29 V-仲人VS友人代表


 ノーラの装備とハナ、ミツの衣装コスチューム制作をヘファに依頼してから、しばらく経った日のこと。


 工房で完成した装備の受け渡しを済ませた後、ヘファは百合乃婦妻に連れ立って彼女たちのプライベートルームへと向かっていた。


「なによ……折角希望通りの衣装を作ってあげたっていうのに……」


 今日も今日とてシャツにツナギな赤髪の鍛冶師は、ぐちぐちと恨み言を垂れながら、ハナとミツの少し後ろを付いて歩く。


 モノを渡して、そのまま自宅にお呼ばれなどするものだから、てっきり撮影会(ハナとミツが互いに写真を撮り合ったりしてるだけである)を間近で見られるのかと最初は期待に胸を躍らせていたのだが。


 悲しいかな、それもつかの間の出来事。同様に招待されているらしいもう一人の客人の名を耳にした時から、その顔は不機嫌に歪み、眉間にはこれ見よがしに皴が寄っていた。


「なんで、あの女なんかと顔合わせなきゃなんないのかしら……」


 そんなヘファの呟きにミツは内心申し訳なく思いながらも、しかし苦笑しながら、件のあの女・・・に放った言葉と同じことを彼女に対しても言ってのける。


「別に、どうしても嫌ならいいんだよぉ?その時はエイトちゃんにだけ話すことになるけどー」


 ヘファにとって、またエイトにとってもこの上なく有効なその台詞に、何とも嫌そうな表情を浮かべながら、渋々といった態度を隠そうともせず、ヘファは二人の後を付いていった。




 ◆ ◆ ◆




 道すがらエイトにも今一度連絡を入れ、三人は程なくして百合乃婦妻のプライベートルームへ。応接間のテーブルに腰掛けて待つこと少し、来客のアナウンスと共にエイトも二人の家へと辿り着いた。



「…………」


「…………」


((うわぁ、滅茶苦茶不機嫌そう……))



 六人掛けのテーブルの一面、家主の二人と向かい合うようにして、しかし示し合わせたように真ん中の一席を開けて座るヘファとエイトにハナとミツは苦笑しながら顔を見合わせた。


 致し方ないとはいえ、面倒だなぁ……などと思いながらも、二人は客人たちにわざわざ呼び出した理由を話し始める。


「えっと、無理言って来て貰ってごめんねぇ。でも、どうしても直接顔を合わせて話しておきたかったから」


「結構大事なことだから、どっちが先に、とかそんな話になるのも嫌だったし」


 二人にとってはヘファもエイトも、出会った時期こそ違えど、この世界で色々と良くして貰った友人であり、出来るだけ優劣を付けたくはなかった。だからこそ、馬が合わないと分かっていても、今回ばかりはこの場に集まって貰ったのである。


「……何、そんなに大事な話なわけ?」


 素っ気ないように聞こえて、実のところ心配と期待の混じったヘファの声にエイトは、


(オイ、言葉遣いに気を付けろよ)


 という台詞が喉元まで出かかったものの、女神様方の御前で取り乱してはなるまいと、どうにかそれを飲み込んだ。


 そんな二人の心の内に(面倒なので)気付かぬふりをしながら、ハナとミツは遂に、それを口にする。



「……実はわたしたち……」


「少し前に、偶然、リアルで出会っちゃって」


「なんやかんやで、今は同棲してるんだー」



 カミングアウト。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 のち、沈黙。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」



「…………ぐすっ……」



((な、泣き出した……))


 ヘファは泣いていた。

 幸か不幸か、感情の機微に応じて落涙すらも再現する[HELLO WORLD]のクオリティの高さが、彼女の正直な反応を如実に曝け出してしまっていた。


(遂に出会えたのね……!良かった……本当に良かった……!!こんなにめでたいことは無いわ……!!)


