夏 百合乃婦妻と夏休み

31 R-推し薦められたい今日この頃


 学生にとって、真夏が迫るにつれて近づいてくる最大の楽しみと言えば、夏休み。

 しかして長期休暇の接近は同時に、学期末の定期考査だの成績表配布だのという、憂鬱の種の接近をも暗示しているものである。



「由々しき事態だよぉ……はい、あーん」


「由々しき事態ね……あぁー」



 VR実習の授業を終えての昼休み、蜜実と華花は眉間にしわを寄せながら昼食を口にしていた。


「お、期末試験の話?」


 具体的な日程も発表され、にわかにその存在感を主張し始めた悪魔の行事には、さしもの百合乃婦妻も頭を悩ませてしまうものなのだなぁ……なんて考える未代。


「でも華花は別に、成績悪くは無かった気がするんだけど?」


 とは言え、去年一年の付き合いから華花の学業成績が中の中と中の上の間くらいで推移していることを知っていた未代からしたら、由々しき事態、などと大袈裟に言うほどなのかとも思ってしまう。

 ……ちなみに未代自身は、さりげなく何でもそつなくこなせる人物であるので、期末試験も特に心配はしていなかった。


「なに、いちゃつき過ぎて学生の本分が疎かになっちゃった系?良くないなぁ、そういうのは」


 からかうような言い草に、されど華花はかぶりを振る。


「いや、筆記テストはまあ良いんだけど……」


「問題は成績そのものなんだよぉ……」


 期末考査だけでななく、総合的な学業成績の話。


「……?……お二人共、特に問題は無いように思いますけれど……」


 突発的な百合災害を引き起こすことは度々あれど、授業態度自体はそこまで目くじらを立てるほど悪いものではなく、また提出課題等もしっかりこなしている。

 二人の様子を殊更つぶさに観察していた麗の視点からは、さして心配するような点は見受けられなかった。


「まあ、大体の科目は可もなく不可もなくだと思ってるんだけど」


「いっちばん大事な科目が、問題ありありなんだー」


「大事な科目?」


 それは、これまでの二人の人生において重要なウェイトを占めてきたものであり。そしてこれからの二人の進路にも大きく関わってくる、一つの科目。


「私たち、そのまま百合園ソノジョの大学部に行こうと思ってて」


「VR関連科への推薦を狙ってるんだけどー」


「ええ」



「「……このままだと、VR実習の成績が……」」


「「……あ、あぁー……」」


 揃って顔を顰める華花と蜜実の様子に、麗と未代もまた、得心がいったというように声を揃えて頷いた。



 [HELLO WORLD]歴七年超。少しずつ八周年も近づいてきたかのゲームセカイで、最初期から第一線級の廃人として名を馳せてきた百合乃婦妻。その中の人である華花と蜜実が、VR実習という授業において学業成績の心配などする必要があるのだろうか。


 ……それが、あるというのだからままならない。


「アンタら、単独行動になると途端にキレが無くなるからね……」


 最初こそ、未経験者に経験者を当てがって慣らす、という名目でペアでの行動が多かった和歌教導のVR実習であるが。流石に授業内容の全てを二人一組で行う、というわけではなく。

 ……いや、華花と蜜実の正体を知った和歌は内心、一度本気でそれを考えたこともあったのだが。


 いくら何でも、二人の生徒のために私欲で授業計画を変更するなど、到底許されることではない。よって、和歌にとってはまさしく断腸の思いで、VR実習は当初の予定通りのプログラムで進行することと相成った。

