第8話 異世界人の兄は困惑しながらも受け入れる。

――異世界で最愛の夫を見つけた。

愛しく大事に守ってきた妹マリリンが、世紀末覇者の表情を浮かべて口にした時……大事な妹の精神状態を心配したのは仕方なのない事だろう。


今でこそ【レディー・マッスル】と言う世界に名をはせるギルドマスターだが、元々マリリンとジャックは公爵家の人間だ。

見目麗しい両親から生まれた兄妹だったし、公爵家として相応しい様々な勉強や礼儀作法を叩きこまれた。無論、互いに婚約者とていたのだ。

ジャックに関しては、婚約者とはそれなりに上手くいっていた方だと思っている。相手がどう思っていたのかは別としてだが。

だが――マリリンの婚約者は、次第に肉体美の美しい……言うなれば、男性的な肉体として女性がときめくような見た目に育っていった妹に、婚約者から婚約破棄を言い渡された。

たかがそれ位ならば、マリリンとてすんなりと了承しただろう。

しかし、元婚約者はマリリンに対してこんな事を口にしたのだ。



『君のような人間が結婚できるとは思わない事だね。だってその見た目……まるで野獣だ』



嘲笑い去っていったマリリンの元婚約者。

純粋なマリリンにとって、それは呪いのように突き刺さった。

確かに、剣を使わなくとも拳一つでブラックベアーやレッドドラゴンを難なく倒し、人の数倍の食事を摂り、日々自分の体を鍛えることが好きなマリリンにとって辛い事だっただろう……。

その上、両親もマリリンの結婚を諦めた。

マリリンもまた、両親から「結婚は諦めて別の道を選べ」と言われた時、少しだけ寂しそうにしていたのだ。

そして、両親から幾らかのお金を手渡されマリリンは屋敷を追い出された。

その事を知ったジャックは書置きだけ置いて大事な妹を追いかけたのだ。



マリリンと再会してからの日々は、とても充実していた。

親友であった冒険者のマイケルとPTを組んで、幾度となく死線を潜り抜けた。

そのうち冒険者として名を馳せるようになり、気が付けば世界屈指の冒険者になり、各国から【英雄】の称号までも手に入れた。

今や【レディー・マッスル】と言うギルド一つで国複数分の財産を持ち、有事の際には優れた冒険者を出すことが出来る巨大ギルドへと成長することも出来た。

そして、ギルドマスターとしてカリスマを存分に発揮し、マリリンが20歳になった今では国王すらマリリンに跪くほどの力を手に入れたのだ。

しかし、そんなマリリンにも憂いはあった。

――恋愛と言う面において、マリリンを本当に愛してくれる男性が現れることが無かったのだ。

故に、マリリンが異世界で夫となる男性を見つけたと言った時には、あらゆる意味で驚きを隠せなかったのは致し方ない事だろう。



「マリリン……」


――本当に実在する人間か?


そう問いかけ様とした時、マリリンは空間魔法から何かの本のような物を取り出し、書類一つない机の上に置いたのだ。



「見てくれ」



その一言にジャックは震えながらページを開くと、そこには愛らしい子供が。

何度もページを捲っていくと子供は成長していき、最後のページにはマリリンと笑い合う少年の姿が。

互いに遠慮などなく、屈託なく笑い合う自然な表情。

少年の年齢は……まだ10歳くらいだろうか?



「マリリン、この子供は?」

「ああ、幼少期からの写真と言うものを相手のご家族から頂いてね。最後に一緒に映っている姿が今の夫の姿なんだが」

「まだ10歳の子供じゃないか!!」



隣で写真を見ていたマイケルは驚きマリリンを見たが、マリリンは「ノンノン」と口にすると本を手に取りニヤリと笑った。



「名はカズマ、17歳の青年さ!」

「それにしてもだぞ!? こんな爪楊枝みたいな細くてなんと頼りのない青年を選ぶなんて」

「その爪楊枝が私の胸を突き破ったのだ!」

「物理的にかい!?」

「異世界人は体そのものがオリハルコンをも貫くような肉体なのか……」



ジャックとマイケルは【カズマ】と言う名の異世界人に恐怖した。

ドラゴンの爪すら通さぬ強い肉体を持つマリリンの胸を突き破り、蘇生し、マリリンの纏う絶対的支配者、世紀末覇者のオーラにも屈さず、屈託のない笑顔を浮かべる異世界人。

マリリンの夫にこれほど相応しい男はいないだろう。

恐るべき異世界人である。



「それで……マリリンの夫であるカズマ様はこちらにはこられていないのか?」



マリリンを倒した異世界人である。マイケルが「カズマ様」と言うのは致し方ないだろう。



「愛しの夫は異世界でまだやるべきことがあるらしい。故に、私はカズマの依頼を受けこちらの世界に戻ってきたのだ」

「カズマ様からの依頼だと?」

「一体どのようなものなんだい?」



話を聞いていた周りのギルドメンバーも集まり、姿勢を正してマリリンの言葉を待っていると、マリリンは空間魔法から机の上に幾つものあちらの世界から持ち帰った調味料や嗜好品等を並べていく。

