巡る季節

第21話 婚約破棄を、お願いします

 ピーヒョロロロ⋯⋯ピーヒョロ。

 

 トビの鳴き声が響く私の部屋。

 コロリと転げ落ちたレモンを拾い上げて私はふぅっと息を吐く。落ち着きなさいシュリン。そう自分を慰める。


「ここにあるものは全部、貴方から贈られたものです」


 蜂蜜とレモンは昨日。これは定期お茶会の度に贈られたドレス達。このピンクのドレスとターコイズのアクセサリーは殿下とレモラの婚約発表パーティーで、こっちのは私とあの人の婚約パーティーの白いドレスと真珠のネックレス。

 碧色のデイドレスは観劇の時、若草色の帽子とワンピースは植物園。


 偽りの婚約者を終えた時、あの人に返すと決めていた。


「貴方に貰ったものは全て……宝物なんです」


 騙されている遊ばれている嘲笑われている──としても嬉しかった。

 だからこそ悔しかった。二度と身に着けない。そう決めた、宝物。


「いただいた、この品を⋯⋯お返しします」


 宝物だから。今の私が持っていてはいけないものなのだ。


「ど、うして⋯⋯どうしてだシュリン!」


 今日は青ざめたり泣きそうな表情ばかりするのね。そんな顔をさせたいわけではないのに。


「お話を聞いて、私は貴方が酷い人だと思い込んでいたと分かりました。侯爵家と言うものがどれだけ大変で大切な立場なのかも分かりました⋯⋯私は貴方を知ろうとしていなかったのですね」


 彼は酷く傷ついた顔をする。でもそれは私も同じ。


 だから私は伝えなくてはならない。


「私は⋯⋯アイスティーが好きだと偽りました⋯⋯偽りながら私は、アイスティーも好きになったのです」


 偽りから始まり、偽りを重ねた私達。

 私達は偽り合っていたの。


「偽りは終わりにしなければなりませんよね」


 彼がくれたものは全部、本物の気持ちが込められたとても素敵なものだった。

 それが分かったのだから終わりにしなければ。


 そう告げて「どうか」と頭を下げればあの人は腕を伸ばし私の身体を強く抱きしめて来た。

 強く強く、痛いくらいに抱き締められて私は⋯⋯幸せを感じた。


「嫌だっ終わりにはしない」


 ピーヒョロロ⋯⋯ピー⋯⋯ピ

 空気を読まない、読まなくて良いトビの声。

 まるで私達の会話を止めようとするかの様に聞こえてしまう。

 あの人はトビの声にハッとした様子を見せた後、私の肩に手を置き離れていった。

 私はそれを寂しく思いながらも彼の瞳を見つめた。


「どうしても⋯⋯なんだね。シュリンの気持ちは、変わらないんだね」


 変わらない。これはケジメなのだから。


「シュリンの本当の気持ち、教えて⋯⋯変わらない、気持ちを⋯⋯直ぐには無理だけれど⋯⋯本当は嫌だっ⋯⋯嫌だけど⋯⋯受け入れるように努力するから」


 涙声のあの人。眉目秀麗で紳士的。筆頭貴族だと言うのに驕ることなく柔らかく笑う。皆の憧れの次期侯爵様。そんなあの人はとても泣き虫で少し臆病だ。


 あの人は偽りの最後に本当の姿を見せてくれた。私も本心を見せなくては。


「私は貴方が⋯⋯セリオル様が好きです」


 濡れた瞳を見開いたセリオル様。彼の肩越しに同じように驚いた表情の侯爵様とお父様⋯⋯そして珍しく目を擦っているメデュ。


 名前を呼ぶ。たったそれだけのことなのに私がセリオル様の名前を呼ばなくなっていたと彼らは気付いていた。

 

 偽りの関係では呼べなかった彼の名前。

 私はセリオル様が大好きだ。それが変わらない私の気持ち。偽りから始まってしまった関係だったけど、それでも偽りの中に真実があった。

 だから、もう偽りの関係なんて終わらせよう。

 偽りの婚約者としてではなく、ただ一人の人として。最後は本心を伝える。

 息を呑んだセリオル様が何かを言う前に、私の決意が揺らぐ前に言わなくては。


 もう嘘は要らない。


「だから⋯⋯婚約破棄を、お願いします」

 

 終わらなければ始まらないのよ。

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