06 V-それはそうといつも通り


「ハーちゃん、はい、あーん」


「あーん」


「おいしい?」


「最高。次ミツの番ね。ほら、あーん」


「あー」


 さっきまでの初々しさはどこへ行ったのか?

 そんなものは現実世界においてきたのである。


「どうかな?」


「しあわせ~」


 当然のように最終下校時刻ぎりぎりまで指を絡め合っていた二人は、帰宅し手早く諸々のことを済ませ、こうして今[HELLO WORLD]はプライベートルーム内で再び相まみえていた。


「次はどれがいいー?」


「うーん、ミツの指、とか?」


「もー、それは倫理コードに引っかかっちゃうよー」


「ふふ、そっかそっか」


 ゲーム内での食事はそれこそ仮想のもので、実際にお腹が満たされたり栄養が補給出来るわけではないものの……精神的充足という点においては、現実世界でのそれにも決して劣らないものであった。

 少なくとも、自分で口に運ぶという行為を完全に放棄してしまっているこの二人にとっては。


 ……一応言っておくと、ハナもミツも、別に現実での生活が悲惨だとか、やたらと重いバックボーンを抱えているとか、仮想現実のセカイに逃避しているとか、そういうことでは断じてない。

 単純に、度を越していちゃついているだけである。


 和洋も中華もSFもファンタジーも異世界ゲテモノも隔たりなく、アイテムボックスから取り出しては、餌付けする親鳥が如く相手へと差し出す。


 古より伝わりし決闘デュエル、『ターン制あーんバトル』というやつであった。



「はい、あーん。あ、そういえば昨日の賞金と賞品、送られてきてたよー」


 バターの香るクロワッサン。


「あーん……今回も確か、例年通り一等級鉱石だっけ。ミツ、口空けて?」


 パスタに擬態した巻貝のソテー。


「あーんっ、そうだよー。悪くはないんだけど、なんかもう見慣れちゃった感じもするよねー。ハーちゃん、次はこれどうぞー」


 どう見ても手羽先にしか見えない根菜の甘辛煮。


「あむ。装備の鉄部分は一通り一等級化しちゃったし、どうしたもんかしらね。ん、これはどう?」


 七色の輝きと幾何学模様が目に鮮やかなカップマフィン。


「ん~おいしーっ。これ以上金属面積を増やすと、動作効率が落ちちゃうしねー。じゃあお返しに、こっちー」


 足の本数が左右で違う甲殻類めいたモノの素揚げ。


「独特の味ね、これ。海老?」


「むしー」


 訂正、甲虫類めいたモノ。


「虫かー。取りあえず、彼女のところに持って行ってみましょうか。面白いもの作ってくれるかもしれないし」


 結局、今日のあーん対決デュエルも決着がつかず。

 食後の膝枕(今日はハナが枕だった)を堪能したのち、二人は比較的初期のころからお世話になっている鍛冶師の下へと向かうことにした。


「なんならまた指輪……だと芸がないから、ネックレスでも作ってもらう?」


「髪飾りとかもいいかもねー」


 主にこの二人のせいで、件の鍛冶師はいつからか工芸師としても知られるようになっているのだが。




 ◆ ◆ ◆




「というわけで、お揃いのネックレスとヘアピンでも作ってもらおうかと思って」


「来ちゃいましたー。やっほー」


「アンタらねぇ……」


 百合乃婦妻が居を構える最大自由都市『フリアステム』。その工業区内でも一、二を争うほどの腕前と評判の鍛冶師(兼、工芸師)ヘファは、あまりに勿体ない二人の言葉に、頭が痛くなるのを感じた。


 鍛冶場の炉が如く燃え上る赤髪を一本の長い三つ編みにまとめた、少女と大人の境目に立っているような風貌。

 髪と同色の瞳を湛えるその目尻は、少しするどめなハナよりもなおつり上がっている。目の前のバカ婦婦ふうふがバカなことを言ってきたものだから、尚更に。


「どこのセカイに、エンチャント度外視で、よりにもよって一等級でヘアピン作ろうとする輩がいるってのよ」


 メッセージによるアポイントメントののちやってきたハナとミツおとくいさまを、自身が経営する武具屋の奥、応接室に迎え入れたところまでは良かったのだが。


「[HELLOこの WORLDセカイ]にだけど」


「……普通はいないっつってんの」


 ところがしかし、並んで座り込んだ二人の口から飛び出してきたのは、先のような世迷言。これでも少しは名の知れた鍛冶師として、それは到底認めがたい発言であった。

 ……工芸師(本人は頑なに認めようとしないが)としては、多少興味がないこともないのだが。


「えーでも、一等級の重量で髪飾りサイズだと、重心軸に0.5%以上の影響が出るかもしれなくて―」


「なんか面倒じゃない?」


「そういう問題じゃないでしょうが……」


 何せ一等級鉱石である。

 とある例外を除いて、最大の情報容量を誇る、市場に流通する鉄鉱材の中では間違いなく最高品質の一品。これを余らせているのなんて、それこそ上位数%帯の廃人中の廃人か、使い方を致命的に間違えているこのバカ婦婦ふうふくらいのものだろう。


「じゃあ何か、おすすめの使い道とかない?」


「……いっそ、盾を全面金属化でもしたら?その方がまだ、有意義な使い方ってもんでしょ」


 そんな二人の適当っぷりを揶揄するように、ヘファが言う。

 ハナが普段使っている小さな盾『霊樹れいじゅ防人さきもり』は、希少樹木種から削り出した一枚板を、可能な限り薄くした一等級鉱石で縁取ったものである。

 素材の希少性の割にエンチャント等はほとんど付随していないが、とにかく軽くて頑丈。木材の柔軟性により、盾自体がある程度の衝撃を吸収してくれるという優れもの。彼女がこの盾を愛用しているのも、ひとえにその取り回しの良さに惹かれてのことであり。


