第92話 絆と紐
スタンピートの警報から30分後。
普段は冒険者や商売人達で賑わっているダンジョン都市周辺の草原を、340体と1人で駆けていく。
「少し急ぐぞ!」
速度を上げると、大地が悲鳴を上げた。
総重量100トンを越える金属の塊が大地を踏み鳴らし、まるで山が崩れたかのような轟音を巻き起こす。
足音と振動は近くの森まで伝わり、多くの生物を驚かせた。木々から鳥が飛び立ち逃げていく姿はまるで、スタンピートから人間が逃げていく姿のようだった。
大群が住処の横を通過する姿は、かなりの恐怖を与えるだろう。それも、無力な一般動物なら尚更である。
若干の罪悪感に蝕まれつつも、さらに速度を上げる。緊急事態であるため、すぐに駆けつけなくてはいけないのだ。
1人で空を飛べば一瞬で到着することができるが……今更狼達を置いて行くことはできない。普段、俺が背に乗せて送り迎えをしているせいで、ダンジョン都市までの道のりをこの子達は知らないのだ。もちろん、山までの帰り道も。
というか、置いて行くことは許されないだろうな……物理的に。
というのも、そもそも今回のスタンピートは危険度が高いので、狼達を連れてくるつもりはなかったのだ。
そのため、彼らを置いて1人で飛び立とうとしたのだが、彼らは俺が羽ばたくことを許さなかった。
なんと、全員で俺の翼を踏みつけたのだ。Bランクの天龍といえど100トンを越える重さで翼を押さえつけられては、空を飛ぶことは叶わない。
翼の上から退くように命令したのだが、彼らは嫌がって命令を無視した。懐柔契約において、命令はほぼ無敵の効力を発揮するはずなのだが……あっさりと無視された。
絆や信頼によって成される契約なので、当人達が嫌がることは命令できない。つまり、彼らを説得して置いて行くことは不可能だった訳だ。
それならばと、逃げるようにダンジョン都市へ向かおうとした俺であるが、あらゆる手で阻まれてしまう。
いや……強くなりすぎてびびったね。340vs1とはいえ、逃げるくらいはできると思っていたんだがな……。
個々のパワーやスピードもかなりの物だったが、何より連携が素晴らしかった。
常に一定の距離を保って俺を囲み、正面突破をさせない陣形。俺が空を飛べば、すぐさまバフを受けた狼が飛び付いて捕獲。捕獲を失敗したとしても、炎のレーザーやらの遠距離支援で妨害。
地に潜れば全員で大地を踏み鳴らし、俺の脳と鼓膜を破壊した。
正直、2度としたくない体験だった。
俺からは攻撃してこないという状況をうまく活かした、完璧な捕獲作戦だったと言えるだろう。
多くの魔力を消費し、転移するという手もあったが、この後に控えているスタンピートの対処を考えるとそんな魔力は使えるはずもなく……。
いつのまにか成長していた狼達に感服し、降伏を宣言した。すると、嬉しそうに尻尾を振り回すのだから、こちらの内心は複雑である。
これから死地に赴くというのに、どうしてそんなに嬉しそうにするんだ。大人しく山に篭っていれば、自分たちは傷付かなくて済むのに。
そう問いかけると「お前が言えたことじゃないぜ」「敗亡者は黙って、俺らを案内しろ!」「俺たちが守ってやるから、後ろで援護でもしてな!」とのこと。
契約の影響か、なんとなく言いたいことが伝わってくるのだ。
調子に乗っている狼にゲンコツを落とし大人しくさせた後、2つの約束を交わした。
まず、俺からのお願いは「お前たちは、支援と援護のみに徹すること。」
そして、狼達からの命令は「死なないこと。」
……どうして、あれほどまでについて来ると言って聞かなかったのか。初めての命令に逆らった理由が、なんとなく察せられた。
もちろん死ぬつもりなどないし、その覚悟もない。しかし、一瞬。一瞬だけ頭によぎった愚かな考えが、どうやら見通されていたようだった。
「俺も、お前達も、誰も死なない。それでいいだろ?」
それに応えるように伝わってくる感情と、思考と、熱。
ああ。やっぱり、ここが好きだ。
この場所だけは、壊させない。……失いたくない。
キュッ
いつもは緩い仮面の紐を、きつく縛り直した。
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