第8話 泡沫の夢1
それは鳴神未空が死んでから一年後。
璃空が中学一年生のころの話である。
「あ……」
「……」
家を出てすぐ、偶然会ってしまった璃空と花梨
しかし、二人は特に何も話すわけでもなく別々に学校に向かう。
先を行く璃空の背中を何か言いたげな表情で見つめる花梨に、璃空が気が付くことはなかった。
この頃の璃空は、姉の死から立ち直ったものの、姉を救えなかった後悔から自分を責め続け、誰かと関わることを避け、常に力を求めている不安定な状態であった。
そんな璃空に花梨の心配する声が届くはずもなく、二人の関係には亀裂が入っていた。
◇
「おーい、鳴神」
そんなある日、廊下を歩いていた璃空を呼び止める男がいた。
それは璃空の担任である雅号隆元(がごうりゅうげん)だった。
呼び止められた璃空は不機嫌そうに見える顔で口を開いた。
「……何ですか?」
「……何ですか?じゃねえよ、このバカ。お前が用意してほしいって言った物、用意してやったぞ」
「ほ、本当ですか!?」
可愛げのない璃空の頭を軽く叩きながら、隆元は男らしい笑いを浮かべて、校舎裏を指さした。
隆元の一言に、璃空は久しぶりに目を輝かせ、校舎裏に走って行った。
「おい! 廊下を走るんじゃねえ!! ったく……」
廊下を歩く生徒を躱しながら駆け抜けていく璃空に、声を荒げて注意する。
しかし、その顔は何となく嬉しそうな表情だった。
入学してからずっと難しい顔をしていた教え子が初めてあんな顔を見せてくれたことが嬉しかったのだ。
「それにしても、あんなもの何に使う気なのかねえ……」
◇
校舎裏にやって来た璃空。
そこには校舎の一階と同じ高さの巨大な岩石が置かれていた。
璃空は、なるべく硬くて壊れにくい物が用意できないかと隆元に聞いていた。
今の自分には壊せないであろう物を相手にすることで、自身の力をさらに強くすることを考えていた。
隆元なら何かしら用意してくれるかもしれないと考えていたが、まさかここまでの物を用意してもらえるとは思っていなかった。
心の中で隆元に感謝しながら、どんな岩なのか軽く叩いて確かめる。
璃空は、その岩が想像以上の頑丈さと重さがあることが分かった。
「それにしても、どこでこんな岩を手に入れたんだか」
自分で頼んだとはいえ、こんなものをどこで手に入れたのか非常に気になるところではあるのだが、それはひとまず横に置いておくことにした。
「さて、やるか」
一先ず、現状の自分の力を確かめるために、自分の今の全力を岩に向けてぶつけようと考えながら、岩から離れ、正面から向かい合って深呼吸をする。
空気を全身に巡らせるのと同時に、霊力も全身に巡らせる。
すると、璃空の身体からは雷撃が迸る。
雷撃を纏い、圧倒的な力で敵を討ち滅ぼす。それが璃空の能力、『十六ノ雷塔(エテメンアンキ)』だった。
璃空は、纏った雷撃を全て手に集中させ、それを槍へと変化させていく。
その雷槍を、身体強化を施した全身全霊で岩に向けて投擲する。
しかし、槍は岩に直撃すると、霧散してしまう。
「……やっぱり、上手くいかないか」
亡くなった姉が使っていた技を模倣した技なのだが、自身の全霊力を使用しても上手くいかないことに肩を落とす。
一体何が間違っているのか。聞こうにもそれを聞く相手はこの世のどこにもいはしない。
それに、その技が完成したところでこの岩が壊せる確証もない。
結局、今の璃空のままでは、この岩を壊すことは不可能だという現実を突きつけられただけだった。
「……はあ。帰るか」
霊力を使いきってしまった璃空は、敗北感に押しつぶされながら大岩に背を向けて、その場を立ち去る。
その頭の中では、どうすればあの大岩を壊せるのかを必死に考えていた。
◇
翌日、璃空は再び大岩の前に立っていた。
いつもと同じように深呼吸をして、霊力を全身に巡らせる。
そして昨日とは違い、璃空は雷撃を腕に纏わせ、同時に身体強化も行った。
全霊力を使用した未完成な雷槍の投擲では一撃で終わってしまい、鍛錬としては全くもって無意味である。
そこで、璃空は少ない霊力でこの岩を壊せないかと考え、腕に雷撃を纏わせて殴るというシンプルな方法にたどり着いた。
単純な考えではあるだが、少ない霊力でこの岩を壊せるだけの破壊力が出せるようになれば、戦いの幅は格段に広がるはずだ。
璃空は拳に全神経を集中させ、大岩を殴る。
雷撃は大岩に触れた瞬間に轟音を鳴らすとともにはじけ飛び、光が飛び散る。
「……か、かてええ」
しかし、大岩はほんの少し欠ける程度で大した変化はなかった。
自身のやろうとしていることが途方もないことだと実感する。
「でも、多少は砕けたんだ。行ける気がする……!! 今度は身体強化よりも雷撃に霊力を回して──」
璃空は自分ならできると励ましながら、試行錯誤して岩に雷拳をぶつけ続ける。
その様子は、瞬く間に校内中に広まり、璃空はあっという間に噂の人物となってしまうのだった。
◇
「ねえ、聞いた? 校舎裏の……」
「あれでしょ? 大きな岩をずっと殴ってる男子」
「そうそう! 何かの儀式なんかね?」
「さあ?」
教室で窓際の席で固まっている女子グループの会話が聞こえてきた花梨は顔をしかめる。
その岩を殴っている少年に心当たりしかなかった。
空き時間、璃空が一人で黙々と岩を殴り続けていることは当然知っていた。
しかし、そんな璃空にかける言葉が思いつかない花梨は、こうしていつも通りの生活を送っていた。
「って、花梨? 聞いてた?」
「え? あ、ごめん……」
「最近よくぼーっとしてるよね。何かあったの?」
しかし、どれだけ平然を装うと、いつも一緒にいる友人にはバレてしまうものである。
小学校からの友人である九侑里摩美(くゆりまみ)は、花梨のどことなく暗い表情に何か引っかかるものを覚える。
「え、えーっと……ほ、ほら、あの子!」
花梨は友人に心配をかけたくない一心でどうにか話題を逸らそうと、一番前の席で眠っている少女を指差す。
「ん? あー。篠宮さんか」
「うん。いつも休み時間に寝てるから気になっちゃって」
話題を逸らすために、彼女のことを利用してしまったのは少し気が引けるが、彼女のことが気になるのは本当のことだった。
彼女の名前は篠宮沙織(しのみやさおり)といい、休み時間になるたびに、電池が切れたように机に突っ伏して眠りについていた。
休み時間に眠ること自体は別に何も悪いことでもないし、花梨も眠い時はよくそうしている。
だが、彼女の場合は誰かに声をかけられたりしない限りは、昼食も食べずにずっとそうしているのだ。
そんな姿を見てしまうと、さすがに気になってしまう。
「まあ、確かにね。でも、お昼食べないのー?って聞いても、眠いって言って寝ちゃうんだよね」
九侑里は困ったように首をすくめて、お手上げだと言わんばかりに両手をあげる。
「そう、なんだ……」
彼女の言葉に、花梨は眠り続ける沙織の背中を見ながら、何かできることはないかと考えるのだった。
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