第4章 皇太子殿下の想いとモブ令嬢の気持ち

第16話

「あ、ティナさん、アルフレッド様が探していましたよ」

「えー?」


 私の『予言』から数日後。彼はあの事なんてまるで気にも留めていないのか、彼はそんな伝言をマリリンに残していた。


「ベロニカさんにバレないうちに、早く行った方がいいと思います」

「そうね。ありがとう、マリリン」


 私は教室を見渡すが、アルフレッドの姿はなかった。私は彼を探しに廊下に出る、するとアルフレッドはすぐに見つかった。窓にもたれかかり、外の様子を見ている。その姿がモデルみたいで、何て様になるのだろう……いや、そんな事を考えている場合ではない。さくっと用事を済まさなきゃ、話って何かな? 彼に近づき声をかけようとした瞬間、ひょこっと小さな影が現れた。


「アルフレッド様、今よろしいですか?」

「あ、あぁ、構わないが」


 アルフレッドに親し気に話しかけるのはイヴだった。周りの同級生がびっくりしたようにイヴを見ているけれど、彼女はそれに全く気付いていないようで楽しそうに話を始めた。アルフレッドは私に気づいたのか、イヴに向けていた視線を一瞬こちらに向ける。けれど、私は足を止め、踵を返した。


(邪魔をするのはやめておこう)


 私は彼女が転校してきてからしばらくの間、イヴの事を観察していた。彼女はどうやら、アルフレッドを狙いに行ったみたいだ。他の攻略対象と話をしているところを見たことないし、セオドアにもそれとなく聞いてみたけれど「転校してきたばかりのときに話したけれど、それ以来はないかな」と言っていたから、私はそう確信した。もし最難関であるハーレムルートを目指していたらどうしようと思っていたけれど、アルフレッドだけを狙ってくれてとてもありがたかった。学園の噂話もイヴの事で塗り替えられていく。噂の中心にあるのは、やはりアルフレッドとイヴの事。親し気に話をするところをたびたび目撃されるようになり、あの転校生は玉の輿を狙っているのではとこそこそと話をされるようになっていた。


 イヴがこの学園にやって来てから、私の日常は変わってしまった……いや、元通りになった。アルフレッドの事で誰かに注目されることなく、嫡男に逃げられた家の娘だと言われることなく、誰にも注目されない、目立たない地味な存在になった。ただのモブ令嬢に戻った私は、黙々と授業を受けて、マリリンと話をしてベロニカに絡まれる日々を送る。去年は心の底から望んでいた生活なのに、どうしてだろう? 私の寂しさは日ごと募っていくばかりだった。刺激的な日常を送っていたせいで、以前の生活では物足りなくなってしまったのかな?


「……はぁ」


 私は今日何度目か分からない溜息をもらしていた。図書委員の仕事をしていたら気分も変わるんじゃないかと思ったけれど、そうでもないらしい。頭によぎるのはアルフレッドとイヴが楽しそうに話をしている姿。それは私が望んでいたものなのに、胸がきゅっと痛む。それを何とか押し殺そうとするが、その度にそのシーンが頭の中が蘇って、胸が痛くなって、ため息をついて……その繰り返しだった。仕事もミスばかりで、手続きが終わっていない本を本棚に戻そうとしたり、貸し出してはいけない本を貸し出しそうになったり。図書委員長も私の事を心配して今日はもう帰っていいよと言ってくれるけれど、一人になりたくない私はそれを断った。

 

「バカみたい」


 空いた時間で洗面所に行き、冷たい水で顔を洗った。どんよりと重たくなっていた瞼が少しだけ開くようになる。


 ヒロインがやってきたらこうなるって分かっていたのに、それを望んでいたはずなのに、今度は寂しいと思うようになるなんて。あまりにも身勝手すぎる。実家のお父様は私がこうしている間にもお見合いの相手を探してくれている。もしかしたらお母様が反対しているかもしれないけれど……私がこの世界で生きる理由はもうそれしかないのだから、アルフレッドの事なんて考えている場合じゃないのに。でも、胸の痛みは止まらない。


私はサファイアのネックレスが落ちないように、金具がきちんとつけられているか確認してから、それを制服の下に隠してまた図書室に戻った。机の上にはこれから本棚に戻す本が溜まっていて、私はそれを一気にワゴンに積み込んだ。体を動かしていた方が気分転換になっていいだろう。私はそれを押して、ゆっくりと図書室の中を進んだ。奥に進むとまるで日常から切り離されていくような静けさが私を包み込む。


 今日は外国語についての書籍がたくさん返却されていた。きっとどこかのクラスで課題が出されたに違いない。以前巻き起こったオロンピウスの本のブームはもう終わってしまって、最近は予約しなくても借りることができるようになっている。……あれが、アルフレッドと話をするきっかけだったんだな。私の頭は勝手にその思い出を振り返ろうとするから、私はそれを勢いよく振り払う。気が抜けた瞬間、いつもこうなってしまう。私は自分自身に呆れながら小説の本棚の前でワゴンを停めた。帰ってきた小説を手に本棚へ戻しに行こうとした瞬間、私の前に誰かが立ちふさがった。


 まさか、と心が弾む。それと同時に、そんな私に都合のいい展開があっていいわけないと脳が否定する。私はゆっくり顔をあげた。


「久しぶりだな、ティナ」

「……どうしてここに?」


 そこにいたのは、私が思い描いていた人物だった。真っ赤な髪を揺らした彼は口角をあげて、余裕たっぷりの笑みを見せる。私は寂しがっていたなんて彼にバレないようにそれを押し殺し、わざとふんっと鼻を鳴らして横を向いた。


「別に、俺が図書室に来てもいいだろう?」

「そうですけど……そうじゃなくて! イヴの事は良いんですか? 最近仲良くされているみたいですけど。私になんて構っていないで、そっちに行けばいいじゃないですか」

「なんだ、妬いたか?」


 顔にサッと熱が集まってくる。最近感じていた気持ちに名前がつき、その正体がやっと姿を現した。耳まで赤く染まったのがアルフレッドにバレ、彼は「やっぱりな」とまた笑った。私は慌てて耳を両手で隠そうとしたけれど、もう遅かった。


「作戦を変えてみた。押してダメなら引いてみろ、とものの本に書いてあるのを読み、わざとあの転校生と親しくしているところを見せてみたんだ。どうやらティナには効果があったみたいだ」


 アルフレッドは自身が考案した作戦が上手くいって嬉しいらしい。それにまんまと乗せられた私はただ悔しいだけなのだけど。


「最低ですよ! もう! あんなに心優しい子をそんな変な事に巻き込んで……」


 私は声をひそめながら、けれど全身全霊で怒りをアルフレッドにぶつける。イヴを介してゲームで彼らと恋愛をしていた身なので、私の彼女に対する感情移入の程度は並々ならぬものがある。しかし、アルフレッドはしたり顔からきょとんとした表情になっていく。

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