10_ひとときの幸せ

 あまりにグロテスクで恐ろしいダーカーの姿に紅園は、気分が悪くなり嘔吐おうとしてしまう。


 心臓が狂ったように、激しく鼓動こどうし、息は乱れる。身体が、現実を直視することを拒絶きょぜつしていることを彼女は感じていた。


 そんな彼女を容赦ようしゃなくダーカーは襲いかかった。少しずつダーカーは、身体をうごめかせ紅園に近づいていく。


 最悪、もう疲れた。


 彼女は、大切な人を失い、心に大きく穴が空いてしまった。残酷な現実を突きつけられ、生きる気力が失われていた。


 顔を上げると、ダーカーの無表情な顔が目の前にあった。彼女は、ダーカーの白い虚ろな目と目があった。その瞬間、ダーカーの頭が真っ二つに割れ、鋭く尖った歯があらわになる。


「……」


 紅園は、何かを叫ぶ訳でもなく涙を流し、ただダーカーの恐ろしげの姿を眺めていた。


 ぐちゃ!?


 頭部が破壊される音が響く。


「あなた、危なかったわね。その目、残酷な現実を見てしまったのね。大丈夫!このダーカーは、倒したから」

 

 出雲は、恐怖で怯えた紅園の涙を手で拭った。頭部が破壊されたのは、ダーカーの方だった。頭部にコアがあり、出雲は、的確にコアを破壊していた。影隠師である出雲佳織いずもかおりが、紅園を襲うダーカーの気配を感じ取り、助けに来たのだった。


「お母さんが、お父さんが……」


 ダーカーの恐怖から解放されて、冷静になった脳に両親を失った悲しみが流れ込んできた。一人で湧き上がる悲しみを抱えきれなくなって、紅園は、出雲を抱きしめた。


「大切な人を失ったのね、いいわ、思いっきり泣きなさい」


 出雲は、悲しげな表情を浮かべて、紅園の後頭部を暖かな手で撫でた。

 

 この日の出来事をきっかけに、出雲は紅園の憧れとなり、紅園は影隠師になって活躍する。影隠師となってから、二人は同じ時間を過ごすことが多くなった。幾度もの困難を共に乗り越えるうちに、二人の間には強い友情が芽生えていた。


 だけど……紅園にとって、それはひとときの幸せな時間だった。


 佳織さんに何があったの。


 出雲は、突如、姿を消した。紅園は、何が起こったのか最初は分からなかった。きっと、彼女は帰ってくるはず。また、何くわぬ顔で戻ってくると信じていたが、出雲が再び帰ってくることはなかった。


 そして、紅園は知ることになる。出雲は影隠しにあったということを。


 ダーカーが、影の世界に、彼女を連れ去ったのだ。出雲が影隠しにあってから、いくつか影隠しと考えられる事件が頻発する。


 今も、でダーカーたちが、人々を影の世界に連れ去っているのか定かになっていない。


 

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