 その心の内では、感動と祝福の言葉が嵐の如く飛び交っており。


「……ふーん、ぐすっ……まあ、良かったんじゃないっ、ずびっ……」


 口の端から漏れる台詞からは、最早素っ気なさの塗装などほとんど流れ落ちつつあった。


「……あ、うん。まさか泣かれるとは思ってなかったわ……」


「は?っ、泣いてないし、すんっ……」


「いやどう見ても」


「しーっ、ハーちゃん。本人が泣いてないって言ったら泣いてないんだよ」


「……そ、そうね、泣いてないわね……」


 予想外の反応を示すヘファ、それに慄くハナとミツであったが、その一方エイトはというと。


(やはり同じ文化圏に住んでいましたか……)


 一見、冷静であった。


「ふふ、お二方がいずれ現実でも邂逅する……わたくしは以前からそう信じておりましたよ」


 何せ女神である。それが二柱。ユーザーネームや言動からして恐らく同郷。であればもう、いずれ相まみえるのは必然ですらあるだろうと、エイトは以前から本気でそう考えており。

 今日この日はそれが証明された。ただそれだけのことであった。


 勿論、何よりも喜ばしいことであるのは疑いようもない。


「ようやく『約束の日』が訪れた。祝いましょう、今日という救世の夜明けを」


 何がどう救世なのか。『約束の日』とは何なのか。その答えはエイトのみぞ知る。或いは答えなど特にない。

 冷静なようでいて彼女の思考はぶっ飛んでおり、しかしいつもこんな感じだという意味では、やはり冷静だと言えなくもないのかもしれない。


「……えーっと、まぁ、それだけと言えばそれだけなんだけど」


「二人にはいつもお世話になってるから、話しておこうかなーって」


 その、ハナとミツの締めの言葉は耳に入っていたのかいないのか。静かながらも狂気的な喜びに浸るエイトは、二人に対して問いかける。


「して、現実世界での婚姻はいつになるのでしょうか?差し支えなければぜひ、こちら・・・と同じくわたくしに執り行わせて頂きたいのですが」


「え!?いや、まだそういうのは考えてないっていうか……!」


「そ、そうだねー!追々ね、ねー!?」


「うんうん、追々ねっ!」


 さり気無く、追々結婚したいという旨を表明した華花ハナ蜜実ミツであったが、突然の爆弾発言にテンパっていたためお互いに気付くことはなかった。


「その時は手伝ってあげるから、ちゃんと声かけなさいよ」


 多少落ち着きを取り戻したヘファも、二人がリアルでも結ばれるのは当然であるかのような発言をする。エイトもヘファも、こちらのセカイでの二人の婚姻に深く関わっており、またその役目は仮想世界だろうと現実世界だろうと誰にも譲るまいという、確固たる意志を持っていた。


「……女神様方の手前、静観しておりましたが……」


 ……しかしそれはそうと、手伝ってあげる・・・などというヘファの物言いは、ハナとミツを崇め奉るエイトにとっていい加減我慢ならないものだったらしく。


「先ほどからのお二方に対する不遜な態度……相変わらず、粗野な女ですね貴方は」


「はぁ?ヤバい宗教女よりはマシでしょ?」


「……相も変わらず、我らが教義の素晴らしさを理解出来ていないとは……やはり、女神様方の婚姻の場に携わるには相応しくないのでは?」


「……こっちでの結婚式、友人代表のスピーチ誰がやったか知ってる?」


「ええ、よく覚えていますとも。みっともなく号泣してスピーチになっておりませんでしたからね」



「……チッ」


「……アァん?」


 もうバチバチであった。



「ま、まぁまぁ、落ち着いてー」


「ほら、その時の写真でも見て、皆で振り返らない?ね?」


「その後はー、ヘファちゃんが作ってくれたお洋服で撮影会しよ?ねぇ?」


「「ねー」」


「「…………」」


 二人して宥めながらもハナとミツは内心、やっぱり同席させるべきじゃなかったかなぁ……と後悔したとかしなかったとか。

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