第五章――④(ユマ視点)

 ハリを送ってきたキーリが合流したのち、ユマは事の次第をすべて話した。


 騎士たちの反応はそれぞれ違ったが、目立った反発や混乱はなく、おおよそ受け入れているように見えた。

 ……あれこれ論じる気力も湧かない、というのが正解かもしれないが。


「理解はできたが、にわかには信じられないな」

「だよねぇ。ボクたちがアリサ以外の聖女と何度も一緒に戦ってたっていうのも、いまいいちピンとこないし、そもそも女神様は何がしたいの?」

「それは俺も聞かされていない。俺が聖女を誘導しないようにとの配慮だろう」


「女性の秘密はむやみに暴くべきではないけれど、今回に限っては気になって眠れなくなりそうだ。まあ、アリサに害がなければ僕はなんだって構わないけれどね」

「そこは同感だが、ユマでも想定外のことが立て続けに起きてるんだ。歴史を動かしてる女神様ご本人から事情を聞かないことには納得しかねるぞ」


「俺も接触は試みているが、なんの返事もない。御身が無事なのは確かだが、イーダがアリサに深く関与している以上、力を封じられているか隠れざるを得ない状態なんだろうと思う。ハリがいるなら、アリサを探し出し奪還することは可能だろうが……」


 彼女の名前を出すと、さっきの傷ついた顔を思い出して胸が痛む。

 正しいことを言ったつもりだ。だが、余計なことも言ってしまった。


 どうして愚かなどと言ってしまったのか。

 魔王の介入は不測の事態だったし、杖のすり替えに気づかなかったのは自分の落ち度だ。それに、そもそも誘導は騎士たちに任せて自分が傍を離れなければ、彼女は傷つかずに済んだ。

 杖を持たないアリサは脅威ではないという先入観が、ハリを危険にさらした。彼女だけが悪いわけではない。


 むしろ彼女の言った通り、アリサたちは杖が失われたと信じ慢心しているだろうし、結果的によい方向にまとまったのだから問題はないはずだ。


 しかし、もしあれが肩ではなく心臓を直撃していれば、確実に命はなかった。

 最悪の事態を想像したら、平静など保てなかった。

 軽率な行動を叱責したこと自体は教育係として正しい行動だったと思うが、あんな風に責める言い方をする必要はなかったはずだ。

 自己嫌悪の念にかられる。


「ユマ、さっきからため息ばかりだな」


 何故かニヤニヤと笑うルカに指摘され、今まさにため息をついていた自分に気づいた。


「すまない。これからどう動くべきか悩んでいて――」

「いやいや。今後のことなんかこれっぽっちも考えてないだろ」

「そうそう。頭の中は“誰かさん”のことでいっぱいなのはバレバレだし」

「色恋が禁じられている使徒の君が焦がれるとは、よほど魅力的なんだろうね。その“誰かさん”は」


 ロイもリュイもキーリも、生暖かい笑みを浮かべながら茶化してくる。

 それほど分かりやすく顔に出ていたのか。だが、この気持ちを悟られるわけにはいかない。

 表情を引き締め、なんでもない素振りで首を振る。


「……下種な勘繰りはやめてくれ。少し言い過ぎたことを反省していただけだ」

「反省、ね。それは一部事実だろうが、お前の顔には『嫌われたらどうしよう』ってデカデカと書いてあるぞ。こういうのは素直になった方がいい」

「使徒っていっても人間だしね。どんなに己を律していても、本能的な欲求には勝てないこともある。むしろ、今まで何人もの聖女と出会いながらも色恋に溺れなかった、君が鉄壁の理性に心底敬服するよ」


「そうだな。何度も違う聖女に忠誠を誓い、何度も恋をした俺たちは、アリサを含めた彼女たちに対し不誠実だったことになる。だが、ユマは数多の聖女の中からたった一人を選んだんだ。これぞまさしく、運命の恋というものじゃないのか?」

