第三章 桃山広太朗

キャリア強化ルーム

 月初めの月曜日。いつものように桃山が出社すると、通用門で待ち伏せしていたのか、スーツ姿の男性社員に話しかけられた。


「オンラインゲーム部の桃山広太朗さんですね。私は人事課の者です。桃山さんには本日付で異動との辞令が出ております。こちらまで来ていただけますか」


 桃山の出社時間は早い方で、周りには誰も見当たらない。


「聞いてないぞ。どういうことだ」


「後ほど説明をさせていただきます、こちらへ」


 丁寧な言葉づかいの割に有無を言わせぬ男の雰囲気に気圧されながらも、後をついていく。エレベーターではなく、非常階段から地下に向かう。


 見慣れない地下の一室にその部署はあった。男に促され部屋に入ると、中には会議室でよく見る長机が数個と、パイプ椅子が並べられていた。その一つに見慣れたノートPCが無造作に置かれ、足元にダンボールもある。すでに荷物は移動されているようだ。


「桃山さんの席はあちらです、私物等はすでに移動させてあります。本日付でこちら、キャリア強化ルームに配属となります」


 キャリア強化ルーム。噂に聞く追い出し部屋、本当に存在していたとは。


(沼田の野郎、そういうことかよ……!)


 前の週に、面談で沼田が話していた内容を思い出す。


『桃山君、今ならまだ会社都合ということにして差し上げます。新しいチャレンジを助けてあげられると申し上げています。それとも、わざわざ”キャリア”を”強化”するのが本望でしょうか?』


『一年も経たずにサービス中止したタイトルのディレクターとあれば、このまま残ったところで果たして先はあるのでしょうか?散々開発費と時間をかけてこの結果とあっては、役員の皆様もけして良い顔はしないでしょうね』


『私はこれでも貴方のことは買っていますし、将来を応援してるんですよ。この会社だともしかしたら活躍できる場所を用意できなくてですね、そうなってしまったら非常に申し訳ないのですよ。有能な貴方であれば次の場所を見つけることは難しくないでしょう』


(畜生、思ってもねえことを言いやがって。まさか本当にやるとはな)


 とりあえずは人事課の男に指示された席に腰掛け、PCを起動する。システムにログインし打刻をすると、ドアから誰かが入ってくる音が聞こえた。どうも何か言い合いをしているようだが、聞き覚えのある声と、見覚えのある巨体だ。


「社会人になってからずっとこの会社で20年間働いてきたんです。20年ですよ!それだけ尽くしてきたのに、この仕打ちはあんまりでしょう!」


「野間ちゃんか!」


 野間吉宏のまよしひろ。桃山の同期で、別のプロジェクトではあったが同じオンラインゲーム部の同僚だ。桃山に気づくと「とにかく、こんなやり方は認められません!」と別のスーツ姿の社員に捨て置くと、こちらに向かってきた。どうやら野間の席は桃山の隣のようだ。


 他にも数名の社員が入室してくる。中には見知った顔もあるが、誰もが沈んだ表情をしていた。それぞれ自分の席に着く。桃山のキャリア強化ルームでの初日は、そうして始まった。


 ◆◆◆


「揃ったようですね。それでは説明させていただきます。皆様には今後のキャリアの為、社内、社外問わず次の行き先を探すことに時間を使っていただいて構いません。のちほど社内で募集中の職種が見られるサイトをお知らせします。その他、こちらからお願いする社内活動にも協力して頂く場合があります」


「要は、早く転職先見つけて出ていけってことだろう」


 桃山が思わず割り込む。社内活動とやらにも心当たりがある。書類整理に草むしり、およそゲーム開発とは関係ない作業をさせられると風の噂で聞いたことがある。そして、ついには心が折れて去っていく者が殆どだという。


「そうではありません。皆様の将来を一緒に考えた上で、そのための有意義な活動をしていただく形になります」


 退職を促す発言をしないよう、言質を取られないように気をつけた男の発言が、桃山を苛立たせた。


「だったら、俺にとっては開発の現場に居続けるのが有意義な活動なんだが」


「残念ですが、元の部署での生産性や評価を勘案した上での異動の判断です」


「どうせ沼田の息がかかってるんだろう。こんな陰湿な真似しやがって。どこまで腐ってるんだ」


「申し訳ありませんが、説明の途中ですので、続けさせて頂いてもよろしいでしょうか」


 言葉づかいを崩さないながらも、威圧的な空気が混ざるのを感じる。


(……言っても無駄か)


「ちっ、わあったよ」


 ここで言い合ったところで何も改善しないと悟ると、大人しく従う桃山だったが、その後の説明は全く耳に入ってこなかった。


 大切な何かが欠けてしまったような喪失感、ずっと信頼していたものに裏切られたような悔しさ、悲しさ。様々な感情が桃山の中に渦巻いていた。


 ◆◆◆


 昼休み。トイレ以外の外出は厳しく管理され、食堂の利用も禁じられている。室内で支給された弁当を食べながら野間と話す桃山だった。


「桃さんも……ですか」


「そうみたいだな、沼田とは散々やりあったからな」


 何も考えなしに楯突いてきたわけではない。開発が困難を極め、最終的にはサービス中止となった『レジェンズユニバースオンライン』。桃山は初期の段階でプロジェクト自体の中止を進言していたが、沼田の反対で通ることはなかった。


 体調を崩し、挨拶もなく突然いなくなる社員。日に日に目から活力が失われ、ついには心を病んで休職してしまった若手。中には他部署から強引に引き抜いてきた、エース級の社員も少なくなかった。会社の将来を担っていたかもしれない人材が、絶望して去ってゆく。それは数字には出せなくても、会社だけではなく、業界にとっても大きな損失だと桃山は考えていた。


 そういった沼田のやり方のもとで、潰れてきた同僚を散々見てきたから、言うべきことは言ってきたし、少なくとも自分の手の届く範囲では、不幸な社員を出さないよう世話をしてきたつもりだった。


「でも、こうやって桃さんと並んでると、なんだか新人研修を思い出しますね」


「懐かしいな、あれから20年か」


 ため息を大きく吐き出し、他の部署とは違う、むき出しの天井を見上げながら話す。


「昔は良かったな。大変だったし、馬車馬のように働いたけどさ。作りたいものを、自分がプレイしたいと思えるものを作って。そしたら売上も付いてきて、会社もどんどん大きくなってな。代休でハワイも行ったよな」


「行きましたね」


「そりゃ現実は厳しい、売上出さなきゃやっていけない。そんなことはわかってる。最近は社内が数字数字でギスギスしてきてるのも感じてたけどな。でもいつか昔みたいに、最高のゲームを、最高の仲間と作れるときがまた来るんじゃないかって。……幸せだったからさ、忘れられなくて、結局今の今まで続けてきちまった」


「……はい」


 どこか感傷的になって饒舌な桃山の話を、優しく受け止める野間だった。彼も思うところは同じなのかもしれない。そして、少しの沈黙の後。桃山はまだ完全には認めきれない辛い現実を、口にした。


「俺ら、追放されるんだな」

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