


 転移した先はグノーム公爵の直轄地の門の外だった。何かあった時の為に予めメイリーンが仕込んでいたらしい。お陰で戦わずに済んだ。

 今は4人で都市から少し離れた森に隠れ、シェリルを待っている。


「シェリル様、1人で大丈夫でしょうか?」

「シェリル姉は大丈夫だよ」

 ルーベンスはメイリーンの腕を見る。縄で縛られた痕が痛々しい。


「あ、、痕が付いちゃった。後で姉様に治してもらう」

 メイリーンは腕の跡を隠す様に服の袖を伸ばし、少し先にいるアーマンディを見る。アーマンディはネリーに回復魔法をかけている。


「その、乱暴とかされなかった?」

「それは大丈夫だった。でも、捕まった時は怖くて動けなくなっちゃった。動けると思ってたのに、ダメね。私、いっぱい魔法も覚えてるはずなのに、小兄様の足を引っ張っちゃって・・・」

「怖いに決まってるよ」

「シェリル様は1人であの場所に残ったわ。ルーベンス様だって堂々としてた。私は震えていただけよ?最年少で魔塔に入ったって、こんなものよ。結局、私は頭でっかちなだけの使えない人間なのよ」

 メイリーンの目から涙が溢れる。声も震える。我慢出来ず、ルーベンスはメイリーンを抱き締める。身長は同じ高さ。抱きしめるには少し足りない。それでもメイリーンには十分伝わり、大きな声で泣き出した。


「怖かった、怖かったの!」

「うん、もう大丈夫だから」

 その声を聞きつけ、アーマンディも二人を抱きしめる。

「小兄様、ごめんなさい」

「僕もごめんね。メイリーンが無事で良かった」

 メイリーンが泣き止むまで、アーマンディとルーベンスはメイリーンを抱きしめた。



◇◇◇




「アーマンディ様って本当はそんな声なんですね?」

「だって男だしね?普段は魔法で女の声にしてるんだ」 

 アーマンディとルーベンスは地面に出た木の根に座り、一息ついている。あれから念のためにもう少し森の奥に入った。追手の兵が来る様子はない。疲れたメイリーンはアーマンディの膝で眠っている。ネリーも木の幹に体を預け寝ている。

 

「話し方は、変わらないんですね。さっきは男ぽかったけど」

「僕だって空気は読むんだよ?そうじゃないと聖女の役なんてできないでしょ?」

「スピカ様の力を使えるのが『聖女』ですか?」

「そうだよ。そもそもスピカ様は万民を愛す神だよ?男だから力を貸さないって事はないんだよ」



「それが本来の声なんですね。思っていたのより低いですね」

 暗闇から声が聞こえ、二人はその方向を見る。

「シェリル!」

「シェリル姉⁉︎良くここが分かったね」

 気配もなく現れたシェリルにルーベンスは驚く。警戒していたはずなのに。


「アーマンディ様に何かあった時の為に、居場所が分かる魔法を予めつけておいたからな。それで居場所は分かった」

 シェリルはアーマンディとルーベンスの間に目線を落とす。それを見て、ルーベンスは立つ。満足気に座るシェリルを見て、ルーベンスはため息をつくが、シェリルは無視して話を続ける。


「それとグノーム公爵家も兵を差し向ける余裕はないはずだ。公爵邸を少し壊しておいた。護衛として同行してきた騎士達は薬で眠らされてた。起こして逃しておいた」

 シェリルはアーマンディを見る。


「申し訳ありません。フェランには逃げられました。護国水晶玉はやつが」

「大丈夫だよ。中央都市にはアジタート様もいるし、力を注いでいれば大丈夫」

 シェリルは頷き、次にルーベンスを見る。


「ルーベンス、アーマンディ様と二人で話したいんだが?」

「アーマンディ様、メイリーン嬢を預かります」

 ルーベンスはメイリーンを横抱きにする。まったく起きる様子がない、疲れているのだろう。


「アーマンディ様、こちらへ」

 変わらずシェリルはアーマンディをエスコートする。二人が森に消えたのを確認して、ルーベンスはメイリーンの額に口付けを落とした。




 森を少しを歩いていると小さな沼に辿り着いた。沼には三日月が浮かび、周囲には幻想的な光が飛び交っている。沼の近くにある岩にアーマンディを座らせ、シェリルはその前に片膝をついた。

