第70話 理不尽と理不尽

 貴族の理不尽に晒され、命の危険にさえ晒された人々。そんな彼らが見ていられなくて、ついつい一緒に王都まで行く?なんて誘ってしまったわけだ。

 

 しかし、即答で『はい行きます!』とはならないよなぁ。『すこし考える時間をくれ』とこちらに告げ、家族や知り合い同士で相談を始めた。


 やはり仮面をかぶっていると警戒されやすいのか?それとも、龍に乗るという未体験の出来事に不安を覚えているのだろうか。


 どちらの可能性もあるし、どちらも仕方のないことだ。むしろ、しっかりと警戒心を持っていて感心するくらいである。


「あの、すみません。もしかしてヴァリアンさんですか?」


 みんなが答えを出すのを待っていると、1人の女性が一歩前に出てそう言った。どうやら、俺のことを知ってくれている人がいたみたいだな。


「はい、知ってくれてるんですね! 嬉しいです!」


「やっぱりヴァリアンさんだった! いつも見てます! 見覚えのある人だなぁと思ってたんですよ! 」


 おお、知ってくれているだけでなく、いつも配信を見てくれているらしい。なんだか、Aランクになったことを実感する日々である。


 常連視聴者との出会いに感激し、ありがとうございます。と頭を下げる。


「あぁ……この謙虚な感じ、本当に本物だぁ……。私、1週間後に王都で大事な用があるんです! ヴァリアンさんに乗せていってもらってもいいですか?」


 俺のいつもの態度で、本物だと判断を下したようだ。最近、少し天狗になっていたせいで『あんた偽物だろ!』って言われてしまわなくてよかった。


「ええ、ぜひ乗っていってください! 絶対安全にお運びしますから!」

「ふふ、そこは信用してますよぉ」


 大事な視聴者だ。絶対に運んでいる最中にヘマをする訳にはいかない。元より大切に運ぶつもりだったが、さらに気合が入った。


 その後も雑談を交わしていると、そんな俺たちの善良な雰囲気を感じ取ったのか、徐々に乗客が増えていく。


 幸い、龍になった俺の体は巨大だ。店員オーバーの心配はない。なんなら、風を操って数千人を運ぶことだってできるだろう。


 結局、王都へ行くはずだった人全員だけでなく、龍に乗ってみたいという人間も加わり、100人ほどを運ぶことになった。大仕事だな。


「それじゃ、そろそろ行きますか」


「おぉぉぉぉぉ!」

「いよいよか!」

「貴族様に馬車を奪われた時はどうなることかと思ったが、結果オーライだな!」

「ママ! ミィーちゃん、お空を飛ぶの?」

「そうよ、あのお兄ちゃんがお空の旅に招待してくれたのよ。後でお礼を言いに行こうね」

「うん!」


 そろそろ出発することを乗客たちに呼びかけると、期待と興奮の混じった歓声が飛び交う。やはり、魔界でも空の旅は珍しいものなのだろう。翼の生えた魔族は例外として。


「おい! まて!」


 早速天龍に変化しようとしていると、先程のバカ貴族が声を荒げた。こいつ、まだ居たのかよ。あんだけ恥かいたんだから、さっさと居なくなればいいのに。

 

「なんです?」


「なんだその態度は! ふん、まあいい。今の態度を不問にしてやる代わりに、お前に俺を乗せろ! もちろん貸し切りでな!」


 なんの用かと思えば、よく脂の乗った贅肉をプルプルと揺らしながらそう言った。


 偉そうな顔が鼻につく。全てが自分の言うとおりになると思っている、その態度が。


 乗客たちの馬車を奪っただけでなく、俺という移動手段までこの人たちから奪おうというのか。


「いえいえ、貴族様を乗せるなんてことできませんよ。万が一のことがありますから。」


「なんだと!? 貴様、俺様の言う通りにできないと言うのか?」


 本当にコイツは話が通じないな。殺してしまおうか? コイツを見ていると、人間界のクズを思い出す。魔界に来てから久しく忘れていた、この理不尽という名の暴力の不快感を。


「そもそも、貴方のような人間に空の旅が耐えられるんです?ビビって暴れられちゃ困るんですよ」


「貴様! 俺様を侮辱したな! 死刑、死刑だ! この件はお父様に」



【天龍】



 グァァァァァァァァァァァ!!!!



「うわぁぁぁぁぁぁ!!! パパぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ひたすらに、腹が立った。魔界ではいい人たちとばかり触れ合っていたからだろうか。それとも、力を得て俺も変わってしまったのだろうか。


 人間界にいた頃なら軽く流せていたような、そんな日常の理不尽にも激しく腹が立った。


 だが、その程度で手を出しては同格の人間に落ちると言ったものだ。軽く吼えるだけにとどめておいてやろう。


 冒険者なら誰でも耐えられるような、その程度の威圧。この貴族が日常で振り撒いている理不尽や恐怖より数段劣る悪意。


 たったその程度のものを受けただけであるのに、尻餅をついて失禁する始末。今まで、どれだけ甘やかされてきたのかが透けて見えるようだ。


 逃げようとしても腰が抜けて逃げられず、手足を子供のようにバタバタとさせている。実に滑稽である。


「この程度でビビってちゃ、やっぱり乗せるわけにはいかないですね。馬車の利用をおすすめします」


 我ながら、大人気なかったかなとは思う。でも仕方ないよな。この世では名声値が、力が全てなんだから。


 俺はそれを、痛いほど知っている。




あとがき


ここまでお読みいただきありがとうございます!


今回は、少しイキった俺つえええ回を作ってみました!どうか不評でないことを願います。よろしければ、感想、評価、お待ちしております!


 




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る