「ユマはずっと一人で頑張ってたんだし、女神様だって許してくれるよ。ダメって言われたらドラゴン化して暴れてあげるから安心して」

「待て待て、それは安心できないパターンだろ!?」


 きっちりと否定する暇もなく、みんな勝手に盛り上がっていく。


「そ、その話はここまでだ。本当に時間はないし、今後の方針について決めるぞ」


 わいわい騒ぐ騎士たちに静かに言い放つと、彼らは肩をすくめつつ口をつぐんだ。

 とはいえ、これまでにない出来事にユマも戸惑っているし、相手の出方か居場所が分からない以上、こちらから手の打ちようはない。

 だが、ハリの力があればアリサの魔力を辿るなり、同じ異世界人として彼女の思考を読むなりできるかもしれない――


「随分にぎやかだったけど、何かいいことあったの?」


 開けっ放しになっていた食堂のドアを軽く叩きながら、今まさに思い浮かべた彼女が入ってきた。

 血がべっとりと付いていた服は着替えていたが、出血のせいか少し顔色はよくない。


 先ほどのこともあって目を合わせづらく、思わず視線を逸らす。


「非常事態ではあるが、落ち込んでばかりもいられないからな。切羽詰まった時こそ些細な笑い話で心を安定させる必要がある」

「ふうん。男同士でどんな卑猥でただれたエロトークをしてたのやら」

「ボクたちそんな話してないよ! ユマの――むがっ」


 自分の名前を出されたユマが冷や汗をかいた瞬間、リュイの口をロイが塞ぐ。

 ハリはきょとんと目をしばたかせていたが、「ああ、失敗談を肴にしてたのね」とプスッと噴き出した。

 都合よく解釈してくれてほっとしつつ、和んだ空気を利用して声をかける。


「それよりどうしてここに?」


 思ったより不機嫌そうな声になってしまい再び焦ったが、ハリは気にした様子もなく、あっさりとこう言った。


「ふふ、よくぞ聞いてくれたわね。アリサたちの居場所を見つけたの」

「「「「「は?」」」」」


 男五人の声が見事に揃った。

 騎士たちにはできるだけ簡潔に事実や経緯を伝えたが、質問や補足でかなり長話になり、結局トータルで一時間以上は話し込んでいた。


 しかし、この世界のどこかにいるアリサたちを探し出すには、あまりにも短い時間だ。

 ハリが有能なだけならいいが、無理に力を使ったのではないかと心配になる。

 素直に訊けばいいものを、気まずさゆえに沈黙を貫くユマに代わってルカが口を開く。


「ありがたい情報だが、無理はするなよ」

「別に無理はしてないわ。イーダの性格や行動パターンは知ってるから、そこから絞り込んで索敵すれば簡単に見つかったもの」

「例のゲームとやらの知識か。アリサも物知りだと思ったが、お前もすごいな」

「本当にすごければ、今頃こんなことしてないわ」


 謙遜というより自嘲の色を濃くにじませ、ハリは苦笑を浮かべた。

 きっと彼女なりに責任を感じ、失敗を取り返そうとしてやったのだろう。


 ユマが突き放すような言い方をしたのも引き金の一つかもしれない。

 泣き暮れず言い訳もしない潔さは美徳だが、その強さが眩しくも危なっかしいと感じてしまう。


「で、その場所なんだけど――なんと、レドの丘よ」


 女神を祀る神殿の総本山がある場所だ。

 彼女自身がそこにいるわけではないが、そ子に建つ神殿には“秘跡石”と呼ばれる特殊な石があり、女神の力を世界に行き渡らせるパイプの役割を持つ。

 その大元が汚されれば、世界に悪影響が及ぼされるのは目に見えている。


 以前もイーダはレドの神殿に侵入し、女神の力を削ごうとしたことがあった。

 ハリはそれを知っていて候補地に入れたのだろう。


「多分、女神様はアリサとイーダが共謀してるのを察知して、どこかに潜んでるんだわ。あの二人はレドの神殿を乗っ取って世界を乱すことで、女神様が顔を出すのを待つつもりかもしれない」


 まるで名探偵のように淀みなく推理を展開するハリ。

 その冴え冴えとした横顔につい見惚れそうになるが、自分を律して眉間にしわを寄せる。


「ユマに啓示を与えないのは、ご自分の動きを悟られたくなかったからね。私をわざわざ別の体に召喚したのも、単に使い物にならなかったからってだけじゃなくて、アリサの目をごまかすためだったのかも」

「まさか、ハティを拾わせたのは女神様のお導きだったと?」

「うーん、それはどうかしら。私が憑依したあとのハティなら分かるけど、アリサがハティを拾ったのはその前だし。どっちかというと、たまたまハティの体が私の魂と適合したって線じゃない? ちょっと境遇が似てるところあったし」


 語尾にわずかな寂しさを滲ませ、ハリは言う。

 おそらくよくない部分が似ているのだろう。


 彼女の生い立ちを聞いたことはないが、以前話したハティの過去にいたく心を痛めている様子だった。あれは同情や憐憫ではなく、共感だったのかもしれない。


「とにかく、レドの丘に急ぐべきね。確か使徒なら、神殿に直通の転移魔法陣が使えるでしょう?」

「あ、ああ。この人数ならまとめて転移できるだろう」


 唐突に話を振られて驚いたが、平静を装って答える。


「じゃあ、さっそく行きましょうか。神殿の警備は厳重だけど、アリサは顔パス状態だろうから、何も知らない神官たちが危ないわ」

「だが、お前の体調が万全じゃないだろ」


 ユマも感じていた危惧をロイが口にしたとき、ハリは「うるさい」と低い声で一喝し、テーブルを力いっぱい叩いた。


「私の心配よりアリサの心配をしなさい。あなたたちが忠誠を誓ったのはアリサでしょう。このままあの子が大罪人になるのを黙って見てるの? まだアリサは踏みとどまれる地点にいるのに、そのチャンスをふいにする気?」


 こんな時でもハリは強情だ。でも、今はただの強がりではない。

 本当にアリサの身を案じている。それが分かるだけに、誰も反対の声を上げられなかった。


 アリサを大事に思う気持ちとハリへ気遣い、どちらを優先すべきかと悩む騎士たちを睨むように見据えるハリの横顔は、青白いのに凛とした意志の強さを感じさせる。

 でも、それは薄氷の上に立つような脆さをはらんでいた。


 本音を言えば、彼女をベッドに縛り付けてでも休ませたいところだが、聞きわけのいいタイプではないのはすでに分かり切っている。


「分かった。すぐに支度をしよう」


 そう言ってユマが立ち上がると、騎士たちからは咎めるような、それでいて申し訳なさそうな視線が向けられる。


「だが、魔法陣を起動させるのには少し時間がかかる。休めるうちに休んでおけ」


 ハリはほっとしたように表情を緩めたが、ユマがさりげなく釘を刺すと少し憮然とした顔をして目を逸らした。

 ……そういうところも可愛いと思ってしまったのは秘密だ。

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