「アーマンディ様は男性だったんですね」

「うん、男の僕は嫌かな?」

「いえ、それは別に。むしろ良かったです」

「良かった?」


 それには答えず、シェリルは当たり前の様にアーマンディの手を取り、その手に口付けを落とす。

「今日のベッドでは、どうするつもりだったんですか?あのまま行けば男とバレていましたよ」

「そうだね。でもそれでも良いと思っていたんだ。僕は僕の気持ちが分からなかったから」

「やるだけやって考えようと?」

「そう思ってた。そうすれば分かるかなって思って」

「随分と適当だったんですね」

「でも今なら分かるよ?」

 アーマンディはシェリルの額にキスをする。額の次は頬。

「お休みのキス、おはようのキス」

 シェリルの手から逃れた両手を彼女の頬にそわせ、その口にキスをする。

「そして愛情のキス」


 いつものキリッとした顔立ちが崩れ、軽く赤くなったのに気付く。こんな顔が見れるのが、僕の特典。そう思うと背中がぞくぞくしてきて、もっと見たくなってくる。


「シェリル」

 だから彼女の耳元で囁く事にした。本来の僕の声で。微かに肩が動いたのが分かったので、嬉しくなる。


「アーマンディ様・・・」

「ん?」

「挑発したのはそちらですよ?」

 シェリルが愉悦を含んだ様に笑う。立ち上がり、岩の上に押しつけられる。


(あれ?僕、襲われる?)


「僕、結婚式までは清い体でいたいなぁ〜」

 両手を抑え込まれ、岩に押しつけられた状態でアーマンディは、愛想笑いを浮かべながらかわいくおねだりをした。


「それは奇遇ですね。私も同じ気持ちでした。さっきまでは」

 そう言いながら、アーマンディの首元にキスをする。くすぐったくて身悶えるアーマンディ。

「でも我慢できない可能性もあるので、約束はしません」


「こんな所じゃ嫌だ!シェリル〜、お願いだよ〜」

「我慢しろって言うんですか?」

「我慢大事!」


 手が離れた瞬間に、脱兎のごとく逃げ出し、岩の後ろに隠れながら、シェリルを覗く。不満げな顔も、自分より大きな背も、力強い腕も強引なところも全部好きだと気付く。

「もうちょっと待って、お願い」

 それだけ告げるのが精一杯で、顔を真っ赤にしながら岩に姿を隠すアーマンディ。その怯えたうさぎの様な姿にシェリルも、ため息を落とすしかない。

「分かりました。今は我慢しましょう。代わりに条件があります」

「条件?」

「1日最低3回はキスしてください」

「3回も?」

「そうです。その日にできなかった分は繰り越しされます。それが嫌なら、今すぐ力付くでヤリます。どちらか選んで下さい」

「それ、選択肢ないよね?」

「初体験が森の中と言うのも良いですね」

「・・キスします」

「では今日はあと2回ですね」

 隠れていた岩から引っ張り出され、抱き上げられ、そしてそのままキスをされる。


「シェリル、僕はあまり良く分からないけど、普通は逆じゃないかな?」

 縦抱っこされ真っ赤になりながらも、アーマンディはシェリルに向き合う。

「アーマンディ様が私を抱き上げるのですか?それは厳しいのでは?私の方が貴方より身長が高いですし。それに人それぞれですよ」

「それぞれ?」

「それぞれの形があって良いのでは?私達には私達のスタイルがあるでしょう」

 その言葉はストンとアーマンディの心に落ちる。


 僕は男だけど、この格好は嫌じゃなかった。皆が謝るから普通ではないだろうと思ってたけど、嫌いじゃない。

 改めてシェリルを見る。騎士服に身を包んだ彼女に揺らぎはない。他の誰が認めてくれなくても、自分達が、愛おしい人が認めてくれるなら、良い気がする。



「シェリル、僕はウェディングドレスを着てみたいんだけど」

「良いですね。私も結婚式に憧れはありますよ。これでも女ですからね。ただ、ウェディングドレスだけは着たくなかったのでちょうど良いです」

「うん、ちょうど良いね」

「ええ」


 そうして3回目のキスをした時には、三日月が湖から消えていた。


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