それら一つ一つ、この世界では到底見ることのできない品であり、ジャックとマイケルだけではなく、その場にいたギルドメンバーですら驚き戸惑いを隠せないでいる。



「こんな精巧な瓶に詰められたものは一体……」

「いや、此れも見てみろ。交ざりっ気のない真っ白な……これは何だ?」



初めて見る異世界の調味料などに驚きを隠せない皆を見つめ、何度も頷きつつマリリンは一つ一つを説明していった。

混じりっ気のない真っ白な砂糖に塩、こちらの世界では高級品である胡椒等、それらの数はとても多い。

途中からマリリンの指示によりお湯とカップを持ってこさせると、マリリンは義母様から教わった通りにパックに入っている紅茶を用意し、ジャックとマイケルに振る舞った。



「――これは!!」

「マリリン、これは一体……」

「驚愕するのも致し方あるまい。だが、私の愛しの夫、カズマの世界ではこれが【普通】であり【誰もが購入できる】ほど資源は豊富であり、文明は我々の想像をはるかに超える程、それこそ説明しても信じられない程に発展している」

「信じられない……」

「そして、これらのアイテムがこちらの世界で幾らの値段になるのか、と言うのが夫からの依頼だ。幸いにして私は異世界に赴いた際に新たなスキルを手に入れることが出来た。そのスキルを使い金額をカズマに報告する為に、一時的に帰ってきたのだよ」



見たこともない、いや、存在するのかも怪しい交ざり気のない調味料。

更に、公爵家であっても飲んだことのない程の美味さのある茶葉。

何よりも、美しくなって帰ってきた大事な妹、マリリン。

ジャックは深呼吸すると、床に散らかっている書類を自分の部屋に運ぶように他の者たちに頼むと、統率の取れた動きで床に散らばっていた書類を持って彼らは出ていった。

そして、部屋に残ったのはジャックとマイケル、そしてマリリンだけだ。



「では、こちらの砂糖を換金してみよう……【換金】」



マリリンが口にすると手にしていた砂糖はこちらのお金に変わった。

先ほどの砂糖は、こちらで言う所の、金貨500枚。

更に、茶葉は箱に入っていたが、そちらは金貨800枚となった。

一般的な市民が一年贅沢に生活するならば、必要な金額は金貨1枚とされている。

つまり、マリリンの夫であるカズマが居る世界では、これらが何処でも買うことができ、幾らでも手に入るアイテムだと分かると、流石のジャックとマイケルも険しい顔をした。



「マリリン、先ほど換金したものは、異世界では幾らでも手に入るといったな?」

「ああ、言ったとも」

「カズマ様は……この世界をどうなさりたいのだ?」



――何か狙いがあるのではないか?

そう思っても仕方ないだろう。

だがマリリンは鼻で笑い「実にバカバカしいな」と笑った。



「だがマリリン、カズマ様が本気を出せば、この世界の食事事情も何もかもが変わるぞ!」

「それこそ、カズマ様のいらっしゃる異世界に戦争を企むものとて出てくるだろう」

「そう簡単にはいかんさ。それに、カズマの事は私が守ると決めているからな。例え相手が何者であろうともだ」



世紀末覇者の笑みを浮かべ、堂々と口にしたマリリンに、ジャックとマイケルは小さく溜息を吐いたが、マリリンの選んだ夫ならば下手な真似はしないだろう……と、思いたい。



「まぁ、安心してくれ。私が今回カズマに依頼されたのは、これらの品がこちらの世界で幾らの値段になるのかと言う調査だ。私が異世界に嫁いだとしても、現状やっていけるだろうし、仮にカズマがこちらの世界に私の婿に来るにしても、先立つものは金だからな」

「もうそこまで話が進んでいるのかい!?」

「だが、そこまで話が進んでおきながら何故マリリンにプレゼントの一つもないのだ!」

「ああ、そうだ! そうだった!!」



大声で叫んだマリリンは空間魔法からカズマが手渡してくれたピンクの包み紙に赤いリボンのついたプレゼントを取り出した。

元婚約者から何もプレゼントを貰ったことのないマリリンにとって、兄やマイケル以外からの男性から貰う初めての……しかも結婚相手予定の相手からのプレゼントだ。

丁寧に包み紙を取り、中を見ると三人が感嘆の声を上げた。

何故ならば――。



「まるで宝石のような……これは何だい?」

「それにこちらの美しいバラ模様の入った四角いものは……」



驚くジャックとマイケルだったが、マリリンは一通の手紙に気が付き、中を読むとホロリと涙を流した。

そこに書かれていた事は――。




『親愛なるマリリンへ。

異世界では大好きな甘いものが口に出来ないのは辛いだろうと思い選ばせてもらったよ。小さな色とりどりの物は、金平糖と呼ばれる砂糖菓子だ。可愛いだろう? 疲れた時にでも食べて欲しい。それと、バラ模様の物は角砂糖だ。マリリンは紅茶やコーヒーに砂糖を入れるのが好きだっただろう? 数が少なくて申し訳ないが、僕の小遣いで買う事が出来た、マリリンへの精いっぱいのプレゼントだ。喜んでくれると、凄く嬉しい。大変な依頼が舞い込んでいる事があって帰りが例え遅くなっても、僕はマリリンの帰りをずっと待っている。どうか怪我や病気などしないよう……身体を大切に。カズマより』



手紙を読めないジャックとマイケルは、涙を零しながらプレゼントを見つめ嬉しそうに微笑むマリリンから聞かされた手紙の内容に、胸を締め付けられた。

どうやら、異世界にいるマリリンの夫は……本当にマリリンの事を大事に想ってくれているらしい。



「ジャック……良かったな」



マリリンに背を向け、肩を震わせて滝のように涙と鼻水を流すジャックは、強く頷いた。

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