第85話

 アオイは影に潜んでもらい、お披露目はまた今度にする。今朝のお披露目はキャンピングカーだ。


「われわれはゴーレムに乗り込んでいるか、ゴーレムに食べられているのか」

「コータ、怖いこと言うなよ」

「消化器官ないから食べません」


 ゴーレムの頬あたりを開けるより、口を開ける方が自然だ。歯もないし、かまれることもない。


「長い時を経たゴーレムは魂が宿り、夜な夜な人をくらうなんて、怪談話ないの?」

「僕は知らないな」


 エイコが寝ている間に、クリフとコータが仲良くなっている。ケンカするよりはいけど、ちょっと寂しいので、帰宅したらカレンにネタ提供しようと思う。


「では、出発です」

「テンション高っ」

「エイコ。出発する前に約束をしよう」


 目をしっかり見つめて、クリフが語りかけてくる。


「道以外は通らない。はい、復唱」

「道だけ通る?」

「人及び、人が乗っている物に遭遇したら止まる」

「止まる」

「困ったら僕を呼ぶ。起こしてくれていいからね。一人で判断しない」

「困ったらクリフに丸投げ」

「はい、よくできました」

「待て、いろいろダメだろ? どこがよくできてる?」

「コータ。試乗実験に問題はないつきものなんだよ。多くを求めてはいけない」


 ガーゴイルを作る前からゴーレムの変遷を知っているクリフは、理解のあるよい彼氏だ。


「注意事項が、試運転する側の人に偏ってないか?」

「彼女を心配した結果だよ」

「あーうん。タイヘンですね。職業彼氏さん」


 ボソボソ会話していた二人が乗り込み、座ったのを確認してから動かす。キャンピングカーゴーレムは八本の足を使って進み出した。


「あんまり揺れないな」

「獣車より乗り心地がいい。オトナシが命令を出すだけで運転しないのも安心材料だ」


 後部座席で二人の語る声が聞こえてくる。コータがいなけれぼ、エイコとクリフが並んで座る予定だったのに、クリフは後ろに下がってしまった。


「サイキは降車希望? 移動中に人を落とす機能が必要みたいね」

「誤作動したら困る機能はつけない方がいいよ」

「勇者は丈夫そうだから、実験するのには良さそうだわ」

「そんな特異な実験をしても汎用性は得られないぞ」


 そんな言い合いをしていてら、後部座席の後ろにある小さなドアを開け、クリフがいなくなってしまう。


「これだけ揺れないならなんか作ってるよ」


 ドアが閉まっていくのを、エイコは見つめていた。


「クリフさん、なんか機嫌悪い?」

「料理作りたくなっただけだと思うけど」


 野外でちょこっと料理するだけでは、満足できないのだろう。職業スキルは使わないでいると、使えと主張してくるかまってちゃんみたいな感覚がある。


「サイキはないの? かまってちゃんスキル」

「どんなスキルだよ、それ」

「使いたくてうずうずする感じ? 戦闘職だと、それで通り魔みたいな殺傷事件が発生するらしい?」

「あー、オレそばに人がいないとダメなのその影響かも。オレ対人スキル多いからな。戦闘はダメだけど」


 鑑定が対人特化で、ウソのわかるスキルがあるのはエイコも把握している。コータの様子からすると、他にも人に作用するスキルがありそうだ。


「じゃ、サイキ周囲見て。道なりには勝手に進んでくれるから、止めなきゃいけなくなったら声かけて」


 時間があるならエイコも作りたい。特に、昨日覚えたばかりの自動人形を作りたかった。


 席替えして、エイコは収納アイテムから材料を出す。まずはレシピ通りに作って、それから買い取った材料を使わせてもらう。

 後ろのドアの向こうの方が広さはあるけど、今はクリフの邪魔をしない。邪魔しないで待っている方が、美味し物を食べられるはずだ。




 集中して作業していたせいか気づけばクリフがそばにいて、コータがあきれた目を向けてくる。


「ダンジョンに到着しました。だいぶ前に」


 何度呼んでも返事してくれなくて、困っている間にクリフが出て来たらしい。作り終わるまで待つしかないと、二人でお茶をしていたそうだ。