 彼女曰く、このことが仕事における最大のストレス要因であるのは、最早言うまでもないとのこと。


「それでも、成績は良い方ではあると思うのですけれど。推薦となると……」


「そうなんだよねぇー……」


 無論、これまでに培ってきた経験、技術、知識等は二人の心身に染み付いている。故に、理論上最適な動き、高く評価されるであろう行動自体はよく分かってはいるのだが。


蜜実ミツが一緒じゃないっていうのが、どうにも……」


華花ハーちゃんがいないと、思うように動けないんだぁ……」


 最愛の人が隣にいない。

 それだけで――否、ただそれが為に、アバターカラダの動きが、思考が、どんよりと鈍ってしまうのである。


「何とかしないと、とは思ってるんだけど」


「これがなかなかねぇー」


 このままでは、二人のVR実習の成績は良くて中の上程度。VR科への推薦入試を狙う武器としては、些か心許無いと言うほかないだろう。


「……うーん。でも正直、百合乃婦妻ですーって言えば推薦通るような気もしなくもないけど」


「勿論、そこもアピールするつもりではあるけど」


「それはそれとして、成績も大事だよねぇ……」


「学業成績は、勤勉さや研究への適性判断においても重要と聞きますからね……」


 学外活動も勿論、選考における大きな指標となり得るが、だからといって学校での授業を疎かにしていいというわけでは決してない。


「取り敢えず、今期末の実技試験は何とか捌いて」


「夏休みの課題でブーストしてー」


「来期までには何とか、解決策を見付けておきたいところね」


 他の科目と同じく、VR実習でも用意されているであろう夏季休暇中の課題。

 ゴリゴリのハロワ廃人である和歌の性質からして、おそらく何かしら実戦形式のものを出してくるのではと予測している華花と蜜実は、そこで高評価を得て、最終的な年度末の成績考査の一助にしようと考えていた。


 そして可能であれば夏季休暇中に、少なくとも授業程度の内容であれば好成績を収められるように、単独行動中のパフォーマンスを改善する……


「「……やっぱり無理な気がしてきた……」」


「いやいや」


 改めて、二人にとっては考えただけでも気が重くなることであった。



「……そもそも単独行動ってなに」


「ソロってなにさー……」


「皆一人で何をやってるの……?」


「なんで一人でいても平気なのー……?」


「ストップ。その発言は全国の独り身を敵に回すことになるから」


「お二人は、本当にずっと一緒に過ごされてきたんですね……ぁぁ、ィィ……」


 澄まし顔で悦に入る麗の言葉に、蜜実と華花は懐かしむようにして目を細める。憂鬱な問題を前にして見せるその表情は、さながら死期を悟り思い出を辿る老婦婦のようであった。


「そうだねぇ……」


「そもそも、ゲーム始めて最初に視界に入ったのが蜜実ミツだったし……」


「キャラメイク終わってー、『初期地点フリアステム』にスポーンしてー、そしたら華花ハーちゃんと目が合ったんだぁー……」


 その時の情景を思い起こし、寄り添い合いながら、二人は机に突っ伏す。


「ねぇ、あの時どんな話したか、覚えてる……?」


「もちろんだよ、ずーっと忘れないよー……」


 アバターカラダは今と変わらねど、実際なかみはまだ幼く。ただ一目見て、かわいいと、きれいだと思ったあの日の出会い。



「『あ、あのっ。私、ハナって言いますっ』」


「『えっと、わたしはミツだよぉ』」


「『ミツ……ミツちゃん、って呼んでもいい?』」


「『いいよー。じゃあわたしは、ハナちゃんって呼ぶねー』」


「『……、あのっ、ミツちゃん!』」


「『なぁにー?』」


「『私と、その――おともだちフレンドになってくださいっ!』」


「『――うんっ。わたしも、ハナちゃんとおともだちになりたいなー』」


「『やったっ。じゃあ、これから、よろしくお願いしますっ!』」


「『ですとかますとか、つけなくてもいいよー。おともだちなんだから』」


「『そう?えっと、じゃあ、よろしく』」


「『よろしくねー』」



 机に頬を付け、至近距離で見つめ合いながら、唐突に思い出の一幕を再現しだした華花と蜜実。


「……なんだこれ」


「ご存じないのですか?これこそが、人類の至宝です」


「あ、そう……」


 二人揃っての、来たる成績考査からの現実逃避に、未代は呆れ。

 麗は超人的な反射速度でデバイスを取り出し、一連のやり取りを記録していた。

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