聖女様にいじめられていたら、大大大推しと急接近したんですが~ていうか私”も”聖女ってどういう意味?~
神無月りく
プロローグ
私は横山
真面目だけが取り柄の派遣社員。生きがいは一人カラオケと乙女ゲーム。
寂しいぼっちオタクでございます。
顔面偏差値はギリギリ平均値……というのは見栄で下の上がせいぜい。小さい頃の誉め言葉は「賢そうな子だね」の一択、といえば察してくれるだろう。
合コン? 婚活? リアルの男に興味はありません。
四苦八苦して三次元の男に媚を売るより、ボタン一つで二次元の男にチヤホヤされる方が楽でいい。後腐れもないし。
正社員? 資格? ゲームと睡眠の時間は一分たりとも削れません。
オタクの悲しい性で、一度プレイしたゲームはフルコンプするまでやめられない。課金はお財布事情と応相談だが、やると決めたら生活費を削ってでもやる。
意識高い系の趣味も興味ないし、ファッションにお金をかける気も毛頭ない。
地味で根暗なオタク喪女。それが私のアイデンティティだ。
その開き直り方から陰に日向に散々陰口を叩かれているが、社会人としてのTPOをわきまえているので文句を言われる筋合いはない。
そんなフリーダムな生き様の私を両親はとっくの昔に見放し、年の離れた妹(血が繋がってるのか疑うくらい才色兼備の優等生。もちろん非オタのリア充)を溺愛している。
だから、私が死んだとしても誰も悲しまない――と常々思ってはいたが、それでもいきなり殺されるのはごめんこうむりたかったのに、どうしてこうなったのか。
「ぶぎやああっ……!」
これまで感じたことのない激痛が走り、女子としてあるまじき悲鳴が漏れる。
我ながらなんて下品な悲鳴だと思うが、取り繕っている余裕などない。
なにしろ腹のあたりに刃物がぶっ刺さっている。
美しい波紋の日本刀だ。模造品ではない、本物の刀。美術展や骨董展で特等席に飾られていそうな名刀だが、それが体温と共に流れ出てくる血で染まり、禍々しいオーラを放っている。
目の前が赤いのは今が夕暮れ時だからか、それとも私が流した血のせいか。
どうしてこんな目に逢っているのか、流血で意識が遠のいていく中、ゆっくりと時間が巻き戻っていく。
面倒臭い正社員に絡まれてながらも無事に仕事を終えた私は、年甲斐もなくスキップでもしそうなルンルン気分で退社しようとしていた。
今日はずっと楽しみにしていた『聖魔の天秤』という乙女ゲームの発売日なのだ。
ビジュアルノベルとやり込み型RPGの融合作で、異世界に召喚された現代女子高生が女神の代行者“聖女”となり、選ばれしイケメンの“騎士”たちと共に、“魔王”が招く世界の危機に立ち向かうというありがちなストーリー。
元々スマホゲームだったタイトルだが、『無課金でもエンディングまで遊べる』というキャッチコピーで幅広いユーザーから支持を受け、和洋折衷の独特の世界観も相まってコミック化やアニメ化もした人気作。
それが大幅なシナリオ増量や攻略対象の追加など様々なバージョンアップが施され、携帯ゲーム機用ソフトとして移植された代物である。
私はスマホ版で全シナリオをコンプリートしたが(そこに至るまでの課金額は秘密)、非攻略対象だった大大大推しキャラのルートが開通した事実を知り、購入を即決した。
ポチッと予約ボタンを押して、すでにダウンロード済み。
午前零時からプレイ可能だったが、やり始めたら貫徹の自信があったから自重した。ゲームのせいで仕事を休むのは、三十路のすることではない。
そのフラストレーションを払拭すべく、今日だけは節約のための自炊をやめて、コンビニ飯を頬張りながら久しぶりに『聖魔の天秤』の世界に浸るべし。
そう思って会社のエントランスホールを通りかかった時……その事件は起きた。
帰宅ラッシュで混雑する中、竹刀袋を抱えたジャージ姿の男が自動ドアから入ってきたかと思うと、警備員が制止する間もなく袋の中からむき身の日本刀を取り出し、狂気じみた表情でそれを振り回し始めたのだ。
不当解雇か個人的な怨恨か……彼が何故この会社を訪れ暴れているかは分からなかったが、殺傷能力の高い武器を振り回すイカれた男相手には、警備員も迂闊に近寄れないみたいで、警察の到着を待つしかない状態だった。
早く帰りたいのにとか、どうして今日に限ってとか、いろいろと苛立ちは湧き上がるが、私も奴に立ち向かうだけの勇気も根性もない。
死んだら『聖魔の天秤』がプレイできなくなる。
仕方なくエントランスの隅っこでおとなしくしてようとしたが……突然背中をドンと押されてたたらを踏み、日本刀男の前に押し出された。
正気を失いギラつく目が私を捉え、理性の箍が外れた狂気の笑みが浮かぶ。
逃げろと本能は叫ぶのに、恐怖で凍り付いた思考と共に、足もすくんで動かなくなる。
その瞬間を狙ったかのように、男の白刃が私の腹を突いた。
そして今に至る。
焼けつく痛みに襲われながら、漠然とこの傷じゃ死ぬなぁと悟った時、私の脳裏に浮かんだのは家族のことではなく『聖魔の天秤』のことだった。我ながらあきれるほどの乙女ゲー魂だ。
ああでも……ずっと楽しみにしてたのに……プレイできないなんて辛すぎる。
「ユマ……」
愛してやまなかった推しキャラの名前が口をついて出るのと同時に、刺さっていた刀が勢いよく抜かれてさらに血が噴き出し、エントランスの床に倒れ伏した。
崩れ落ちる瞬間、遠くで誰かが私の名前を呼んだ気がしたが、あっという間に意識が暗転して何も感じなくなってしまった。
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