 冷たくてほのかに甘い花の香りがするお茶を、クリフが出してくれる。


「エイコは何を作ったの? 身代わり人形?」

「家事人形? 教えたら、料理とか掃除とかしてくれるはず。なので、お願い」

「僕に僕のライバルを育てろというのか」


 悲しそうな顔をクリフは作る。


「人形に性別はないよ。一応、女性型だし」


 胸も尻もないけど、くびれはある。


「それなら服着せよう。メイド服がいいと思う」


 コータがメイド服推しを始めた。ここの世界観的にもコータの趣味的にもミニスカートよりロングスカートがいいらしい。エプロンは白以外はダメだと熱弁する。


「家に帰ったら発注する」


 メイに。


「服はいいとして髪どうしよう。アオイの鬣使ったらベリーショートくらいになるかな?」

『ヤー』


 影から出てはこなかったが、叫ばれた。


「ザルバーツならカツラ屋あるはずだから、従魔はいじめてやるな」


 カツラ屋でいいのがなければ、糸屋や毛を扱っていそうな店を見てまわろうと代案を出された。


「奴隷商で髪だけは売ってくれないかしら?」

「手入れされていない髪は汚いよ。期間奴隷なら、髪を売るのを強要できないから売ってくれても安くはないんじゃないかな?」

「人毛反対。その内髪の毛が伸びる怪談人形になりそうだからやめとけ」


 エイコはじっとコータを見つめる。


「サイキは怪談話好きなの? 嫌いなの?」

「夏の風物詩だとは思うが苦手になった。この世界の夜、暗過ぎて怖い」


 夜営すると顕著に暗さがわかる。街の中でも、暗いところが多くて、闇が深い。何か潜んでいてもわからないくらい、光の当たらない所が多かった。


「確かに怖いね。明かりの大事さを実感するわ」


 明るければ何でもないことが、見えないほど暗いというだけで恐怖に変わる。ダンジョン周辺は少しひらけているからまだマシだが、木々で月明かりや星明かりすら遮られた森の中はより闇が濃く、足がすくむ。


 煌々とライトに照らされた部屋で見るホラー映画は平気だったが、この世界の怪談話は知りたくない。たぶん、話の内容と似た環境が整えば眠れなくなる。

 闇を見通す目なんて持っていないから、何かあるのではないかと疑えば、ずっと闇を怯え続けてしまう。


 ただ、ゴーレムと自動人形を作った身としては、物が動く事に対して怯えるのはどうかという気持ちもある。たぶん、闇という環境効果がダメなのだろう。


「わたしに着物が作れるなら、サイキが寝ている側にそっと市松人形ぽい自動人形を設置できたね」

「ガチでやめろ! この世界の人に共感をえられない上に、オレだけが異常に怖いわ」

「そこは強がるとこでは?」

「市松人形は動かなくても怖い。動いたらもっと怖い。そんなもんにムダな強がりはしないしさ」


 ネタでもやるなよ。と、何度を念押しされてしまった。ちょっと思いついただけなのに、信用がなさすぎる。


 休憩は充分に取れたので、お茶が飲み終わるとダンジョン攻略に向かう。七層までしかないダンジョンなので、半日も有れば攻略がすんでしまった。

 メダルを集めに、もう一度攻略に向かう事にする。最短ルートで二周目の攻略を終えると、クリフは夜ご飯の準備を始めた。

 コータは一人でリアルタイムアタックに挑戦するそうで、ゲームしている気分を味わいたいらしい。


 エイコはそんな事には付き合わないし、料理の手伝いはやんわりとお断りされ、ガチャボックスの前に陣取る。

 優しいのはガチャだけだ。そんな事を思いながらガチャしていると、自動人形の素材がよく出るし、別バージョンのレシピも出る。

 基本レシピがあるせいか、一/一〇レシピですぐに集めることができた。自動人形もゴーレムと同等くらいには種類があるのかもしれない。




 昼間に夜の闇は怖いと話したせいか、本日の夜営場所はダンジョン内になった。

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