第83話 強制顕現
コーザの前には、眼鏡をかけた人物が立っていた。
言うまでもなく、眼鏡なぞ大金を支払わなければ、手にいれられない代物だ。それはつまり、ミージヒトが、それだけの場数を踏んで来たことを、如実に示している。きっと、それは自分とは比べ物にならない値だろう。見る間に、抱いたはずの覚悟が霧散していくようで、コーザは冷や汗を流しながら、下唇を思いきり噛んでいた。
まだ、彼我の距離は遠い。小声で相棒と話すぶんには、互いに聞き取れやしないだろう。
ミージヒトが目で相棒に合図する。それに応じ、フレデージアもまた柔和な表情を見せた。
「いつもどおり、スキルの種類はミーヒにお任せします」
「……いや、コーザは強い。本気で行こう」
一瞬、驚いたように、目を丸くしたフレデージアだったが、やがてはあきらめたように、寂しげな笑みを口元に浮かべた。
「わかりました。お命、頂戴します」
先攻を取ったのはミージヒトである。唐突に、銃口を天井へと向けて発砲したのだ。それを威嚇射撃と捉えるのは、いくらなんでもおめでたい。
「……。
それを理解できたのは、はたして、妖精の瞳を有していたからなのだろうか。コーザの目には、ミージヒトの体から、生気とも呼ぶべきオーラが、速やかに抜けていく光景が映っていた。
そんな命の漏脱に呼応するようにして、フレデージアが黄色い光に包まれていく。本人が発光しているのではないかと、そう錯覚するほどの強烈なきらめきに、コーザの意識は、呆然と吸い寄せられていった。
見とれたのは、ほんの一瞬であっただろう。
だが、すでに完成していた。
短い翡翠色の髪。
病弱なほどに薄く白い肌。
それとは対照的な、燃え盛るような濃い赤色の瞳が、しっかりとコーザを射抜いている。
毛髪の色こそエメラルドグリーンで、金とはだいぶ異なるが、まさしくその姿はカタレーイナに相違ない。
(……思い出した。やはり、うちは以前にも、どこかで妖精王に会っている!)
そんな記憶がよみがえったところで、戦闘には一切役立たない。
裸足で地面に降り立つフレデージアが、突如として、空気をそだたくように腕を重ねた。
(やばい!)
決して、スキルを知っていたわけではない。
だが、本能から来る警告は、とてつもない大きさで、コーザに身の危険を知らせていた。
弾かれるように退避。
どうにかしてたどり着いた通路の隙間に、それこそ体をねじこむようにして、素早くいれる。
その直後――。
一陣の風が、ダンジョンを薙いだ。
渦巻く無数の風が、刃となりながら通りすぎていったのである。
様子を覗くために顔を出したコーザは、変貌した通路の姿に愕然とした。そこには、起きてはならない光景が広がっていたのだ。
「野郎! ダンジョンの壁に亀裂をいれやがった!」
とっさに頭を抱えたコーザを、だれも責めることはできまい。
(……マジかよ。どれだけぶっ壊れてりゃ、こんなことになるってんだ!)
驚愕に顔を歪めていたのは、なにもコーザだけではなかった。相棒であるルーチカも、呆然と、壁の切れ込みを見つめていたのである。
「フレデージア……だと?」
「知っているのか?」
横目で尋ねれば、ルーチカが神妙な表情でうなずく。
「最も次のカタレーイナに近いと、うわさされていた最上位の妖精だ。当時は何のことだかわからなかったが、
ただでさえ、ミージヒトたちは普段から、互いをあだ名で呼んでいるのだ。本名を聞く機会なぞ、ルーチカにあるはずもない。
「ミージヒトのレベルは……十そこそこだぞ?」
泣きたくなるような気持ちで、コーザは相棒に応じていた。
ダンジョンの一部たるセーフティさえも、いとも簡単にいじくってしまうような、いかれた存在のコピーが敵であるなぞとは、にわかには信じたくない話だ。
「そういう問題じゃねえさ。品格とか、そういう次元の強さだよ」
「倒せるのか?」
「俺様にか? 無理だな。……だが、あの姿になるための秘儀は、相棒の寿命を、半分ももらわないといけなかったはずだぜ。おまけに、発動中は、スキルを使うかどうかのタイミングも、妖精に一任されている。だから、パートナーはほぼ無防備だ」
「……狙うとしたら、ミージヒトのほうってわけね」
目を合わせ、コーザはうなずく。
これが最後の戦いになるだろうと、コーザは愛用の拳銃を強く握りしめた。
ゆっくりと様子を探る。
フレデージアの背中あたりに、後光のようにして広がる、九個の薬莢が見えた。
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