闇の精肉店 作:西山太一

 何でもないとあるマンホールの下に入ると、不定期で営業している闇の精肉店がある。

 そこでは何が売っているのかというと、猫肉や犬肉、烏肉や鼠肉といった、常識では食用とされていない種類の動物の肉である。

 男は知人から噂を聞きつけて、その闇の精肉店へ行った。運よく、その日は営業をしていた。マンホールの下には、まるで東南アジアの屋台のような風貌のお店が構えてあった。

「猫の膀胱ありますか」

 男はまず店主にそう訊いた。知人がオススメしていた猫の部位だ。知人いわく、「脳みその奥の方が覚めるような衝撃の味」らしい。

「ええ、ございマス」

 これまた東南アジア風の店主は、少し片言の混じる日本語でそう返した。

「じゃあ、それを二つ」

 店主は「ハイ」と言って、ショーケースから猫の膀胱を二つ、トングでつかんで竹の皮に包んだ。

「それから」

 普通ならば肉の赤色が鮮やかな精肉店のショーケースだが、闇の精肉店のショーケースは違う意味で鮮やかになっている。赤、黒、緑、黄、白、オレンジ、食欲をそそる色とは思えないものばかり——。

「カラスの目玉を十個、土竜の爪の燻製を五十グラムほど」

 男はショーケースを見ながら注文を言っていく。店主はそれを「ハイ」「ハイ」と言って、ショーケースを開けては、トングで品物を掴んで、竹の皮に包んだり、パックに入れていったりした。

「あとは——」

 自分の食べるもの、ネタとして友人に見せるもの、お世話になっている人へ贈るもの、興味本位で買ってみるものと、男は次々に注文をしていく。

 やがて頭の中に思い浮かべている買うべき品物のチェックリストに全てのレ点が入ったころ、男はとある品物に興味が行った。

「これはどんな味でしょう」

 男は品物を指で示しながら、店主にそう訊いた。ある程度、何が売っているかは知人から聞いていたが、いま男が目にしている品物——人肉は、男が知人から訊いていないものだった。

「それを食べた方ハ、まだござイません」

 ややズレた答えを下手な日本語で返した店主は、不敵な笑みを浮かべるでもなく、ただ口頭で説明するようにそう言った。

「簡単には仕入れられないので、ある期間しか売ってイません。もっトも、これまで売れたことはありませんがネ。売る気もそれほどありません。自己満足デス」

「食べたことあります?」

 味のことを知りたい男は、被せ気味に店主にそう訊いた。

「イえ、ありまセん」

「じゃいいや。お会計」

 男は懐から財布を出した。

「二十二万八千四百円デス」

 店主は伝票を書いて、男に渡した。クレジットは効かないと知人から聞いていたので、男はあまりあるほどのキャッシュを用意していた。

 男は札束を店主に渡した。

「はい」

「ありがとうござイます。おつり千六百円デス」

 店主は釣盆にお釣りを置いた。

 お釣りを財布に仕舞っているとき、ふと、買おうか、と男は思った。

 チラ、とショーケースの方を男は見てみる。

 まだ誰も食べたことの無い味。

「ありがとう」

 男は店主から袋を受け取った。

「またお越しくださイ」

 店主は事務的にそう言って、もう既に男とは、客と店員という関係を断っているようだった。

 いや、やめておこう。

 男は「ええどうも」と言って来た道を帰り、地上に出た。

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