「重金属の塊を持って戦えと?」


 重量過多な全面金属化など、以ての外であった。


「『比翼』の方だって丸ごと一等級でしょうが」


「こっちは愛の結晶だから」


「ああそう……」


 ハナの愛剣『比翼』、そのつがいとなるミツの『連理』を打ったのも、何を隠そうこのヘファである。


「だったらミツのレイピアは?」


「うーん、レイピアとしての取り回し方とかー、パッシブのこととかー、利き手じゃない方みぎてで持つってことまで考えると、一等級の重量はちょっとしっくりこないかなー」


「まぁそうよね、言ってみただけ」


 様々な試行錯誤の末、五等級鉱石と七等級鉱石の合金によって作られたこの『五閃七突ごせんななつき』もまた、ヘファが自ら手掛けたもの。ミツの言い分は端から分かっていて、取りあえず口にしてみただけであった。

 というかなんなら、これまでのハナとミツの装備のほとんどに、彼女は関わっているのだが。それが故に彼女の製鉄、武具作製技術は、名が通るほどにまでなったのである。


「うーん……やっぱしばらくは、素材として持っておいた方がいいのかな」


 そのヘファをして良い使い道が思い付かないのならと、二人がストレージの肥やし行きを考えたところで。


「……さっきネックレスがどうとか言ってたけど」


 半分冗談であった先の言葉を掘り返す発言。


「作ってくれるのー?やったー」


「いや、ネックレスっていうか……こう、チョーカー状の防具とかは?」


「「……チョーカー?」」


 お互いの首元に手を這わせながら自らの首を傾げるという、器用なことをやってのけるハナとミツ。


「昨日の決勝戦見てたけど、二人とも首狙われてたじゃない?だから、そこを守るために」


 しかしそこは旧来からの知人。ヘファにとっては、二人が急に目の前で乳繰り合い始めるのももう、すっかり慣れたものである。昨日も実はS席で観戦していたのは、ここだけの秘密。


「ピンポイントメタっぽく感じなくもないけど……」


「弱点を守るのは重要でしょ」


「それは一理あるー」


 ハナとミツは、防具において何よりも機動力を重視している。

 胸当てや指抜きグローブの手甲部分、タイトブーツの底面、長めのスカートを留めるベルト、その他ボタンや細かい金具部分などは一等級鉱石を用いているが、そもそも服装のベースは全て白い布地。春用に薄手の長袖にしているため肌の露出自体は少ないものの……首部分にあるのは、ただの襟。ザッツアおしゃれポイント。


 言われてみれば弱点丸出しであった。

 ちなみに、夏場になると半袖になりスカートが短くなる。


「いつも通りの要望オーダーなら、素材もそう使わずに作れるし。余った分は取っとけばいいわ」


「チョーカー、チョーカーか……」


「うーむー……」


 考え込むハナとミツ。もちろん想像しているのは、チョーカーを付けた相手の姿。


「「……あり」」


「記念的な意味でもいいんじゃない?一応、毎回何か作ってたわけだし」


 第一回及び二回の優勝商品で武器と指輪を。三回目で胸当てや胴周り、四回目で手甲、ブーツ、その他細部の金属部を……といった具合に、毎年作成を依頼されていたヘファからしたら、なんだかんだ言ってこれはひとつの優勝祝いのようなもので。

 ヘアピンはともかくとして、何かしら作ってあげたいという気持ちは端から抱いていたのである。もちろん、口には出さないが。


「安くしとくわよ?」


「「お願いします」」


「承りました。いつも通りエンチャは無しで、出来るだけ軽く硬く、でいいのよね?」


「うん」


「こっちはあんまり期待しないで欲しいんだけど、デザインは?」


これ・・と同じ雰囲気がいいなぁー」


 言いながらミツが指し示したのは、彼女の愛剣『連理』。

 片翼を模した鍔と、柄から伸び翼に絡みつく蔦のような装飾。両刃の刀身は長く、一片の曇りもない。そして柄の末端には、太陰道の紋様の如く合わさり一つになった蒼と碧の宝玉がはめ込まれていた。

 その形状は、ハナの『比翼』と完全な対になっている。

 

 ヘファ自身は素材のモンスターを意識しただけ、などと言っているが……本当のところは、本人にとっても会心の出来、最高傑作と言っても差し支えない品物で。


「この剣、性能とかはおいておいて、純粋に見た目も気に入ってるんだー」


「そうそう。それがすごく良かったから、指輪の方も合わせてもらったわけだし」


 二人の左手薬指を飾る『私達の誓いエンゲージリング』も、蔦で彩られた翼が指を包み込むような、『比翼』『連理』と意匠を共にする作りになっている。


「この鍔の部分、翼に絡みつく蔦がねー、絶対離さないっていうハーちゃんの言葉みたいでー」


「うんうん、ミツに指を絡められてるみたいで、握るだけでテンションが上がってくる」


 表現はともかくとして、自身の密かな力作を褒められて、クリエイターとして嬉しくないはずもなく。


「しょ、しょうがないわね……やるだけやってみるけど、あんまり期待はしないでよねっ」


 心のうちに創作意欲を燃やすヘファであった。



「ん、期待して待ってるから」


「ゆっくりでいいからねー」


「だから、期待はしないでってば!」



 実は乙女チックな自らのデザインセンスを、認めたくないヘファであった。

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