第五章――⑥(アリサ視点)
アリサがイーダと知り合ったのは、まだ駆け出しの聖女だった頃のこと。
騎士たちからの篤い忠誠も、無辜の人々からの大きな期待も、当時のアリサには重荷でしかなかった。
どんなにこの世界の未来を知っていても、それを実現させるだけの自信がなかった。
加えて長年培ってきた外見のコンプレックスは、どんなにちやほやされていても消えることなく、逆に陰で悪口を叩かれているに違いないと思い込み、毎日怯えながら過ごしていた。
少しでも不安を紛らわせたくて、周囲の期待に応えたくて、一人でこっそり魔法の練習をしているアリサの前に、イーダが現れたのだ。
ゲームで見たのと同じ――いや、何割増しにも素晴らしい絶世の美男子だった。
なんといっても、アリサの推しキャラはイーダだった。
外見も好みだったが、悲劇のラスボスという役どころに心惹かれた。
妄想の中では何度、苦難を乗り越えてヒロインと結ばれる未来を思い描いただろう。その手の二次創作を片っ端から読み漁ったこともある。
この世界に召喚される前に、移植版で新たにイーダが攻略キャラになったという情報は入手していたが、まさかこれがフラグを立てるイベントなんだろうか。
移植版をプレイしていないことを、この時ほど後悔したことはなかった。
でも、完璧過ぎる美貌を誇る彼と、醜く太った自分とではまるで釣り合わない。
それに、不可抗力とはいえ魔王と密会している現場を見られれば、上っ面のおべっかさえなくなってしまうばかりか、聖女不適格の烙印を押されて強制送還されかねない。
聖女でいることも苦痛だが、それ以上に現実に戻りたくないアリサは、すぐさま逃げ出そうとしたのだが、
「誰も君を否定しない……どんな君でも肯定してくれる……そんな理想の世界を手に入れたくはないか?」
悪魔の甘言が、アリサの足を止めた。
学校ではいじめられてばかりで全然なじめず、不登校をこじらせて引きこもりになり、両親も娘の心の弱さを責めるばかりで理解しようとしない。
何もかもが嫌になって自殺も考えていた時に、この世界に聖女として召喚された。
でも、浮かれていたのは最初だけ。今は先述の通り息苦しくて仕方ない。
「僕はそんな世界が欲しい。誰もが僕の存在を受け入れてくれる世界が。そのためには、君の力が必要なんだ」
イーダは魔王に生まれついたばかりに、いつも日の目を見ない存在だ。
ただ自分が静かに暮らせる場所を欲しているだけなのに、平和な世界を乱す悪役としてしか認識されない。
いっそ死にたいと思うのに、世界のバランスを保つのに必要だからと殺されず封印されるだけで、淡い夢を捨てきれず永遠に苦しむだけ。
イーダを推していたのは外見もあるが、彼の苦悩に共感を覚えたからともいえる。
誰もありのままの自分を受け入れてくれない。理解する努力すらしてくれない。
基準なんてあってないような“普通”の定義に当てはまらないからと、まるで路傍の小石でも蹴飛ばすように排除される、その苦しみがアリサには痛いほど分かる。
もしもゲームとは違う結末があるのなら――聖女と魔王が結ばれる未来があるなら。たとえ恋が実らなくても、イーダが幸せになる未来が手に入るなら。
いちるの望みをかけて、アリサはイーダに協力することにした。
だが、イーダが魔王のままでは行動を共にできないし、姿をうまく消したとしても魔属性の魔力で存在を勘づかれてしまう。
そこで魔物を一時的に従属させる魔法を応用して主従契約を結ぶことで、アリサの聖属性の魔力と同化させて周囲の目を欺くことにした。
まったく予想もしなかったイーダとの物語が始まると、まずアリサは本来の性格を失い、傲慢な振る舞いが目立つようになった。イーダの持つ魔属性に引っ張られて邪悪な思考が支配し、狡猾に立ち回るようになった。
イーダも相容れない聖属性と融合したことで美しい姿を失い、真っ黒な影としてしか存在できなくなった。
聖魔同士が契約を結んだことによる様々な弊害は生じたが、二人は女神の使徒にすら悟られることなく計画を進めていった。
二人はシナリオの進行通りに歴史をなぞるふりをしながら、世界の管理者を気取る女神の力を削いでいった。
代行者たるアリサを通じて、徐々に搾取していったのだ。
途中で女神に気づかれて逃げられたが、彼女と二人の力が逆転する日は近かった。
彼女が――ハリが、あの侍女の体を依り代に召喚されるまでは。
ハリが来てからというもの、計画は大いに狂った。
アリサの行き過ぎた嫌がらせが裏目に出て、使徒たるユマを完全に敵に回してしまった。
そして、ついカッとなって本性を暴露してしまい、イーダとの繋がりも騎士たちにバレてしまった。
遅かれ早かれこうなることは予定されていたとはいえ、計画がさらに狂ったのは言うまでもない。
だが、イーダもアリサも今さら歩みを止めるわけにはいかなかった。
予定より早いが、レドの神殿を乗っ取って秘跡石を我が物とし、そこから世界に穢れを撒くことにした。
アリサの聖女の資格が失われていない以上、神殿への侵入は恐ろしいほどスムーズに進んだ。
神官たちの目を盗み、女神の力が宿る秘跡石の元へたどり着くのも容易だった。
しかし――
「あら、随分遅かったわね。あなたたちの行方が掴めず、グズグズしてた私たちの方が早いなんて、ちょっと余裕ぶっこき過ぎじゃない?」
ユマと騎士たちを引き連れたハリが、そこで仁王立ちで待ち構えていた。
まるで自分がヒロインだと言わんばかりに憎らしい姿に、アリサは唇をかんだ。
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