キミの為にが僕の為
ガタガタと揺れる荷馬車の中で、俺は出来るだけスペースを取らないようにと、小さく身体を丸めて座っていた。
「何だ兄ちゃん、怖いのかい? 膝なんか抱えちまって」
隣に座っていたおっさんが話し掛けてきた。
「……はは」
全然そんなことはなかったのだが、全く緊張がないワケでもない俺は否定はしなかった。
「そんなに怖いのに、どうして志願なんかしたんだよ?」
「俺、こう見えて医者なんです。軍医が死んでしまって、治療できる人がいないと聞いて」
「あぁ、それじゃあんたが村の怪我人を治療してくれた医者か! それで今度は村の奪還にまで……そうだったのか。いやぁ、若ぇのに立派なもんだ」
「あなたは、どうして志願したんですか?」
なんとなく答えは予想できたものの、俺はこの酷い馬車の揺れから気を散らす為に会話を続けることにした。
「俺はムーア村の生き残りなんだ。怪我はしなかったからあんたの世話にはならなかったがな。必ずクソモンスター共に奪われた村を奪還する」
「村を……」
「ああ、あそこは先祖代々の土地なんだ。女神の加護を受けた土で作られた作物は、世界中に流通されている。実際、この領土の繁栄の何割かはうちの畑が担っているはずだぜ。聞いたことねえか? ムーアポテトとか」
「いやあ、俺は流れ者なので、あまり詳しくは……」
「そうか! この作戦が上手くいってお互いに生きてたら、山ほど食わせてやるぜ!
「そうですね……必ず」
なるほど、一口に村などと言うからただの集落かと思っていたが、領地の経済に関わる重要拠点だったワケだ。
……少し安心した。正直なところエリアスの話を聞いて、難民の食い扶持を減らす為の口減らしで特攻させる作戦なのではないかと思っていた。そんな非情な作戦をあの領主やエリアスが良しとするイメージがどうしても持てなかったのだ。
「……まぁ、仮にそうだとしても、俺が誰も死なせない」
「何ぶつぶつ言ってんだ? 緊張すんなよ兄ちゃん! 俺達のやることなんて、騎士様達が後ろを取られないよう、モンスターの気を引いて時間を稼ぐくらいなんだから」
「え、ええ……ところで、さっきムーアの土は女神の加護を受けてるって言ってましたよね。そんな聖なるものっぽいところに魔物が寄り付くもんなんですか?」
「昔は兄ちゃんの言う通り、モンスター共を退ける力が備わっていたらしいんだがよ。繰り返し使われる内に、その魔除けの力だけ衰退していったらしい。そうなったら罰当たりな言い方かもしれねえが、強い魔力の宿った土地だ。却って化け物を呼び寄せちまうんだそうだ」
「魔物は……強い魔力に引かれる……」
何やってんだ、クソ女神。崇拝してくれる信者を脅かしてどうする。仕事しやがれ。
「どうにかしてその魔除けの力を戻せないんですかね?」
「どうだろうな……エレノア様の遣いでも降臨されればあり得るかもしれねぇ。俺達の祈りが届けばだがな」
……なるほど、ね。これも俺の仕事か。
多分俺には出来る。村に行って、その魔力とやらに触れれば。
何だかあのクソ女神の掌で転がされているようで癪だが、いいだろう。
あの女神の名誉の為などでは断じてないが、やってやろうじゃないか。
それで救われる人がいるのなら、それで彼女が、喜んでくれるのなら。
「着いたみたいだぜ! 気合入れろよ!」
おっさんが俺の肩を叩く。気が付けば、荷馬車の中、外がざわついている。戦闘開始だ……!
「行くぞっ! 多対一は避け、確実に一体ずつ処理していくんだ!」
エリアスの鬨の声が聴こえた。
……彼女の性格上、志願した民間人がなるべく被害を受けないように、先陣を切るはずだ。
「……やっぱり!」
外を見ると、エリアスが奇襲を仕掛け、二体目のゴブリンを切り伏せたところだった。既に一体転がっているゴブリンには目をくれず、三体目と向き合う。
「何だ、ありゃ!? 豚が二足で走ってる!」
そんな彼女に向かって走ってくるモンスターを見て、俺は思わず声を上げる。
190センチはある真っ黒な巨体に、豚の頭が乗っている。
「ありゃ、オークだ!」
そうか、ゴブリンとオークの混成部隊とか言ってたもんな。
走りざま手に持っていた農具をエリアスへと振り下ろすオーク。
その一撃を捌き、反撃するエリアスの剣を、オークは素手で受け止めた。そのまま血まみれの手で刃を握り込む。
「!」
驚いた表情のエリアスに、そのまま反対の手に持った農具を振り被るオーク。
「待てコラ……! 誰の女に手を出そうとしてんだ!!」
怒り心頭に発した俺は、一瞬で馬車からオークの背後まで瞬間移動した。
空中でオークの側頭部に蹴りを入れる。
「指先に集めた魔力を……刃のように……鋭く……!」
俺が腕を振ると、エリアスの剣を掴んでいた手が腕ごと地面に落ちる。
今度は右手に集めていた魔力をオークの頭部に注ぎ、爆発させる。
「エリアス! 無事か?」
俺が声を掛けると、エリアスが言いつけを守らなかった子供を見るようなジト目になった。
「誰が……キミの女だって?」
「……の、予定だ」
「全く……馬車で民間人を守れと言ったろう。まぁ、キミが聞くワケないとは思っていたが」
「お、嬉しいね。俺のこと分かってくれてて。それに、お互い様だろう? 真っ先に突っ込みやがって」
「ふん……!」
そう言って立ち上がったエリアスが俺の後ろに回り、背中を合わせた。
彼女が背中を預けてくれるのが、嬉しいし、誇らしかった。
俺が以前、頑なに避けていた軍医への志願。及び兵としての戦闘。
その全てを自ら望むようになった理由は、実に単純だ。
「始めるぞ、タイト……すぐに片付ける!」
「ああ!」
俺の背中を守っている、エリアス・スクエアに惚れたからだ。
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