第一章 月本亮太

はじまりのさよなら

 その日は朝から雨だった。月本亮太は会社に休日出勤できない連絡を入れ、二度寝すると気づけば結構な時間になっていた。疲れもたまっていたのだろう。そろそろ準備しないと通夜に間に合わなくなりそうな時間だ。

 

 月本は大手ゲーム会社・ドラグーンゲームズで働くゲームプランナーだ。新卒で入社し現在2年目、オンラインゲーム部に所属している。ちょうど大型アップデート前の忙しい時期だったが、上司から特にお咎めはなく、仕事のことは気にせず休めとの言葉をもらった。


実際のところ、たかだか新人に毛の生えた程度の自分が一日頑張ったところで、何かが変わるものでもない。夢見たゲーム会社と現実とのギャップに無力感に襲われながらも、そそくさと着替えを済ませて部屋を出た。


(それにしたって早すぎるじゃないか、健。まだ24だってのに――)


 長井健一郎ながいけんいちろう。それが彼の親友の名前だ。


 享年24歳。


 あまりにも早すぎる別れだった。


 ◆◆◆



 電車はさほど混んでおらず、座ることができた。いつもであればスマートフォンを取り出し、ここぞとばかりにプレイしているゲームのログインボーナスを回収するところだが、今日は全くそんな気になれなかった。未だ雨が止まず薄暗い外を眺めながら、彼とのことを思い出していた。


 長井と月本は高校の頃からの付き合いだ。1年生の時に同じクラスで、たまたま席が近くて、趣味が合って話をするようになった。きっかけとしては別に変わったところは何もない。ゲーム好きの生徒ならそれなりの数はクラスにはいたし、彼らと付き合いもあった。それでも、ことあるごとに『俺、ゲームクリエイターだから』と言ってはばからない、自信に満ちあふれた長井の『制作秘話』を聞くのが月本は好きだった。


 彼のホームページには、ごくごく簡単なゲームがいくつかアップされていた。棒人間がジャンプしかできない単純なアクション、5分で終わるオチも何もないアドベンチャー。


(なんだ、ゲームって簡単に作れるんだ。こんなのでもクリエイターを名乗っていいんだ)


 ただプレイするだけの立場なのに、失礼ながらそんなことを思って、何故だか根拠のない自信が湧いてきたのだった。


 そして、彼と身近に過ごすうちに、おぼろげだった夢が形を取り始めるような、全く想像つかない将来に向けて一本の道が通ったような、そんな前向きな気持ちになれていったことを思い出していた。


 ゲームクリエイター。ゲーム好きなら誰もが一度は考えたであろう将来の夢。絵が描けるわけでもない、プログラミングもさっぱりわからないのに、クリエイターとしての将来を、そしてスタッフロールに載る自分の名前を夢想する――。月本もそんなどこにでもいるゲーム好きの若者の一人だった。


 長井のゲーム作りを手伝いたいという話をした日のことを、その時の彼の表情を生涯忘れることはないだろう。一瞬驚いて止まった後、最高の笑顔で『もちろん、一緒に俺たちのゲームで世界を取るぞ!』なんて大真面目に言っていた。心の底から喜んでくれたのがはっきり分かったけど、大げさすぎてなんだか恥ずかしかった。


 それから二人は協力してゲームを作り始めた。とはいえ、シナリオ、スクリプト、プログラム、ゲームデザイン、CG、サウンド。全て長井の担当といって差し支えはなかった。それでも、素人の月本でも片付けられる作業も多くあったのは確かだ。良く言えばアシスタント、悪く言えばただの雑用から彼のゲームクリエイター人生は始まった。二人になったところで、そもそも個人制作となれば、規模も予算も限られる。それでも単純に人手が二倍になったことで、次第に以前よりはクオリティとボリュームの伴った良いものを出せるようにはなっていった。

 

 長井が難病だということは聞いていたし、最近は特に体調が良くないであろうことも感じていた。会える回数は減っていたが、それでも細々と活動は続けていた。


 月本が日々開発現場で経験し、学んだことを二人の作品に活かす。長井もそれを楽しみにしてくれていたように思う。慣れないことも多い仕事をフルタイムでこなしつつ、残業や休日出勤もしながらとなれば、多くの作業は長井に任せてしまっていたところはあったが。


 最後の連絡は先月だったか。二人で制作中のノベルゲーム、『Dear Lonliness』がほぼ完成したと話をした。テストプレイで洗い出した不具合や改善案も、ほぼ対応済みだったはずだ。


 正直、今までの作品の中では最高傑作だと言えるように思う。万人に受けなくても、きっと誰かには刺さるだろう。迷う人の背中を押してあげられるような、心を動かせるような、一歩踏み出すきっかけになる力を持った物語なんじゃないか。手前味噌だが、そう言い切れる自信があった。


『データは全部出来てるし、あとはCDに焼いてケースに詰めたら完成か。俺に万が一のことあったら、あとは頼むぜ、亮太。今までありがとう。仕事、頑張れよ』


『そんな、縁起でもない……また一緒にゲーム作ろうよ』


『……そうだな。また作れるといいな』


 そんな会話をしたのを覚えている。長井には珍しく弱気でしおらしい様子だった。思えばあの時既に死期を悟っていたのだろう。


 今度の即売会がいつだったか。スマートフォンを取り出し検索しようとして、月本は突然この作品が、自身にとっても最後になってしまうかもしれない不安に襲われた。今までは長井に着いていけば、彼の作りたい物を手伝えればそれで楽しかった。その彼を失って、自分のしたいこととは。


(あいつ抜きでも作りたいもの、何かあったっけか――)


 何も思いつかない自分に愕然とした。


 世界的な不景気による就職難にも関わらず、運良く新卒でゲーム会社に入れたと浮かれたところで、所詮はその程度の夢だったのか。憧れの開発者として働き、日々学べる恵まれた環境にありながら、クリエイターとして表すべきものを何も見いだせない自身に嫌気が差した。


(明日も仕事か。僕が行っても何になるんだろう)


 嫌な想像のループにはまりかけていると、ちょうど乗り換え駅に到着したところだった。電車を降りて思考をリセットし、事前に調べておいた乗換案内を確認して階段を降りていく。


 ◆◆◆


 会場の最寄り駅を出て少し歩くと、『長井家式場』の看板が見えた。直前に『お通夜 マナー』と検索した付け焼き刃の知識を思い出しながら、慣れない革靴と新品の喪服が汚れないよう、水たまりを避けながら歩いていった。

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