第25話
「私もティナさんの事を応援してます。イヴってなんかちょっと怖いっていうか……」
「あの子、性格悪いわよ」
「えぇ、私もそう思います。ベロニカさんよりもずっと性格悪いです! リリアは優しくてまるで聖女のようだなんて言うけれど、私にはそうは見えなくて」
「底意地の悪さが漏れているの。育ちが悪いせいね」
「でも……」
私がぼそりと呟くと、ベロニカは強く私の胸元を叩いた。
「でもってなによ!」
「わ、私には家の後継ぎの事もあるし……」
「そんなの関係ないわよ。殿下とくっついて、会社なんて国営企業にしてしまえばいいわ!」
「でも先祖代々受け継いできた屋号をここで途絶えさせるわけには」
ベロニカは私から離れて、目元を強くぬぐった。そして真っ赤な目を私に向けた。その表情はいつもの強気な顔じゃなくて、年相応の少女の物だった。
「あんたの幸せってそんなものなの?」
私は言葉を詰まらせる。ベロニカは畳みかけるように口を開いた。
「自分の事を犠牲にしてまで、そんなの幸せなの!? ティナがその道を選んだら不幸になる人間が、この世界に一人だけいるのよ? ティナは、その人を不幸にしていい訳!?」
ふっと、頭の中でアルフレッドの優しい笑みが蘇った。私の目からも、ベロニカと同じように涙の滴が流れ頬を伝う。ベロニカは私から離れて、きっと睨みながら最後にこう言った。
「ティナの幸せは、アルフレッド様の幸せでもあるの。ティナ、ハッピーエンドはあなただけのものじゃないのよ。」
その言葉にぞくりと胸が震えた。だってベロニカはこの世界が【ゲーム】だなんてこと知らないはずなのに。でも、十分に私の背中を押してくれる。【友達】の支えがあるのは、どうしてこんなにも心強いのだろう。
私の瞳に生気が戻るのが分かったのか、ベロニカもマリリンも安心したように息を漏らす。ベロニカはハンカチを取り出して、目を拭った。
「ほら、アルフレッド様に素敵って思われるドレスを選びましょう」
「……うん。ありがとう、二人とも」
「ふふっ。私は何もしてませんよ」
「ほとんど私が発破をかけたおかげじゃない。……あ! ちょっとマリリン!」
ベロニカはマリリンの腕をぎゅっと掴む。マリリンは首を傾げた。
「あんたさっき、遠回しに私の事性格悪いって言ったわよね?」
「え!? あ、いやぁ……そんな事言いましたっけ?」
「絶対言ったわ! ティナも聞いていたでしょう!?」
怒るベロニカ、話をはぐらかそうとするマリリン。その二人が可愛くて、私も自然と笑いだしていた。ベロニカは「笑い事じゃない!」と怒っているし、マリリンは私に助けを求めてくる。私は二人の手をぎゅっと握る。
「ありがとう、本当に」
私の言葉に二人は顔を見合わせて、そして静かに笑ってくれた。
「さて、ドレスはどれにしようかしら?」
「ベロニカさん、こんなのはいかがですか? 深紅のドレスなんて、ベロニカさんぴったりだと思いますけど」
マリリンがどこからか見つけてきた深紅のドレスを、ベロニカは舐めるように見つめ、それを持って試着に向かっていった。
「ティナさんはどうしましょう? ご希望はありますか?」
私は胸元からサファイアのネックレスを取り出した。
「これに合うドレスがいいな」
「とても素敵なネックレスですね!」
「えぇ、母がくれて、とても大切にしているものなの」
私はそれをぎゅっと握る。アルフレッドと私の縁を結んでくれたそれは、ほんのりと温かい。マリリンは「それなら」と言いながら、たくさんのドレスの中に埋もれていく。あの子、人のばかり選んで自分のは良いのかしら? そう思っていたら、試着を終えたベロニカがカーテンを開けて姿を現す。
「どうかしら?」
「わぁ! すごく似合ってる、ベロニカらしい」
「ふふん。当たり前じゃない……これにしようかしら?」
店員も「良くお似合いです」とベロニカを持ち上げていた。彼女もくるくると鏡の前で回って、とても気に入った様子だった。
「ティナさん、これはいかがですか? あとこれとか! こっちも似合うと思います!」
たくさんのドレスを抱えて、マリリンが戻ってきた。
***
どれだけショップに滞在していただろう? 授業を聞いているよりも大変だったドレス選び、あっさりと自分のドレスを選んでしまったベロニカと、誰かにアドバイスをするのが大好きなマリリンによって私はほとんどの時間を着せ替え人形と化して過ごしていた。ようやっと選んだそれを実家に送るよう手続きをして、私たちはショップを出る。
「時間がかかったわね、ティナ」
「いろいろ目移りしてしまって……マリリンもすぐに決まって良かったわね」
「こういうのがいいなっていうイメージぴったりのドレスがあったので!」
嬉しそうなマリリンは淡いイエローのドレスを選んだ。二人とも私と同じように、一度実家に届くようにしているので、買い物を終えた後だけど手ぶらなままだった。
「何か疲れたわね。お茶でもしていかない?」
「え? 学園に戻るんじゃないんですか? あんなにばれるんじゃないかって怯えていたのに」
ショップに行くときはビクビクと怯えていたはずのベロニカは、今では大胆に大手を振って歩いている。確かに疲れて喉も乾いたけれど……マリリンを見ると、彼女もちょっと期待を込めたような目で私を見つめている。仕方ない。
「それじゃ、行きましょうか」
「そうしましょう! 私が行きつけのカフェがあるの、こっちよ」
そう言って大通りを進むベロニカ。私もそれに続こうとしたけれど、ポシェットの中身がやたら軽くなっていることに気づいた。
「……え?」
慌ててポシェットを開ける。そこにはさっきまであったはずの財布がなくなっている。
「ど、どうしよう! 財布が!」
私の困惑した声は、前を歩く二人の耳にも届いたみたいだった。
「どうしたんですか? お財布ないんですか?」
「そうみたい……」
「さっき会計をしたときに、レジで仕舞い忘れたんじゃない?」
記憶を遡れば、確かにそんな気もする。私は急いでショップに戻ることにした。マリリンもついていくと言ってくれたけれど、私はそれを断る。二人には先にカフェに行ってもらい、私は元来た道を急ぎ足で進んでいく。
「あれ?」
その間で、裏道を見つけた。大通りを回ってショップに向かうより、こっちに行った方が近道かもしれない! 昼間だというのに薄暗いけれど、私はそんなことを構わずその細い裏道を進む。ゴミが至る所に落ちていて、浮浪者が横になって休んでいる。見るからにあまり治安もよくなさそうだ。少し後悔をしながら私は早歩きで急ぐ。もう少しで大通りだ! と気が緩んだ瞬間、誰かが強く私の腕を掴んだ。
「――えっ」
次の瞬間、強い衝撃が私の頭を襲い……気づけば私は地面にうつ伏せになって倒れていた。
「うっ……」
「お、まだ意識あるぜ」
聞いたこともない男の人の声がする。体を動かしたいけれど、意識が次第にぼやけていくのを感じていた。
「こいつ、どうするんだっけ?」
「――に確認するから、とりあえずアジトに連れていくぞ」
男は一人ではないらしい。そのうちの一人が私をまるで荷物みたいに抱えた。私は唸ることしかできず、意識はすぐに途切れてしまっていった。
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