第70話 つまり、ミージヒトは……。

 畢竟するに、グララムースは、氷結が大昔から仕込んだスパイであった。一連の出来事はすべて、グララムースが図ったものだったのだ。コーザに禁止区画デッドエンドを見せたことや、積極的に殺めようとしたのも全部、意識的に行われた物事だったのである。特に後者については、ギルドの長であるムッチョーダ自身に、コーザの身柄を保障させるという、手段にほかならない。ミージヒトがコーザの刺客になったことなぞ、末端の構成員が、知っていてよい内容ではないからだ。自ら地雷を踏みにいくことで、グララムースは、巧みに言質を引き出したのである。暴発したメンバーが、コーザにやつあたりをしないよう、身をもって事前に釘を刺したのだ。


「お前がミージヒトを見つけだし、ここで雌雄を決するつもりならば、加勢してやろうかとも思ったが……やめだ。尾行にさえわかっていないような間抜けを、手助けする気は起きないねぇ。自分でどうにかしな」

「入れ墨が……途中でいなくなったのも、計算のうちだと言うのか……」


 尋ねたのは、本当に理由が知りたかったからではない。コーザとて、それは聞かずとも承知している。だが、口にする言葉がほかに見つからなかった。ミージヒトには争う理由があるからこそ、表立ってコーザに接触して来ないのだ。みすみす、氷結の成員がそばにいる状態で、姿を現すような真似はしないだろう。


(いつか、モンスターの集団に襲われたとき、やはりうちは一人で倒していなかったんだ)


 チャールティンが作った壁のため、目視で確認こそできなかったが、今となってはそうに違いない。断言できる。


「当然だろう。じゃなきゃ、ミージヒトだって迂闊には姿を見せないよ。まっ、これについては、向こうのほうが上手うわてだったみたいだけどねぇ」

「……氷結、お前はいつから知っていたんだ」

「最初からだよ。あたいが無料ただで、ワープゲートを通すわけがないだろう?」


 コーザがワープゲートを潜るならば、当然にミージヒトもそのあとをついていく。一時的に、ムッチョーダは右腕を失うことになるのだ。この機を逃すような氷結ではない。図らずも、コーザは対価を支払っていたのである。

 当然に、抗争は勃発する。

 ミージヒトの不在という究極的な情報は、向こうにしてみれば弁慶の泣き所だ。絶対に漏らすはずがない。

 だが、その上を華麗に氷結は行く。

 初期より従属しているグララムースが、裏切り者であることなぞ、ムッチョーダには見抜けなかった。それゆえの敗北だ。

 氷結としても、向こうにミージヒトがいる状態で、正面から戦いをはじめれば、苦戦は免れなかったことだろう。だが、そうはならなかった。

 しかし――。


(なぜ、ミージヒトがうちをつけている?)


 状況の説明にはなっても、それは理由を答えるものではない。いまだに原因は闇の中だ。

 そこで思い出す。以前に氷結が話していた台詞を。


『お前の価値観を、根底から覆してしまうようなものと言えば、そんなのは妖精王しかない』。


「まさか……」

「そうさ。あたいが推測できるんだ。同じことはミージヒトにもできる」


 妖精王の報酬。

 その横取りが狙いだと言うのか?


「ムッチョーダは現物と思っていたらしいねぇ。それを使って、ギルドの勢力を増やそうという腹づもりさ。あいにくと、企てが実を結ぶ前に、あたいが壊滅させちゃったけれど。……だが、そのミージヒトが、トップの窮地に現れないということは、ムッチョーダが死んでも巻き返せるほどの、大層な宝物なのかねぇ。それとも、ムッチョーダ自身が、ミージヒトに謀られていたのかなぁ?」


 仮に、ミージヒトが自分と同様の結論に、いたっていたのだとすれば、どうか。そして、もしもダンジョンから出られる人数に、限りがあるということを、何らかの事情で知っているのだとすれば、すべての謎は解決される。

 同じなのだ。

 ミージヒトもまた、コーザの夢と等しい動機で行動している。

 ここからの脱出だ。

 なれば、戦闘は必至だろう。

 互いに仲間を集めることも難しい。コーザとミージヒトという、たった二人の人間さえ出られないのならば、同士討ちになることは目に見えている。

 ミージヒト。

 対峙する相手としては、およそ最悪と言ってよいだろう。

 敵は、妖精の瞳を持ったレベル十を超える怪物。

 正真正銘、歴戦の猛者だ。

 今までに感じたことのない吐き気が、突如としてコーザを襲った。

 あと一歩。

 出口の目前に迫ってなお、この仕打ちか。とてもではないが、ダンジョンという建造物を、恨まずにはいられない。そして、その原因を作ったであろう人物のことも、呪わずにはいられなかった。


(ペルミテース……)


 激情のままに、コーザはくだんの名を胸中でつぶやいていた。

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