03_忠告

「人間の女性が一人、アンブラに連れていかれるのを見た。お前の知り合いか?」


 立ち止まったクロノがそう言った直後、黒瀬は思わず声を出した。


「一花だ。一花はやっぱりどこかに連れていかれてしまったんだ」

 

 不穏ふおんな風が吹き、周囲に咲き乱れる花をかすかに揺らす。


「どうやら、知り合いのようだな。忠告しておく。人間の女性を助けに行こうなんて思わないことだ。アンブラは、人間が立ち入っていい場所じゃない。特にがいるあの場所にはな……」


 黒瀬は、春野のことで頭がいっぱいになった。


 きっと、彼女は一人寂しく、助けを求めている。ここではないどこか遠い場所で。


「待て、クロノ!アンブラってどこなんだ!」


 黒瀬がクロノに問いかけるが、彼の声は届かなかった。黒瀬が叫んだ時には、クロノの姿はなかった。


 いない。どこかへ行ってしまった。


「どうやら、この女性は無事に治癒できたようだ」

 

 黒瀬の頭の中に、また、謎の声が響く。


「本当だ。光を完全に送りきったみたいだ」


 黒瀬の両手に宿っていた光結晶の光は失われ紅園に移っていた。彼女は、気持ちよさそうに目を閉じ眠っている。


 黒瀬は、安心して身体の力が抜け、腰から地面に倒れ込み仰向けになった。青空には、悠々と流れる細い雲が流れている。花畑の花が揺れる音が響いた。どこからか来た蝶が優雅に宙を舞っている。

  

「まだ、両手が震えてる。クロノ、あいつは紅園と倒したダーカーとは異質の恐怖を感じた。常に死神の鎌を喉元に近づけられているような、そんな切迫感があった。全く勝てるイメージが持てなかった」


 黒瀬は、脅威きょういが去ってもなお震える両手を無力感にさいなまれた表情で見つめる。

 

「一つ選択を間違えれば、お前も、紅園も死んでいたな」


「いつ命を落としてもおかしくない状況だった。僕は弱い。もっと強くなって、一花を救い出したい……」


 黒瀬は悔しさが込み上げてきて、両手で目を覆った。


「クロノ以外にも、敵はいる。クロノ以上に危険な人物だって何人か存在する」


 黒瀬は、上体を起こし自分に話しかける謎の声の人物に問いかける。


「君は、どうしてそんなことまで知ってるんだ。ずっと気になってた。僕に話しかけている君は、一体、何者なんだって」


 沈黙が続く。その間、黒瀬はやたらと周囲の花が風で揺れる音が大きく感じた。


 味方だと思っていても、実は敵かもしれない。


 そんな不安が、つきまとう。

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